上 下
26 / 36

第25話 幽子の想い

しおりを挟む
 幽子は風呂場に入ると、湯舟ゆぶねに入る前に身体からだを洗った。
 二度、三度と――さわやかな石鹸せっけんにおいが全身にむよう念入りに。

 続いてかみの毛。
 海釣りでついた潮風しおかぜの匂いが、シャンプーとリンスで消えていく。

 それらをシャワーで洗い流し、全身から潮風と汗のにおいが消えたことを確認すると、彼女はようやく湯船に入った。

 全身をばしてリラックス――などはせず、ひざかかえて口まで湯船にかった。
 豊かな彼女の双丘そうきゅうが、肉付きの良いあしで押しつぶされる。

 ――ど、どどどどどどどどどうしよーっ!?
 ――ついいきおいでまろうとか言ったらホントに泊まっちゃったよーっ!?

 一郎だけではない。
 幽子もまた、内心はげしく動揺どうようしていた。

 無理もない。
 一郎と同じく、幽子も恋愛れんあい経験値けいけんちはほぼゼロなのだから。

 彼女のような美人が恋愛経験ほぼゼロの理由は、ひとえに彼女の出身地が理由だろう。
 彼女の出身地は日本に八つほど存在する陰陽師おんみょうじかくざとだ。

 そこでは陰陽八家と呼ばれる業界トップの一族が、村長的な役割やくわりにない里をまとめている。

 里の中は日本であって日本ではない、いわば治外法権ちがいほうけん地帯ちたい
 一般人がらす外とは大なり小なり文化が違うのだ。

 彼女の里――葛覇くずのは一族がおさめる里のかかげるスローガンは完全かんぜん実力主義じつりょくしゅぎ

 陰陽師としての才能さいのう&実力こそもっと価値かちあるものであり、そのひとしくその下に分類ぶんるいされる。

 容姿ようし、学力、運動力、コミュ力、経営けいえい力、経済けいざい力、そして血統けっとう――一般社会で重視じゅうしされるそれらすべて、陰陽師としての才能にくらべれば等しく虚無ゼロ

 幽子のようにいくら容姿にすぐれていても、陰陽師としての才能が中の下程度ていどであるならば、恋愛などをふくんだ里内カーストにおいて、底辺ていへんとまではいかないまでも、それに近いあつかいを家の外では受けてしまう。

 なので、幽子も当然のごとく恋愛とは無縁むえんの人生だった。
 同じ落ちこぼれの仲間とともに、空想くうそうの恋愛に思いをせては現実を知る毎日。

 そんな日々を送っていた彼女にようやくおとずれた非日常ラブコメ
 好きな男とデート、そして一泊いっぱく――けというのはこくだろう。

 ――オッケーしてくれたってことは、一郎くんも『そうなるつもり』だって思っていいのよね!?
 ――私のこと、彼女にしてくれるってことでいいのよね!?

 ――一郎くん真面目まじめだし、やさしいし、そういうの曖昧あいまいにしたままシないと思うし……。
 ――私の勘違かんちがいでなければ、絶対さっき言ってくれそうだったし……。

 ――私のこと、好きになってくれたのかな……?
 ――財産ざいさん目当て、財産第一とか言ってるクソ女を好きになってくれたのかな……?

 実のところ、幽子がもっとも好きなのは一郎の性格だ。

 出会って間もないころ、財産目当てについて来たクソ女すら助けようとしたり、見ず知らずのえんもゆかりもなかった瀕死ひんしの野良犬を病院に連れて行き看取みとったり、自分のペットとして葬式そうしきげたりする、そんな彼の優しさが一番好きなのだ。

 仲良くなった今、そのことを今さら言うのはれくさい。
 だからいまだに財産が一番だとうそぶいている。

 ――一郎くん……。
 ――私を、あなたの彼女にしてくれますか……?

 不安をぬぐいきれぬまま幽子は風呂から出た。
 玉のようなはだから水滴すいてきが落ち、ゆからす。

「メイク、よし! 下着、よし! 心の準備……………………よし!」

 覚悟かくごを決めて二階へ上がる幽子。
 一郎がつ、寝室しんしつのドアを開けた。

「…………一郎くん?」

 ドアを開けた先に一郎はいなかった。
 自分をおどろかすためにどこかにかくれているかもしれない――そう思いベッドの下や押し入れ、ベランダをさがすが見つからない。

「ロク、ちょっと来てくれる?」

 ――ワンッ。

 廊下ろうかはしで眠ろうとしていたロクを手招てまねきする。

「一郎くんがどこに行ったか知らない? 部屋の中にいないけど」

 ――ワンッ。

 幽子がそう尋ねると、ロクは付いて来いとでも言いたげに一言えて部屋を出た。
 そしてすぐとなりの部屋――クローゼットルームの前で止まる。

 ――ハッハッハッハ。

「ここにいるの? こんなところで何してるんだろう?」

 疑問ぎもんに思いながらドアを開ける。

「一郎くん、あの……お風呂、あがったよ。い、一緒いっしょに…………っ!? 一郎くんっ!?」

 天窓てんまどかられた月の光。
 そして間接照明かんせつしょうめいらす人工の光。

 二つの光が交差こうさするその中心で一郎はぐったりとたおれていた。
 息はあるが意識いしきはない。

「そんな……何で!? 何もいないはずなのに!?」

 幽霊屋敷はただのうわさ
 本当はただの作り話で、オカルト的なものなんていない。

 そのはずなのに――何で?
 どうして?

「……とりあえず冷静れいせいにならないと。ロク、この部屋を徹底的てっていてき調しらべて。一郎くんをベッドにかせたら私も一緒に調べるから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...