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「随分熱心に読んでいたね。そんなに面白いかい?」


にこにことした笑みと共に送られる言葉にハッとして立ち上がる。
アレクが来ることをすっかり失念してしまっていたようだ。


「すみません、知らない事が書かれてあったのでつい…」


手にしていた本を閉じて苦笑を浮かべる。アレクが室内にいるという事は、ノックしても返事が無かったという事だろう。
王族に対してなんて失礼な事を、と頭を下げたがすぐに下げた頭を上げさせられた。


「気にしなくていいんだよ。ここでの生活は退屈だろう?少しでも気が紛れればいい」


相変わらずにこにこと笑みを浮かべたままで懐の広さを感じさせる発言をする。
その言葉に有り難いと思いつつ、ずっと立たせっぱなしのアレクに椅子を勧めた。例の、座り心地は最高だが豪華すぎるソファにだ。俺はアレクの向かい側に座ろうとして、手招きされている事に気付く。

またか…。

内心呆れつつ素直に傍に寄ると、手をやんわりと握られ軽く引かれて隣に座らされた。
ことある毎に部屋を訪れるアレクは、こうして俺を隣に座らせたがる。最初は遠慮して断っていたが、断る度に悲しそうに眉を寄せる様子を目にしてしまっては、断りづらい事この上ない。
仕方がなく隣に座ると、それはもう良い笑顔を浮かべるのだ。


「そう言えば、護衛達からシンが王族用の鍛練場を使いたいという事を聞いたんだが」


騎士達が先に話してくれていたらしい。俺はその話に頷き使用許可を取り付ける。


「はい。流石に中庭で剣を振り回す訳にはいかないですから。もし難しいのであれば諦めますが…」


最悪、この部屋の中で筋トレをするだけで我慢しようと自分を納得させる。部屋は十分に広いが、刀を振り回したら傷付けそうで怖い。
半ば諦め掛けてアレクを見れば、その顔には困ったような表情が浮かんでいた。


「私の説明が分かりずらかったようだね。先日、城の中にいるなら自由にしてくれて構わないと言ったのを覚えているかい?あの時シンは鍛練出来る場所を使わせてくれと言ったじゃないか。既に使用許可は出しているから、好きに使っていいよ」


安堵すると同時にそう言えば、と思い出す。確かに鍛練出来る場所を使わせて欲しいと言っていた。自分で言っておいて忘れるなど情けない。
申し訳ない気持ちで頭を下げる。


「気にしなくていいよ。この際だから言っておこう。王族の居住棟、政務棟、そして真ん中の高い塔。この3つの場所以外は全て自由にしていい。訓練場だけは居住棟の端にある。王族専用だからね。ただ、居住棟を通らずに向かう通路があるから明日にでも案内させよう」


アレクの言葉に頷く。何処が何処かは分からないが、人に聞きながら色々見て回ればいい。


「それから、やはり侍従は付けさせてもらうよ。護衛に護衛の仕事をさせてあげてくれるかい?」


暗に、道案内させるなと言いたいらしい。俺は反論する事が出来ず頷く。
護衛騎士達にも余計な仕事をさせてしまったと申し訳なくなり、後で謝ろうと決める。


「分かってくれて良かった。そうだ、シンに1つお願いがあるんだが…いいかい?」


余計な手間を掛けさせてしまった俺が嫌だとは言えず、出来る範囲でと一言添えて聞く。


「普段のように話してくれるかい?仮とは言え婚約者な訳だし、名前だけ砕けた呼び方もどうかと思ってね。公の場に出る予定はないが、そういう場以外では普段通りに話してくれ」


「それは…構わないですが…。不敬罪とかになりませんよね?」


要するに、敬語で話してくれるな、と言いたいらしい。
別に構わないが、次期国王に向かって例え婚約者であろうと良いのだろうか。目上の人に対する礼節などは弁えているつもりだが、王族とか、身分のある人に対するマナーなんて分からない。
この世界でも本にするまでもない常識だからなのか、そういった事が書かれている本は見当たらなかった。
アレク本人がそう言っているから大丈夫なのだろうが、念の為人前では殿下呼びに戻して敬語を使わせてもらおう。


「大丈夫。ならないから。私本人がそう望んでいるからね」


人前では殿下呼びで敬語を使わせてもらう代わりに、人目がない場所では普段通りに気兼ねなく話す旨を伝えると、あまり納得はしてくれなかったが了承はしてもらえた。

それからアレクは暫く部屋で過ごした。何気ない会話をしただけだったが、妙にボディタッチが多かったような気がする。
それと同時に何やら熱っぽい視線を寄越された。

具合でも悪いのか?
いや、寂しがり屋だからか?
それとも婚約者っぽく振る舞ってるとか?
まさか、そういう意味じゃないよな?
俺にはギルとレイドが…って伝えてるし。

等と考えている内に話は進み。
明日侍従を連れて来るらしく、その時に訓練場へも案内すると伝えられ、危うく聞き流しそうになった。


「いえ、あの…侍従さん連れて来るんだよな?ならその人に頼むから。アレクがわざわざ案内する事無いって」


慌てて断りを入れるが、その表情を見て固まる。


「私の息抜きも兼ねてと思っていたんだが…迷惑かい?」


眉を寄せ、とても……とても悲しそうに見つめられる。

そんな顔されたら断りずらいじゃーん!!!

なんて言えず、しどろもどろにいいえ、としか答えられない。
結局、アレク自ら案内してくれる事になり、その時に鍛練を一緒にする事にもなってしまった。

何だか流されているような、上手い具合に踊らされているようなそんな気分になる。

ともかく、明日から身体を動かせる事に喜んでおくとしよう。



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