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終わる世界
知らず、非ず
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幸いにも男声の人は、何を言っているのか分からないというナナシの疑問に対して丁寧に説明してくれました。
それでも話はだいぶ長引いて、更にその上でナナシの頭が悪いのか男声の人の話がとても飛躍しているのか、まるで理解出来ない箇所を何度も聞き直して、ナナシはようやく『せいじょ』とか『脅威』とかの話がどういう事なのか、なんとなく分かりました。
ざっくりと話の流れを辿ると、今ナナシがいるのは妖精さんから話してもらった事のある生者の国シンルであり、今まで話していたこの男声の人はその王子様。 でも今のシンルは『泥』という厄災に見舞われていて危機的状況下にあった。
そこで、救いの聖女を求めて最果てを目指していたところで『泥』に襲われて、けれどそこにふらりと現れたナナシが『泥』を追い払い、その結果ナナシは気を失って、そして、元よりシンルの目的が最果てではなく聖女を連れ帰る事であったからそれ以上の進行を中断してナナシをシンルへと連れ帰って今に至る、とそういう事らしい。
……うん! やっぱり、聞くだに意味が分からないわ!
「あの、王子様。 『せいじょ』って、聖書なんかに出てくる清く気高い女の人の事で間違いないのでしょうか? たくさんの人を救って、その心を癒すような。 なら、ナナシは違います。 ナナシはナナシですから」
王子様や騒がしい声の人、もといシンルのお城に勤めるメイドさんがナナシに向けて言う『せいじょ』が聖書に載っている『聖女』の事であり、またそうした救いを与える事を期待されている存在であるというのなら、ナナシは断固として違うと言います。
だって、ナナシは最果てで死した魂を先へと還すたった1人の葬送人であり、目玉の無い最果ての住人であり、救いを与えるどころか救いの無いものなのです。 聖書の中の聖女様とはまるで対極な、ただのナナシなのです。
「いや、違うわけがない。 なにせ貴女は、まさに『泥』から殺されそうになっている俺を救ってくれた。 それに、貴女がいたからシンルの騎士達がその命を無意味に散らす事もなかった。 間違いなく、貴女は俺達が最果てに求めた聖女だ」
「救ったって言われても、ナナシは知りませんよ? だって、知らない場所を歩いてて、誰かいるって思って声をかけたら突然何かに襲われて、気が付いたらここに寝かされていただけなのですから」
ちゃんと違うと言っても、王子様は全然主張を変えられません。
ナナシが王子様達の求める聖女だなんて筈が無いのに……。
とりあえず、そんな水掛け論が起こりそうになっていたところで、王子様が部屋を訪ねてきた誰かに呼ばれて「また明日」という事でこの場はお開きとなりました。
それでもメイドさんはナナシの近くに残るようで、とりあえず「最果てでお仕事があるのですが、帰ってもいいですか?」と聞いてみたら案の定、ダメという意味合いの「申し訳ございません」が返ってくるだけ。
なので、どうしようもないなと諦めて、ナナシはナナシのものではない太陽の温かな薫りがする毛布にくるまって不貞寝をするのでした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝の気配を感じて目覚めれば、いつもの癖で枕元の杖を探します。
けれど、定位置に杖が無いなと感じれば、そういえば今いるここは最果てではなくて生者の国シンルなのだと思い出して、杖を探すのを諦めました。
起こした上体を再びベッドへと寝っ転がして、仰向けでぼんやりと昨日の事を振り返ります。 そうして、あの王子様と話した後で不貞寝をしたところまで思い出して、これからどうなるのだろうと不安が胸のうちに芽生えました。
知らない場所で知らない人達に囲まれて、よく分からない役割を押し付けられて、妖精さんもいない。 何を求められているのかも分からないし、何をすればいいのかも分からない。
ナナシは本当に、王子様達が言うような聖書にでてくるみたいな聖女ではないのに……。
「妖精さん……」
そう、ポロリと溢れるみたいに呼んで、けれども感情の雫は眼窩からは零れない。
なにせ、瞳がありませんから。
けれど、感情の雫は流れずとも哀しみは在る。
ただ、そこに哀しみの証が無いだけの話なのですから。
だから、代わりとばかりにナナシは虚空を掴もうと手を伸ばしました。 所詮は瞳無きナナシの足掻きですけれど。
何も無いと悟りながらも、瞳が無き故に期待も生じる。
甘えと知りながら、縋り付く。
もしかしたら、手を伸ばせばそこには手を握ってくれる妖精さんがいるのでは、と……。
「……おはよう、聖女よ。 よく眠れたか?」
けれど、そんな幻想も現では叶わない。
なにせ、現実なのだから。
「朝食を共にしよう。 着替えたら、テラスに来るといい」
そう言い残し、王子様は去って行かれました。
そうして後には寝起きのナナシと、いつの間にやら気配があったメイドさんが残されて、メイドさんの「さあ聖女様、お着替えいたしましょう」の声と同時にベッドから下ろされるとなぜか服をひん剥かれて、お風呂に入れられて、好きな色とか好みの装飾とかを聞かれて、目が回るように混乱して答えていると、よく分からないうちにおめかしまでさせられる羽目になってしまったのでした。
それでも話はだいぶ長引いて、更にその上でナナシの頭が悪いのか男声の人の話がとても飛躍しているのか、まるで理解出来ない箇所を何度も聞き直して、ナナシはようやく『せいじょ』とか『脅威』とかの話がどういう事なのか、なんとなく分かりました。
ざっくりと話の流れを辿ると、今ナナシがいるのは妖精さんから話してもらった事のある生者の国シンルであり、今まで話していたこの男声の人はその王子様。 でも今のシンルは『泥』という厄災に見舞われていて危機的状況下にあった。
そこで、救いの聖女を求めて最果てを目指していたところで『泥』に襲われて、けれどそこにふらりと現れたナナシが『泥』を追い払い、その結果ナナシは気を失って、そして、元よりシンルの目的が最果てではなく聖女を連れ帰る事であったからそれ以上の進行を中断してナナシをシンルへと連れ帰って今に至る、とそういう事らしい。
……うん! やっぱり、聞くだに意味が分からないわ!
「あの、王子様。 『せいじょ』って、聖書なんかに出てくる清く気高い女の人の事で間違いないのでしょうか? たくさんの人を救って、その心を癒すような。 なら、ナナシは違います。 ナナシはナナシですから」
王子様や騒がしい声の人、もといシンルのお城に勤めるメイドさんがナナシに向けて言う『せいじょ』が聖書に載っている『聖女』の事であり、またそうした救いを与える事を期待されている存在であるというのなら、ナナシは断固として違うと言います。
だって、ナナシは最果てで死した魂を先へと還すたった1人の葬送人であり、目玉の無い最果ての住人であり、救いを与えるどころか救いの無いものなのです。 聖書の中の聖女様とはまるで対極な、ただのナナシなのです。
「いや、違うわけがない。 なにせ貴女は、まさに『泥』から殺されそうになっている俺を救ってくれた。 それに、貴女がいたからシンルの騎士達がその命を無意味に散らす事もなかった。 間違いなく、貴女は俺達が最果てに求めた聖女だ」
「救ったって言われても、ナナシは知りませんよ? だって、知らない場所を歩いてて、誰かいるって思って声をかけたら突然何かに襲われて、気が付いたらここに寝かされていただけなのですから」
ちゃんと違うと言っても、王子様は全然主張を変えられません。
ナナシが王子様達の求める聖女だなんて筈が無いのに……。
とりあえず、そんな水掛け論が起こりそうになっていたところで、王子様が部屋を訪ねてきた誰かに呼ばれて「また明日」という事でこの場はお開きとなりました。
それでもメイドさんはナナシの近くに残るようで、とりあえず「最果てでお仕事があるのですが、帰ってもいいですか?」と聞いてみたら案の定、ダメという意味合いの「申し訳ございません」が返ってくるだけ。
なので、どうしようもないなと諦めて、ナナシはナナシのものではない太陽の温かな薫りがする毛布にくるまって不貞寝をするのでした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝の気配を感じて目覚めれば、いつもの癖で枕元の杖を探します。
けれど、定位置に杖が無いなと感じれば、そういえば今いるここは最果てではなくて生者の国シンルなのだと思い出して、杖を探すのを諦めました。
起こした上体を再びベッドへと寝っ転がして、仰向けでぼんやりと昨日の事を振り返ります。 そうして、あの王子様と話した後で不貞寝をしたところまで思い出して、これからどうなるのだろうと不安が胸のうちに芽生えました。
知らない場所で知らない人達に囲まれて、よく分からない役割を押し付けられて、妖精さんもいない。 何を求められているのかも分からないし、何をすればいいのかも分からない。
ナナシは本当に、王子様達が言うような聖書にでてくるみたいな聖女ではないのに……。
「妖精さん……」
そう、ポロリと溢れるみたいに呼んで、けれども感情の雫は眼窩からは零れない。
なにせ、瞳がありませんから。
けれど、感情の雫は流れずとも哀しみは在る。
ただ、そこに哀しみの証が無いだけの話なのですから。
だから、代わりとばかりにナナシは虚空を掴もうと手を伸ばしました。 所詮は瞳無きナナシの足掻きですけれど。
何も無いと悟りながらも、瞳が無き故に期待も生じる。
甘えと知りながら、縋り付く。
もしかしたら、手を伸ばせばそこには手を握ってくれる妖精さんがいるのでは、と……。
「……おはよう、聖女よ。 よく眠れたか?」
けれど、そんな幻想も現では叶わない。
なにせ、現実なのだから。
「朝食を共にしよう。 着替えたら、テラスに来るといい」
そう言い残し、王子様は去って行かれました。
そうして後には寝起きのナナシと、いつの間にやら気配があったメイドさんが残されて、メイドさんの「さあ聖女様、お着替えいたしましょう」の声と同時にベッドから下ろされるとなぜか服をひん剥かれて、お風呂に入れられて、好きな色とか好みの装飾とかを聞かれて、目が回るように混乱して答えていると、よく分からないうちにおめかしまでさせられる羽目になってしまったのでした。
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