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天気は生憎の曇り。
このままでは午後には雨が降り出しそうな雲行きである。

次の町に着くまで降り出さないといいが……。

季節は夏から秋に差し掛かるような時期。時折吹く風は湿った空気を帯びていて少しひんやりしている。


魔物討伐を終えた王都への帰り道。
今回の討伐地は王都から馬で5日ほどの距離の場所にあった。第三騎士団による討伐任務は滞りなく行われ、今は帰還の途中だ。今夜立ち寄る街を過ぎれば後は王都までは1日の距離。

雲行きが怪しくなってきた空を見上げ俺は軽く息を吐く。
今回の討伐任務は、少し苦戦した。と言っても全員怪我も無く無事に帰れている訳だが。

苦戦した理由としては、新しく入団した者達が思った以上に使えなかったからだ。
騎士養成学校をなかなかの成績で卒業したらしいが、それでもやはり実践経験の少なさが響いたようだ。
入団した時は自信過剰な感じではあった。所謂世間知らずという事だろう。
実践に連れ出してみたはいいが、上司や指導を担当する先輩騎士の命令に従わず和を乱しては様々な人にちょっかいをかけていた。
いざ戦闘、となっても本人達はビビるばかりで動けず結局手にしていた剣は一度も振るわれる事はなかった。


「シンみたいに謙虚な新人が珍しいのさ」


誰かがこんな事を言っていたのを思い出す。
大抵の新人入団者は、皆自信過剰で養成学校での成績も良かった事から天狗になっているのだとか。
養成学校でも魔物討伐の実践訓練はあるが、どうしたって安全面に考慮した訓練になる為、魔物は弱いと変に勘違いする輩が多いらしい。
だからこそ、新人入団者にはその思い上がった性格を叩き直す為に入団後すぐに魔物討伐へと駆り出される。
そこで現実との差を見せ付けるというのだ。一種の通過儀礼なのだろう。

俺は空を見上げていた視線をすぐ後ろへ持っていく。幌馬車の中には数人の新人と、指導する先輩騎士。その中で一際自信を無くして俯く新人くんを見やる。俺が指導を担当する事になった新人くんだ。
可哀想に、体育座りで小さくなっていた。

彼は一際自信過剰で、先輩であるものの年下である俺の言うことには一切耳を貸さない。
俺のなよっちい見た目や、団長、副団長と親しくしているのも気に食わない様子だ。

まぁ、今回の任務で相当自信を砕かれた様子なのでこれからの関係は少しやりやすくなるかもしれないが、それでもちょっと可哀想に思えてしまう。
俺は新人くんの隣に座り直し、俯く頭を軽く撫でてやる。
途端に肩がビクついたが、無視をしてわしゃわしゃと撫でまくる。


「初めての任務にしては良く動けてた方だと思うぞ」


剣は振るえなかったが、それでもこの新人くんはいい動きをしていた。良かったところは褒めてやらねば。
立ち上がれない程粉々に自信喪失させてはそれこそ使いものにならない。


「………………」


新人くんは終始無言で、それでも俺の手は振り払われずにいたので街に着くまで俺はその髪を丹念に撫でていたのだ。



昼を大幅に過ぎて街に辿り着いた時には既に大粒の雨が降り出してしまっていた。
騎馬で移動していた面々はずぶ濡れで、幌馬車も布製の幌で出来ている為馬車内は所々濡れてしまった状態になっていた。
全ての荷物は俺のアイテムボックスに収納しているので問題ないが、明日の出発に支障が出そうなものを順次片付けたり代わりを用意しなくてはならない。
騎士団支部に到着した者は順次雨に濡れて冷えた身体を温める為に風呂場へ直行させられた。
幌馬車に乗っていて比較的雨の被害が少ない新人達と指導騎士は、片付けや取り替え作業を行う。
新人達が騎士団に慣れるまでは雑用の殆どをさせられるのだ。

新人達と指導騎士達は2つのグループに分かれて作業を進める。
幌馬車の幌を交換し濡れたカ所を渇かして馬車の点検をするチームと、騎馬を厩舎に戻して飼い葉や水をやり濡れた身体を拭いたりと世話をするチーム。
幌馬車は3つあり、騎馬は全部で30頭程だ。

俺は馬たちの世話をする。
実はギルの乗っている馬は大変気難しく、気に入られた者しか触らせてもらえないのだ。
今のところギルの馬に触れるのは、ギル、ヒース、長年世話をしている専属の者が1名と、それから俺だけだ。レイドでさえ触らせてもらえないらしい。

今回の任務には専属の人は付いてきていないのでギルとヒースがいない時は必然的に俺が世話をする事になる。

既に厩舎に戻されていた馬たちにはそれぞれ世話をしている者達が飼い葉や水を与えていた。
鞍は外されていた為、俺は戸惑うことなく馬たちの傍に寄る。


「ご飯食べてる時にごめんなー?濡れた身体拭くからな」


俺の担当する新人くんは、隣で別の馬の世話を焼いている。時折視線が突き刺さるが気にしない。


「今日も1日お疲れ様。明日も頑張ってな?」


俺は話し掛けつつ丁寧に濡れた身体を拭いていく。
尻尾は嫌がられるので軽く水気を取るだけにして鬣を丁寧に拭き、怪我がないか隅々までチェックをする。泥が跳ねて汚れてしまった場所を馬の様子を見つつ拭き取り、身体が冷えないように専用の布をかける。


「お代わりいるか?」


飼い葉を与えた桶が空になっているのをみて桶を持ち上げて見せるが、そっぽを向いたのでそのまま片付ける。
寝床に藁を敷き詰めて整えたら正面から様子を見る。不調を訴えるような仕草は見受けられず、安堵して鼻先を軽く撫でてから傍を離れる。

既に他の者達は世話を終えて戻っていたようだが、俺が担当する新人くんは俺が終わるのを待っていたようでじっとこちらを見ていた。


「待たせたな。風呂入ろう」


相変わらず一言も話さないし、俺が笑いかけると顔を背けてしまった。

こりゃ嫌われたかなー…。

そう思わずにはいられないが、指導を担当してる内はしっかり面倒見ないと新人くんにも申し訳ない。
風呂へ向かう俺の後ろを付いてくる様子を盗み見て小さく息を吐き出した。

前途多難だな…。



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