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ヤマナ

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愚者の果てにて追憶を ②

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テーブルの上に乱雑に並ぶ皿を手に取り、積み上げる。
中には食べ残しや食べカスが残っているものもあり、それらを一番小さな一つの皿に集めて、皿をさらに積み上げていく。
次に、そうして空いたテーブルの上を台拭きで一通り拭いていき、拭き終えれば積み上げた皿を落とさないよう慎重な足取りで厨房の流し台へと持っていく。
店か手が空いていれば、その流れで食器の洗浄も行う。
客に呼ばれれば注文を取りに出向き、注文の料理が出来上がれば客の元へと運んでいく。
働いている料理店での私の仕事は、ただひたすらにその作業の繰り返し。
流れの通りに、終業時間まで何度も何度も逸脱する事無く繰り返し、繰り返し、繰り返し……そうやって、それが私の価値になる。 
価値は私の稼ぎになって、生活の物種になる。
与えられた役割を粛々と、そして確実に遂行して、やり甲斐も無ければ別に率先してやりたい訳でもない、けれどもやらなければ生きる糧は手に入らないそれらを今日も昨日までと同じように繰り返す。
きっと、明日も今日と同じように……。
やがて店仕舞いの時間がやってくると、そうして今日も仕事は終わり。
加えて今日は給料日だから、店の主人から給金を受け取って、軽くて小さな給金の入った包みを胸に抱いて家へと帰り、部屋に入ると机の上で包みの中身を広げるとコインの数を数えて、息を一つ吐く。 
……これで今月も、なんとか平穏に生きられそうね。
そのように、安堵のため息を漏らす。
そんな様に、相も変わらず矛盾した思考と感性であると、苦笑する。 
ただただ惰性で生きているだけのくせに、と。
けれど、人は愛が無ければ死にたくなるけれど死なず、お金が無ければ死にたくなくても死んでしまう生き物なのだ。
そして人は誰とて、死を望もうとも本能的には死にたくなんてない。 その精神構造ばかりは不変な生き物なのだ。
だからこそ生き足掻き、生き足掻くが故に人は社会生活を営む。
社会という枠組みの中で自らの役割を見つけ、当て嵌め、社会という大きな機構の一部としてそこに敷かれたルールの下に、そうした方が生き易いからとそのルールに従って生きている。
そして、そんなルールの中心にあるものこそがお金である。
だから、人はお金が無ければ生きらない。
そしてお金は、社会という機構の一部とならなければ得られない。 
一部法外な例外が存在するとはいえ、概ね人の世とはそんなものである。
生まれの立場、行き着く場所によって差異があるだけで、誰にだって機構の一部としての役割は存在するし、与えられる。
そして基本的には、現在の人間とはそうならなければ生きていけなくなった生き物だ。
そんな生き物の一員である今の私の役割は、小さな町の小さな料理店のウェイター兼雑用係。
接客と片付けばかりの、ただの作業の繰り返しを主とする仕事である。
けれどそんな作業だけの仕事に、息が詰まるような事は無い。
店の主人は悪い人ではないし、たまに店のあまり物をくれたりするし、食材の端切れで賄いを作ってくれる。 
2人いる同僚だって別にこれと言って仲が良い訳ではないのだけれど、かと言って悪い訳でもない。
仕事先で形成された関係性は適切な距離感で、近過ぎず、偽らず、心身が圧迫されるような事も無い。
確実に今の状況の方が、かつて私に与えられていた役割よりもマシなものだと言えるだろう。
その一点に限って言えば、今こうしていられるのは愚かが故に罰され続ける私にとっての救いだったかもしれない。
そう思えるくらいには、かつて私が負っていた役割は重く辛いものだったのだから。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


最高位の貴族である公爵家の令嬢であった私には、生まれながらに課せられた役割があった。
それこそは、王家に嫁ぎやがて国母となる事。
そのために幼い頃より必要な教育を受け王家に入るに相応しい品格と教養を身に付けて、やがて国王となる王太子を生涯を賭して支え続ける最良の伴侶となる事を求められていた。
そして、そこに私の意思が介在する事は無く、介入する余地も無く、さりとて私も大人達の都合に歯向かう事も無く、唯々諾々と状況を受け入れてきた。
そうやって御膳立てされた道を行き、整えられた舞台の上で粛々と己が役割を果たす様はまさしく大人達の人形のようであったと、今となってはそう思う。
役割を与えられ、鋳型に押し込められて……けれども、私が本当に欲しいものだけは与えられない。
そんな抑圧されたあの頃ではあったけれど、そんな生き方しか知らなかったからさして苦でもなかった。 
それに何より、私にも婚約者が出来た。
ただその一点に、私は大いに舞い上がっていたのだ。
婚約、即ちやがて結婚する間柄、即ち愛し合う者同士。 
そんな都合の良い、連想ゲームじみた思考で私は自らに婚約者が出来たという事象を喜んでいた。 
だって、仮初ではない、侍女や使用人に求めてきた強制化した上部ばかりのものではない愛情がようやく手に入るのだと、そう思っていたから。
唯一の家族である父親からの愛情など、とうに期待しなくなっていたのもまたその思い込みに拍車をかけた。
いくらお母様の事で私の事を憎んでいるのだとしても、私はお父様の実の娘なのに……。
そう歯噛みした事もあった。
せめて、憎悪でも何でもいいからお父様の温度を感じられる感情を直接的に向けてくれてさえいれば、もしかしたらまた違った想いも芽生えていたのかもしれない。
けれど、そうはならなかった。
ならなかったが故に、私とお父様とは所詮は血だけの繋がりでしかないと、その程度の脆い関係性だったのだと、そう悟った。
だって人同士の関係性とは、交流より芽生えるものだから。
交流も何も無いのなら、当然何も生まれない。
ましてや年に一度でも顔を合わせればマシな父親など、そんなのはもう居ないも同義なのだから。
そうしてお父様を見限れば、次に心の向く先は当然ながら婚約者となる王太子となるのも道理だっただろう。
しかし、役割は所詮役割でしかなく。
その相手である王太子に、情など求められよう筈も無かった。
その事にもっと早く気が付ければ私と王太子の関係性が修復不可能なまでに拗れる事も無かったのかもしれないけれど、そんなもしもとは裏腹に当時の私は王太子から好かれようと躍起になった。
手を替え品を替え、王太子の趣味や嗜好を調べては実践し続けた。
その結果として王太子からは鬱陶しがられ、挙句には避けられるようになった。
愛されるための行動が、結果として良く無い方向に作用してしまったのだ。
そして、それからも拗れた関係性は変動せず。
王太子と私は、大人達からそうした役割を与えられたが故にやがて夫婦になる、というだけの事務的な間柄のまま何も変わらなかったのだ。
始めの失敗が故にそれ以上を私からは求められず、かと言って王太子からは何も無い。
けれども、もはや政の一環として成立しているが故に今更変更も破棄も出来ない、継続するより他に無い関係性。
そんな、殆どが私の自業自得とはいえ心が削られるばかりの役割。
苦しくて、寂しくて。
そして、己が愛への渇望も諦めきれなくて。
……ああ、やっぱり。
だから、だったのだろう。
愛を求める私の根幹は、父親を見限るより以前の幼い頃より何も変わってなどいなかった。
逃れられない己が役割に、自業自得で当の昔に機を永遠に逃した王太子の心に、それでも懲りずに愛を求めてしまったのだから。


ーーーまことに愚かであったと、今となっては心の底からそう思う。

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