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終わる世界
束の間の余暇
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右手に握った杖を「カツン、カツン」と音をさせながら突いて、普段通りにゆったりと歩むただの歩行。 けれど、今日はそこに普段とは違った要素も含まれていました。
普段であれば空いてぶらぶらとしている左手を並んで歩いている方と繋いで、一緒にお散歩をしているのです。
「此処は、暖かな匂いがしますね。 人と命と活気に満ちた、確かな生命の営みが紡がれている匂いです」
「ナナシはおかしな喩えをするのだな。 俺には、城の外も内も似たようなもののようにしか思えないのだが」
お散歩を一緒にするそのお相手は、レイド様。
今日はレイド様がお昼まででお仕事を終えられたそうで、ならばと時間が空いている時は極力一緒に居てくれようとしてくれる事に甘えて、お城の庭園を案内してもらっているのです。
標の置かれた最果ての屋敷ならナナシ1人でも多少は自由に出歩けるのですが、間取りも広さもどこに何が置いているかも知らない他所様のお城ではそういう訳にもいきませんから。
でも、お城に長居する事になりそうな以上、せめて間取りや立ち入ってはならない場所などの事くらいは知っておくべきでしょう。
なので、こうしてレイド様にご協力いただいているのです。
「こっちに来て、落ち着いて外を歩いたのは初めてですから。 それにお城の中の空気は、少し籠ったような感じなのですよ。 普段から窓を開けて換気すべきです」
「換気、か……まあ、その内にな」
「あ、面倒臭がっては駄目ですよ! 籠った空気は身体に悪いと妖精さんが言っていましたから、せめて自室だけでも普段から換気しておきましょう」
なので、せめてこのお散歩に付き合っていただいているのだから退屈をさせないようにと色々と話しかけてみるのですが、そもそも普段から最果てに来るお客様の心を開くための会話と、妖精さんの外の世界のお話への感想くらいしかお話の経験がないナナシは、どうにも生者の人の興味を引けるような話題が思い付きません。
少なくとも、今の「窓の換気のお話」はそんな面白い部類の雑談ではなくて、どちらかと言えば「お節介焼きの小言」に数えられるようなお話だったでしょう。 失敗です。
なので面白い訳がない筈なのですけれど、レイド様は何故か少し納得されたように「そうか」と呟かれました。
「ははっ……ナナシが言うのなら、そうしてみよう。 もっとも、悪い空気の一掃は難しいだろうがな」
「……? 風が吹き抜けるように窓を開けて、1時間もすれば部屋の空気はちゃんと入れ替わりますよ?」
ナナシがそう言えば、レイド様は「そういうわけではないが…」と仰られ、じゃあどういうわけなのでしょうかと小首を傾げてみれば、今度は何故か頭を撫でられて「気にしなくていい」と言われました。
「いや、本当に気にしない方がいい。 ナナシには、まるで関係の無い話だからな」
さらに念を押されてしまいました。
でも、なるほど。
そういう事ならばナナシは気にしない方がいいでしょう。
ナナシはこの国の民ではありませんし、レイド様のような為政者の血筋でもありません。 完全な余所者で、本来ならば生者の国の王子様であるレイド様とこうして話せるような立場でさえない下賤なナナシなのですから。
それに、自身の仕事と家事以外にはなんの役にも立たないようなナナシですし、難しい事なんかは知らない方がいいのでしょう。
余計な事なんて、どんな事であろうとナナシが知っても意味など無いのですから。
……さて、難しいお話が終わって、ならば次は何をお話ししましょうと考えていれば、今度はレイド様の方からナナシに質問を投げかけてこられました。
「そういえば、ナナシの住んでいた場所はどのような場所だったんだ? 最果てと言えば、此方では良い評判の無い忌み地なのだが。 ナナシは、長年あの地に住んでいたのだろう?」
聞かれた事は、ナナシの住まう『最果て』のお話でした。
とは言っても『最果て』の実情なんて、ナナシとしても特筆して話す事なんてそう有りはしないのですが。 だって目を引くようなものなんて何も無くて、たくさんの命とたくさんのものに囲まれたこの国とは大違いの、何も無い寂れた場所なのですよ。
でも、聞かれたからにはお答え出来る限りはそうしようと思うので、とりあえずはナナシの所感をお話する事にしましょうか。
「淀んだ空と少しの草木に囲まれた、寂れた土地です。 そこにナナシの住まうお屋敷が一軒あるだけで、あとは他に何にも無くて、誰も何もいない、ただのナナシの職場ですよ」
思ったまま、脳内で思い返す限りに浮かんだ感想を全部乗せにして答えてみると、意外と簡潔な返事へと纏まりました。
まあ、それくらいに何も無い場所ですし。
それにこれが、ナナシの知る『最果て』の在り様の全てなのですよ。
妖精さんに教えてもらった『最果て』の在り様のお話と、永くナナシ自身が住まう中で五感のうち『視覚』以外に残る四つの感覚の『味覚・触覚・嗅覚・聴覚』で実際に感じた事を想像で頭の中に思い描いた情報としての『最果て』の在り様。 その2つの情報の統合結果こそ、ナナシにとっての『最果て』の在り様の全てなのですから。
目の無いナナシには、平面であろうと立体であろうと色彩であろうと、その情景を映像として捉える事など出来ません。
だからそれ以外の情報で、主に誰かから聞かされる言葉、要は文章によって認識するのです。
例えば、朝焼けは灯る大きなマッチの火のようであり、空に流れる雲の群れは草原を駆ける羊のようで、そして人の国の大衆の営みは河の流れのようにと……そんな具合にです。
……まあ、表現力が乏しいのは、ナナシに学が無いからという事で。
「そうか。 どうやら目が見えない事であまり不便はしていなかったようだが……ナナシは、そんな場所に1人で寂しくはなかったのか?」
「いいえ、ぜんぜん! お客様はよくいらっしゃいますし、妖精さんも遊びに来てくれますから。 それにお屋敷もとっても広くて、ナナシしか掃除をする人間がいませんから、お掃除だけでも毎日大忙しなので寂しいなんて思う暇はありませんし!」
「そうか、それは……いや、それはそれでどうなんだ『最果て』の労働環境は。 ナナシが頑張り屋なのは美徳だろうが、寂しさを自覚する暇も無い程に働き詰めなのは流石にどうかと思うぞ」
「いいえ。 お客様をお迎えする事がナナシのお仕事ですから、働き詰めという訳ではありませんよ。 お掃除は、いついらっしゃるか分からないお客様をお待ちしている間はする事も無いので、せめてお客様方の最期をお迎えする場所くらいいつも綺麗にしていようとナナシが勝手にやっているだけの事なのですから」
『最果て』のお仕事は、全てナナシの意志でナナシが出来る全力で取り組んでいるだけの事であって、レイド様が思っていらっしゃるような不当な過酷さなんてありはしません!
その実情を分かっていただくために、ナナシの自由意思による労働だと精一杯強調して『最果て』は真っ当な労働環境であると主張します。
だというのに、レイド様の雰囲気が急に柔らかくなったかと思えば突然ナナシの頭を撫でてきて「ナナシが王城に滞在している間は、ナナシが最大限に身体と心を休められるように計らおう。 ……これからは、少しくらいダラけていても構わないんだぞ」とナナシを労うように仰られるのでした。
ナナシは別に、忙殺されるような事なんて無いのですけれど……。
そんな労働のお話の後で、いきなり「歩くのがしんどければベンチまで運ぶぞ」とか「休みたかったらいつでも言えよ」などと過保護になり始めたレイド様に「ナナシは大丈夫です!」としっかり断って散歩を続ける事、暫く。
レイド様の案内のままに歩いていると、暖かな陽とその陽光の下に育まれた生命の匂いと一緒に、『最果て』のそれとは全然違った強く芳しい香りが漂ってきました。
「レイド様! とても良い香りがします! ひょっとしてここは、花園でしょうか?」
「いや、花園とまではいかないが王城の庭園で一番立派な花壇だ。 それにしても、ナナシも花が好きだったか。 ならば良かった」
「ええ、大好きです! お花は『最果て』にも幾つか生えているのですが、ほんの微かにしか香りのしないものばかりで。 ここのお花は、とても元気いっぱいなのですね!」
『最果て』は、あくまで死した命の流れ着く場所です。
其処には死が前提として存在し、故に弱い命は淘汰されて死んでいくのみ。 生者の人が『最果て』で生きていけないのは、人が生を前提として生きる存在であるからこそ。
生きている命は美しく、そして生み出すものであるからこそ尊いものなのです。
けれど、それは同時に死の否定でもありましょう。 死は醜く、死せば何者でもなくなり、死せば何者にもなれず、死せば何者も生み出せない、ただの廃棄物であるのだと。
だから、死んだ生命はこの世の何処にも行き場を無くし、死した事で生に淘汰されてしまうのです。
そんな者達が最後に流れ着く、死んだ生命でさえも受け入れて、その存在を終わらせられる安住の場所。
行き場が無い故に至る、生命の最果ての地。
死した生命を否定しない、死のみが蔓延る不浄の地。
要するに『最果て』とは、そういう生命の輪より死して外れた生命のための場所なのです。
だから其処に存在するならば、其れはつまり死した命。
もしくは、死にも負けない強い命です。
故に『最果て』に咲く花とは、生きるためにそれ以外の全てを捧げた強い命の一つ。 美しく咲き誇る術も、人を魅了する香りも、何もかもを投げ打って、ただ生きて咲き続けるだけのものなのです。
なので『最果て』では、こんなにも美しく、そして命に満ち溢れたお花には出会えません。
こんな芳しい香りには、絶対に出会えないのです。
「……あぁ。 素敵、ですね。 今日はこの場所に連れて来てくださって、本当にありがとうございました」
その香りに思わずうっとりとしながら、夢見心地にここまで連れて来てくださったレイド様に今の気持ちと感謝の言葉を伝えました。
すると、そのタイミングで正午を告げる鐘が鳴って、レイド様が「この場所が気に入ったなら、ここで昼を食べるとしよう」と、ずっと持っていらしたらしいバスケットいっぱいに詰まったサンドイッチを、近くの煉瓦造りの花壇に2人並んで腰掛けて食べる事になりました。
「もう倒れないよう、たくさん食べるんだぞ。 小柄なのだから、食べて大きくなれ」
「もう、レイド様! これでもナナシは大人の女なのですからね、小さい小さいと子ども扱いしないでください!」
「そうか、ナナシは大人の女か。 だが、大人の女は口元にソースを付けたままにはしないと思うぞ」
「あっ……も、もう!」
ナナシを子ども扱いしてイタズラっぽく「くくく」と笑いながらナナシの口元を拭いてくださるレイド様に、ナナシもイジワルだと「むぅぅぅ!」とふくれっ面で抗議します。
けれど、それでもそんな小さな怒りと羞恥は芳しいお花の香りと暖かな陽の光の心地良さの前にいつの間にか雲散霧消していって、そしていつもの食事の時と同じようにレイド様に勧められるまま、お腹いっぱいになるまでサンドイッチを食べる事となったのでした。
普段であれば空いてぶらぶらとしている左手を並んで歩いている方と繋いで、一緒にお散歩をしているのです。
「此処は、暖かな匂いがしますね。 人と命と活気に満ちた、確かな生命の営みが紡がれている匂いです」
「ナナシはおかしな喩えをするのだな。 俺には、城の外も内も似たようなもののようにしか思えないのだが」
お散歩を一緒にするそのお相手は、レイド様。
今日はレイド様がお昼まででお仕事を終えられたそうで、ならばと時間が空いている時は極力一緒に居てくれようとしてくれる事に甘えて、お城の庭園を案内してもらっているのです。
標の置かれた最果ての屋敷ならナナシ1人でも多少は自由に出歩けるのですが、間取りも広さもどこに何が置いているかも知らない他所様のお城ではそういう訳にもいきませんから。
でも、お城に長居する事になりそうな以上、せめて間取りや立ち入ってはならない場所などの事くらいは知っておくべきでしょう。
なので、こうしてレイド様にご協力いただいているのです。
「こっちに来て、落ち着いて外を歩いたのは初めてですから。 それにお城の中の空気は、少し籠ったような感じなのですよ。 普段から窓を開けて換気すべきです」
「換気、か……まあ、その内にな」
「あ、面倒臭がっては駄目ですよ! 籠った空気は身体に悪いと妖精さんが言っていましたから、せめて自室だけでも普段から換気しておきましょう」
なので、せめてこのお散歩に付き合っていただいているのだから退屈をさせないようにと色々と話しかけてみるのですが、そもそも普段から最果てに来るお客様の心を開くための会話と、妖精さんの外の世界のお話への感想くらいしかお話の経験がないナナシは、どうにも生者の人の興味を引けるような話題が思い付きません。
少なくとも、今の「窓の換気のお話」はそんな面白い部類の雑談ではなくて、どちらかと言えば「お節介焼きの小言」に数えられるようなお話だったでしょう。 失敗です。
なので面白い訳がない筈なのですけれど、レイド様は何故か少し納得されたように「そうか」と呟かれました。
「ははっ……ナナシが言うのなら、そうしてみよう。 もっとも、悪い空気の一掃は難しいだろうがな」
「……? 風が吹き抜けるように窓を開けて、1時間もすれば部屋の空気はちゃんと入れ替わりますよ?」
ナナシがそう言えば、レイド様は「そういうわけではないが…」と仰られ、じゃあどういうわけなのでしょうかと小首を傾げてみれば、今度は何故か頭を撫でられて「気にしなくていい」と言われました。
「いや、本当に気にしない方がいい。 ナナシには、まるで関係の無い話だからな」
さらに念を押されてしまいました。
でも、なるほど。
そういう事ならばナナシは気にしない方がいいでしょう。
ナナシはこの国の民ではありませんし、レイド様のような為政者の血筋でもありません。 完全な余所者で、本来ならば生者の国の王子様であるレイド様とこうして話せるような立場でさえない下賤なナナシなのですから。
それに、自身の仕事と家事以外にはなんの役にも立たないようなナナシですし、難しい事なんかは知らない方がいいのでしょう。
余計な事なんて、どんな事であろうとナナシが知っても意味など無いのですから。
……さて、難しいお話が終わって、ならば次は何をお話ししましょうと考えていれば、今度はレイド様の方からナナシに質問を投げかけてこられました。
「そういえば、ナナシの住んでいた場所はどのような場所だったんだ? 最果てと言えば、此方では良い評判の無い忌み地なのだが。 ナナシは、長年あの地に住んでいたのだろう?」
聞かれた事は、ナナシの住まう『最果て』のお話でした。
とは言っても『最果て』の実情なんて、ナナシとしても特筆して話す事なんてそう有りはしないのですが。 だって目を引くようなものなんて何も無くて、たくさんの命とたくさんのものに囲まれたこの国とは大違いの、何も無い寂れた場所なのですよ。
でも、聞かれたからにはお答え出来る限りはそうしようと思うので、とりあえずはナナシの所感をお話する事にしましょうか。
「淀んだ空と少しの草木に囲まれた、寂れた土地です。 そこにナナシの住まうお屋敷が一軒あるだけで、あとは他に何にも無くて、誰も何もいない、ただのナナシの職場ですよ」
思ったまま、脳内で思い返す限りに浮かんだ感想を全部乗せにして答えてみると、意外と簡潔な返事へと纏まりました。
まあ、それくらいに何も無い場所ですし。
それにこれが、ナナシの知る『最果て』の在り様の全てなのですよ。
妖精さんに教えてもらった『最果て』の在り様のお話と、永くナナシ自身が住まう中で五感のうち『視覚』以外に残る四つの感覚の『味覚・触覚・嗅覚・聴覚』で実際に感じた事を想像で頭の中に思い描いた情報としての『最果て』の在り様。 その2つの情報の統合結果こそ、ナナシにとっての『最果て』の在り様の全てなのですから。
目の無いナナシには、平面であろうと立体であろうと色彩であろうと、その情景を映像として捉える事など出来ません。
だからそれ以外の情報で、主に誰かから聞かされる言葉、要は文章によって認識するのです。
例えば、朝焼けは灯る大きなマッチの火のようであり、空に流れる雲の群れは草原を駆ける羊のようで、そして人の国の大衆の営みは河の流れのようにと……そんな具合にです。
……まあ、表現力が乏しいのは、ナナシに学が無いからという事で。
「そうか。 どうやら目が見えない事であまり不便はしていなかったようだが……ナナシは、そんな場所に1人で寂しくはなかったのか?」
「いいえ、ぜんぜん! お客様はよくいらっしゃいますし、妖精さんも遊びに来てくれますから。 それにお屋敷もとっても広くて、ナナシしか掃除をする人間がいませんから、お掃除だけでも毎日大忙しなので寂しいなんて思う暇はありませんし!」
「そうか、それは……いや、それはそれでどうなんだ『最果て』の労働環境は。 ナナシが頑張り屋なのは美徳だろうが、寂しさを自覚する暇も無い程に働き詰めなのは流石にどうかと思うぞ」
「いいえ。 お客様をお迎えする事がナナシのお仕事ですから、働き詰めという訳ではありませんよ。 お掃除は、いついらっしゃるか分からないお客様をお待ちしている間はする事も無いので、せめてお客様方の最期をお迎えする場所くらいいつも綺麗にしていようとナナシが勝手にやっているだけの事なのですから」
『最果て』のお仕事は、全てナナシの意志でナナシが出来る全力で取り組んでいるだけの事であって、レイド様が思っていらっしゃるような不当な過酷さなんてありはしません!
その実情を分かっていただくために、ナナシの自由意思による労働だと精一杯強調して『最果て』は真っ当な労働環境であると主張します。
だというのに、レイド様の雰囲気が急に柔らかくなったかと思えば突然ナナシの頭を撫でてきて「ナナシが王城に滞在している間は、ナナシが最大限に身体と心を休められるように計らおう。 ……これからは、少しくらいダラけていても構わないんだぞ」とナナシを労うように仰られるのでした。
ナナシは別に、忙殺されるような事なんて無いのですけれど……。
そんな労働のお話の後で、いきなり「歩くのがしんどければベンチまで運ぶぞ」とか「休みたかったらいつでも言えよ」などと過保護になり始めたレイド様に「ナナシは大丈夫です!」としっかり断って散歩を続ける事、暫く。
レイド様の案内のままに歩いていると、暖かな陽とその陽光の下に育まれた生命の匂いと一緒に、『最果て』のそれとは全然違った強く芳しい香りが漂ってきました。
「レイド様! とても良い香りがします! ひょっとしてここは、花園でしょうか?」
「いや、花園とまではいかないが王城の庭園で一番立派な花壇だ。 それにしても、ナナシも花が好きだったか。 ならば良かった」
「ええ、大好きです! お花は『最果て』にも幾つか生えているのですが、ほんの微かにしか香りのしないものばかりで。 ここのお花は、とても元気いっぱいなのですね!」
『最果て』は、あくまで死した命の流れ着く場所です。
其処には死が前提として存在し、故に弱い命は淘汰されて死んでいくのみ。 生者の人が『最果て』で生きていけないのは、人が生を前提として生きる存在であるからこそ。
生きている命は美しく、そして生み出すものであるからこそ尊いものなのです。
けれど、それは同時に死の否定でもありましょう。 死は醜く、死せば何者でもなくなり、死せば何者にもなれず、死せば何者も生み出せない、ただの廃棄物であるのだと。
だから、死んだ生命はこの世の何処にも行き場を無くし、死した事で生に淘汰されてしまうのです。
そんな者達が最後に流れ着く、死んだ生命でさえも受け入れて、その存在を終わらせられる安住の場所。
行き場が無い故に至る、生命の最果ての地。
死した生命を否定しない、死のみが蔓延る不浄の地。
要するに『最果て』とは、そういう生命の輪より死して外れた生命のための場所なのです。
だから其処に存在するならば、其れはつまり死した命。
もしくは、死にも負けない強い命です。
故に『最果て』に咲く花とは、生きるためにそれ以外の全てを捧げた強い命の一つ。 美しく咲き誇る術も、人を魅了する香りも、何もかもを投げ打って、ただ生きて咲き続けるだけのものなのです。
なので『最果て』では、こんなにも美しく、そして命に満ち溢れたお花には出会えません。
こんな芳しい香りには、絶対に出会えないのです。
「……あぁ。 素敵、ですね。 今日はこの場所に連れて来てくださって、本当にありがとうございました」
その香りに思わずうっとりとしながら、夢見心地にここまで連れて来てくださったレイド様に今の気持ちと感謝の言葉を伝えました。
すると、そのタイミングで正午を告げる鐘が鳴って、レイド様が「この場所が気に入ったなら、ここで昼を食べるとしよう」と、ずっと持っていらしたらしいバスケットいっぱいに詰まったサンドイッチを、近くの煉瓦造りの花壇に2人並んで腰掛けて食べる事になりました。
「もう倒れないよう、たくさん食べるんだぞ。 小柄なのだから、食べて大きくなれ」
「もう、レイド様! これでもナナシは大人の女なのですからね、小さい小さいと子ども扱いしないでください!」
「そうか、ナナシは大人の女か。 だが、大人の女は口元にソースを付けたままにはしないと思うぞ」
「あっ……も、もう!」
ナナシを子ども扱いしてイタズラっぽく「くくく」と笑いながらナナシの口元を拭いてくださるレイド様に、ナナシもイジワルだと「むぅぅぅ!」とふくれっ面で抗議します。
けれど、それでもそんな小さな怒りと羞恥は芳しいお花の香りと暖かな陽の光の心地良さの前にいつの間にか雲散霧消していって、そしていつもの食事の時と同じようにレイド様に勧められるまま、お腹いっぱいになるまでサンドイッチを食べる事となったのでした。
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