20 / 32
第19話 冥犬ロク
しおりを挟む
「一郎くん、飼おうよこの犬。わざわざ恩返しがしたいとか言ってるし、人懐っこいしすっごい良い子だよ~♪」
「いや、飼おうって言われもな……犬って言っても犬の幽霊だぞ?」
「それが何か?」
「ああ、きみたちんとこはそういう反応なのか」
彼女たちの業界では、犬も幽霊犬も大差ないらしい。
「犬だろうが幽霊犬だろうが別に構わなくない? ねえ、飼おうよ~可愛いよこの子~」
「まあ、確かに可愛いけどさあ……」
幽霊犬になって、この犬本来の体型になったせいか、ペットとしての魅力には溢れている。
犬種はおそらく秋田犬。
大きな体格にふわふわもこもこな毛並み。
生きている人形とまで賞賛されるだけあってとても可愛い。(死んでいるけど)
一郎への感謝の念でこの世に留まったということからも、性格も情に厚く優しいのだろう。
しかし――、
「ダメだ、飼えない」
「どうして!? こんなに可愛いのに!?」
「忘れたのか幽子? このマンションは……ペット禁止なんだ」
「ペットって言っても幽霊でしょ? ペット禁止のルールは生きている動物に対して有効なだけで、そうでないものには普通無効じゃないの?」
その通りだ。
ペット禁止のルールは生きているものに対しての制限であって、すでに亡くなっているものに関してはその限りではない。
元々このルールはペットの騒音や悪臭が問題となりやすいがための対策なので、おそらく気づけるものしか気づかない幽霊犬の鳴き声やにおいなどはその限りではない。
「そう言われてみるとそうかもだけど……」
「でしょ? だったら飼おうよ! ね? ね?」
「うーん、でもなあ……」
「何よ? まだ気になることでもあるの?」
「一点ほど」
「言ってみて」
「俺に飼われるってことは、長期間この世に滞在するってことだろう? 成仏するべき存在が長くこの世に留まって大丈夫なのか?」
先日除霊した、先の幽霊みたいな例もある。
成仏せず、この世界に長期間滞在することによって、この幽霊犬自身に何らかの悪影響が出ないか一郎は心配なのだ。
「変に未練とか持っちゃって、あの幽霊みたいに悪霊になったらと思うと、とてもじゃないけど、飼おうだなんて俺には思えないよ」
この幽霊犬は生きている間、絶対に幸せではなかっただろう。
だからこそさっさと成仏して、来世で幸せを掴みとってほしい。
自分のせいで下手にこの世に留まり、悪霊化してしまったら目も当てられない。
そうなれば周囲の人々にも迷惑がかかるし、最終的に誰かに退治されるだろう。
この犬にはもう苦しんで欲しくない。
痛い思いをして欲しくない。
「俺への感謝とか別にいいんだよ。来世の幸せだけを考えとけ、な?」
気持ちは充分伝わったから――と、頭を撫でながらそう言うと、幽霊犬はキュゥンと残念そうにひと鳴きして耳と尻尾を垂れた。
「じゃあ、結局成仏させるってことでいいの?」
「ああ」
「この犬しっかりしてるし、性格良いし、私はちょっとぐらい留まっても大丈夫だと思うんだけどなあ」
「たとえそうだとしても、留まっている間は俺が飼うわけだろう? そうなれば俺、絶対に情が移る自信あるぞ。いつか必ず来る成仏の日とかになったら、絶対大泣きする自信があるぞ。一ヶ月ぐらい飯とかロクに食えない精神状態になる気満々だぞ」
そうなる前にここで別れた方がいい。
今ならまだ、そこまで情は深くない。
笑って見送ることができる。
だから、幽子に頼んで送ってもらおうとしたのだが――
「あれ? 成仏できない? 何で?」
「おい!? まさか自分が飼いたいからって、わざとやっているんじゃないだろうな?」
「違う違う! そんな詐欺師みたいなことするわけないじゃない! そんなことしたら一郎くんに嫌われちゃうもん。彼女の座が遠のく」
「じゃあ何で成仏できないんだ?」
「私にだってわからないわよ。免許を持ってるプロじゃないんだから」
「えぇ……? じゃあ、どうすんだよこの犬?」
「どうするも何も、飼うしかないんじゃない? 幽霊犬なんて他の家じゃ飼えないでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
「野放しにして、悪い動物霊とかにでも取り込まれちゃったら、この子がまたかわいそうなことになるし、一郎くんが飼うのが一番丸く収まるのよ」
「そうか……いや、でも別れがなあ」
「そこはもう仕方ないと割り切るしかないわね。どうする? 飼う? 捨てる? 無理やり成仏させるという手もなくはないけど……できれば私やりたくないなあ。私の拳は悪い霊を殴ったりイジメたり、煽った上で一方的にボコボコにするものであって、何の罪もないこんな可愛い犬に使うものじゃないもの」
「それ、もう、半分脅しだろ……」
飼わなければこの犬が酷いことになる。
そう言っているのと変わらない。
「わかった。覚悟決めたよ。飼おう! この犬!」
「よかった。私もこんな可愛い犬を殴らなくて済んで何よりだわ」
「そういうわけだ。どれくらい一緒にいられるか分からないけど、これからよろしくな」
――ワンッ! ハッハッハッハッ……!
「尻尾ものすごく振って喜んでる♪ 一郎くん、早速だけど名前決めましょ。何て名前にする?」
「そうだなあ……」
じっと幽霊犬の顔を見つめる。
つぶらな瞳……その中にキラリと光る知性と忠誠心……あの伝説の名犬と偶然にも同じ犬種……よし!
「お前の名前はロク! それでどうだ?」
――ワンッ、ワンッ!
「気に入ったみたい」
「そうか、気に入ってくれて何よりだ」
この日、一郎の部屋に新たな仲間が加わった。
いつか別れるその日まで、精一杯幸せにしてやろうと一郎は思った。
「いや、飼おうって言われもな……犬って言っても犬の幽霊だぞ?」
「それが何か?」
「ああ、きみたちんとこはそういう反応なのか」
彼女たちの業界では、犬も幽霊犬も大差ないらしい。
「犬だろうが幽霊犬だろうが別に構わなくない? ねえ、飼おうよ~可愛いよこの子~」
「まあ、確かに可愛いけどさあ……」
幽霊犬になって、この犬本来の体型になったせいか、ペットとしての魅力には溢れている。
犬種はおそらく秋田犬。
大きな体格にふわふわもこもこな毛並み。
生きている人形とまで賞賛されるだけあってとても可愛い。(死んでいるけど)
一郎への感謝の念でこの世に留まったということからも、性格も情に厚く優しいのだろう。
しかし――、
「ダメだ、飼えない」
「どうして!? こんなに可愛いのに!?」
「忘れたのか幽子? このマンションは……ペット禁止なんだ」
「ペットって言っても幽霊でしょ? ペット禁止のルールは生きている動物に対して有効なだけで、そうでないものには普通無効じゃないの?」
その通りだ。
ペット禁止のルールは生きているものに対しての制限であって、すでに亡くなっているものに関してはその限りではない。
元々このルールはペットの騒音や悪臭が問題となりやすいがための対策なので、おそらく気づけるものしか気づかない幽霊犬の鳴き声やにおいなどはその限りではない。
「そう言われてみるとそうかもだけど……」
「でしょ? だったら飼おうよ! ね? ね?」
「うーん、でもなあ……」
「何よ? まだ気になることでもあるの?」
「一点ほど」
「言ってみて」
「俺に飼われるってことは、長期間この世に滞在するってことだろう? 成仏するべき存在が長くこの世に留まって大丈夫なのか?」
先日除霊した、先の幽霊みたいな例もある。
成仏せず、この世界に長期間滞在することによって、この幽霊犬自身に何らかの悪影響が出ないか一郎は心配なのだ。
「変に未練とか持っちゃって、あの幽霊みたいに悪霊になったらと思うと、とてもじゃないけど、飼おうだなんて俺には思えないよ」
この幽霊犬は生きている間、絶対に幸せではなかっただろう。
だからこそさっさと成仏して、来世で幸せを掴みとってほしい。
自分のせいで下手にこの世に留まり、悪霊化してしまったら目も当てられない。
そうなれば周囲の人々にも迷惑がかかるし、最終的に誰かに退治されるだろう。
この犬にはもう苦しんで欲しくない。
痛い思いをして欲しくない。
「俺への感謝とか別にいいんだよ。来世の幸せだけを考えとけ、な?」
気持ちは充分伝わったから――と、頭を撫でながらそう言うと、幽霊犬はキュゥンと残念そうにひと鳴きして耳と尻尾を垂れた。
「じゃあ、結局成仏させるってことでいいの?」
「ああ」
「この犬しっかりしてるし、性格良いし、私はちょっとぐらい留まっても大丈夫だと思うんだけどなあ」
「たとえそうだとしても、留まっている間は俺が飼うわけだろう? そうなれば俺、絶対に情が移る自信あるぞ。いつか必ず来る成仏の日とかになったら、絶対大泣きする自信があるぞ。一ヶ月ぐらい飯とかロクに食えない精神状態になる気満々だぞ」
そうなる前にここで別れた方がいい。
今ならまだ、そこまで情は深くない。
笑って見送ることができる。
だから、幽子に頼んで送ってもらおうとしたのだが――
「あれ? 成仏できない? 何で?」
「おい!? まさか自分が飼いたいからって、わざとやっているんじゃないだろうな?」
「違う違う! そんな詐欺師みたいなことするわけないじゃない! そんなことしたら一郎くんに嫌われちゃうもん。彼女の座が遠のく」
「じゃあ何で成仏できないんだ?」
「私にだってわからないわよ。免許を持ってるプロじゃないんだから」
「えぇ……? じゃあ、どうすんだよこの犬?」
「どうするも何も、飼うしかないんじゃない? 幽霊犬なんて他の家じゃ飼えないでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
「野放しにして、悪い動物霊とかにでも取り込まれちゃったら、この子がまたかわいそうなことになるし、一郎くんが飼うのが一番丸く収まるのよ」
「そうか……いや、でも別れがなあ」
「そこはもう仕方ないと割り切るしかないわね。どうする? 飼う? 捨てる? 無理やり成仏させるという手もなくはないけど……できれば私やりたくないなあ。私の拳は悪い霊を殴ったりイジメたり、煽った上で一方的にボコボコにするものであって、何の罪もないこんな可愛い犬に使うものじゃないもの」
「それ、もう、半分脅しだろ……」
飼わなければこの犬が酷いことになる。
そう言っているのと変わらない。
「わかった。覚悟決めたよ。飼おう! この犬!」
「よかった。私もこんな可愛い犬を殴らなくて済んで何よりだわ」
「そういうわけだ。どれくらい一緒にいられるか分からないけど、これからよろしくな」
――ワンッ! ハッハッハッハッ……!
「尻尾ものすごく振って喜んでる♪ 一郎くん、早速だけど名前決めましょ。何て名前にする?」
「そうだなあ……」
じっと幽霊犬の顔を見つめる。
つぶらな瞳……その中にキラリと光る知性と忠誠心……あの伝説の名犬と偶然にも同じ犬種……よし!
「お前の名前はロク! それでどうだ?」
――ワンッ、ワンッ!
「気に入ったみたい」
「そうか、気に入ってくれて何よりだ」
この日、一郎の部屋に新たな仲間が加わった。
いつか別れるその日まで、精一杯幸せにしてやろうと一郎は思った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ゴーストバスター幽野怜Ⅱ〜霊王討伐編〜
蜂峰 文助
ホラー
※注意!
この作品は、『ゴーストバスター幽野怜』の続編です!!
『ゴーストバスター幽野怜』⤵︎ ︎
https://www.alphapolis.co.jp/novel/376506010/134920398
上記URLもしくは、上記タグ『ゴーストバスター幽野怜シリーズ』をクリックし、順番通り読んでいただくことをオススメします。
――以下、今作あらすじ――
『ボクと美永さんの二人で――霊王を一体倒します』
ゴーストバスターである幽野怜は、命の恩人である美永姫美を蘇生した条件としてそれを提示した。
条件達成の為、動き始める怜達だったが……
ゴーストバスター『六強』内の、蘇生に反発する二名がその条件達成を拒もうとする。
彼らの目的は――美永姫美の処分。
そして……遂に、『王』が動き出す――
次の敵は『十丿霊王』の一体だ。
恩人の命を賭けた――『霊王』との闘いが始まる!
果たして……美永姫美の運命は?
『霊王討伐編』――開幕!
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
これ友達から聞いた話なんだけど──
家紋武範
ホラー
オムニバスホラー短編集です。ゾッとする話、意味怖、人怖などの詰め合わせ。
読みやすいように千文字以下を目指しておりますが、たまに長いのがあるかもしれません。
(*^^*)
タイトルは雰囲気です。誰かから聞いた話ではありません。私の作ったフィクションとなってます。たまにファンタジーものや、中世ものもあります。
レイカとタイジ あやかし相談所へようこそ!
響ぴあの
ホラー
「消滅転生!!」「封印!!」お札を使ってあやかしと対峙。
霊感魔法少女「有瀬レイカ」。
生まれつき霊感があり、見えない者が見える少女。魔法については、1分時間を止める力と、元に戻すことができる力を持つ。
同級生で片思いのあやかし使いの神社の息子で伝説の札を持つ「妖牙タイジ」に誘われ、あやかしカウンセラーをはじめることに。
かわいいモフモフ二匹、あやかし使いの中学教師や美少女のトイレの華絵さん、人体模型つくもがみのジンもメンバーに加わり、「あやかし相談所」を発足する。
縁結びのムスビさんの少し甘い初恋の話。
現代妖怪にはたくさんの種類がいて、オレオレサギサギ、カロー(過労)、ストレッサー、ホーキ(放棄)に出会い、赤と青の札を持って立ち向かう。
闇に包まれた謎の美形若手男性教師、夜神怪(やがみかい)は敵か味方か。
怪しい影を潜ませ何か目的を達成しようと近づいてくる。光と影が交差する場所を探しているようだ。その場所には特別な道ができるらしい。
中学生のレイカとタイジ、先生二人の正体と恋にも注目!
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる