上 下
35 / 37

第33話 カレハワタシノモノ

しおりを挟む
 キズナは壁に手をつき身体を支えつつ、フラフラとした足取りでその場からはなれた。
 家の角を曲がり、リングに収納していたタブレットで、職場へのエマージェンシーコールを送る。

『こちら緊急特別対策室。君の氏名と所属、それと発生した内容を教えて欲しい』

『こちら日本支部所属のキズナ! 現在東京都にてレベル4対応業務を遂行すいこう中! 恋人関係の成立には成功しましたがその相手に〈アクセラレイション〉が発生! 対象者をかくまおうと迎えに行った際に、片翼かたよくを…………やられました……」

 タブブレットの画面が鏡となり、現在の彼女を映し出す。
 片翼がない。
 感覚的に理解はしていたが、いざ目にしてみるとやはり……精神的にくるものがある。

『片翼を!? 大丈夫なのか!?』
『……いえ、かなりまずいです。出血したせいで意識が……』

 すでに画面が少しかすれて見える。
 寒気は酷く、頭は思考が停止しつつある。

『できればあと30分以内に輸血用の血液をお願いし――「きずなあああぁぁぁぁあああっっ!」』

 お願いしたいのですが――。
 向こう側にいる天使へそう伝えようと、必死になって声をしぼり出そうとしていたとき、太陽が自分を呼ぶ大声が聞こえた。

 ――どうしたの!?

 そう思い首を動かそうとしたが、出血のせいもあってスムーズに行動に移せなかった。
 ああ……くそっ……血が足りないとこうまで動けないものなのか……

 自由に動かない自分の身体に苛立いらだちを覚え始めた頃、再び大声が。

「キズナ! 気をつけろ! 彼女にはお前が見えているぞ!」
「え、そんなこと――」

 あるわけない。
 天界のものに触れない限り、天使の姿は絶対に見えないはず。
 ……だけどっ!

 太陽の必死な声が、キズナの生存本能を呼び覚ました。
 理屈をねじ伏せ、身体を動かし、その場から大きく飛びのいた。

 なんとなく、その場にいてはいけない気がしたからだ。
 そして、その予感は正しかった。

「あら、失敗」

 ついさっきまでいた場所に銀色の光が走った。
 数秒動くのが遅かったらと思うと、恐怖で足が震えてくる。

「もう、動かないでよ」

 銀の光の主――八舞真奈は、まるで世間話でもするような口調でそう言った。

「これから朝ごはん作らなくちゃいけないんだから、時間取らせないでね?」

 ――シュッ!

「っ!」

 真奈が包丁を投擲とうてきした。
 彼女の手から放たれたソレは、一直線にキズナの胸元へと向かう。
 キズナはとっさに持っていたタブレットを盾にガードする――が、

「あぁっ!?」

 直後に横に吹き飛ばされた。
 投げると同時に駆け出した真奈が、彼女に回し蹴りを放ったからだ。
 蹴り飛ばされたキズナは車にはねられたかのようにゴロゴロと地面を転がる。

「ぅ、ぁ……」
「これでよし」

 キズナの様子を確認した真奈は満足そうに微笑ほほえむと、近くに転がっていた包丁を回収する。
 
「よい、しょと。あ、刃こぼれしちゃってる。後で研がなきゃ」

 そんなことをつぶやきながら、ゆっくりとキズナへと近づいてゆく。

 一歩一歩、彼女が近づいてくる。
 一歩一歩、死が近づいてくる。
 
 その光景を前に何もできないキズナは、まるで他人事のようにこう思ってしまった。

 ……ああ、死ぬな、これ。

 翼は切り落とされ、身体はロクに動かせない。
 助けが来るのはまだまだ先。

「さてと」

 自分にできることは何一つない。
 完全に、詰んでいる。

「太陽くんの人生をもらう――その前にあなたから太陽くんのぬくもりを返してもらわないとね」

 笑顔を崩さず、包丁を右手に構えた真奈が、空いた左手で首をめる。

「う…………」
「キズナ……さん? でいいのかしら? でも、これから始まる太陽くんとの甘い介護かいご生活で、どうせすぐに忘れるだろうから間違っていても構わないわよね?」

 不意に真奈の左手が首から離れた。
 急に気道に酸素が侵入したため、キズナはゲホゲホとき込んでしまう。

「苦しい? キズナさん? ねぇ苦しい? 辛い? でもね……私はもっと苦しかったのよ? あなたが、大好きな人の時間を! 心を! うばったせいでぇ!」

 そう言って今度はキズナの胸を思いっきり鷲掴わしづかみにする。

「あうぅ……」
「ねえキズナさん、あなたは親に『人のものを盗ってはいけません』って教わらなかった? 『人様のものを盗ったら泥棒です』って教わらなかった? 教わらなかったなら今、この場で私が教えてあげる。『人様のものを盗ったら泥棒です』。人の恋人を許可なく勝手に盗るのは、この国どころか世界中どこへ行っても倫理りんりに反する行為で……」

 胸を握る真奈の手に、さらに力が込められた。
 形の良いキズナの胸がスライムのようにぐにゃりとゆがむ。 

「殺されても文句は言えないってぇ!」

「うああっ!」

 痛い! 痛い!
 真奈の爪が肉に食い込み、キズナの胸から、血が滲み始める。

「ど……どうし、て…………?」

「どうして? どうしてこんなことをするのかってこと? あなた馬鹿ね。たった今言ったばかりじゃないの。血を流しすぎて、私の親切な忠告も耳から脳へ行かずに、耳から体外へと流れ出ちゃったのかしら? それとも胸に行ったのかしら? バカみたいに大きいものね、これ。……もう、仕方ないわねえ、もう一度同じことを繰り返されても次の人が困るだろうし、もう一度だけ教えてあげるわね。『人様のものを盗ったら泥棒です』『人の恋人を勝手に盗ることはどこの国でも倫理に反する行為で、殺されても文句は言えません』、わかったかな? キズナさん。私の恋人を私の許可なく勝手に、あなたの下品なまでに大きいこの胸を使って誘惑ゆうわくした、他人のことなど一切考えない、自分のドロドロとした肉欲を実現させることしか考えていない、あなたのその最大容量が百メガ以下の型が落ちすぎてもう誰も使わないと思われるパソコン以下のスペックしかない狂牛病にかかった牛よりスカスカで空っぽの脳みそでも理解できたかな? 理解できたわよね? 自分がどれだけ私たちに迷惑をかけたのか? どれだけ私たちの幸せを邪魔していたのか? 自分がどうしてこんな目に会うのか? そして……自分がどうして死ななければいけないのか?」

 〈アクセラレイション〉によってつのり、加速した太陽への想いが暴走。
 もう彼女は……八舞真奈は、もう人界最大の禁忌きんきとされている殺人さえ躊躇ためらわずに実行する。

「さようなら、キズナさん。来世では他人の恋人を奪っちゃダメだぞ」




 --------------------------------------------------------------------------------
 《あとがき》
 残りあと数話。
 ここからどうやって巻き返すのか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~

テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。 なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった―― 学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ! *この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。

不撓導舟の独善

縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。 現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。 その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。 放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。 学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。 『なろう』にも掲載。

亡き少女のためのベルガマスク

二階堂シア
青春
春若 杏梨(はるわか あんり)は聖ヴェリーヌ高等学校音楽科ピアノ専攻の1年生。 彼女はある日を境に、人前でピアノが弾けなくなってしまった。 風紀の厳しい高校で、髪を金色に染めて校則を破る杏梨は、クラスでも浮いている存在だ。 何度注意しても全く聞き入れる様子のない杏梨に業を煮やした教師は、彼女に『一ヶ月礼拝堂で祈りを捧げる』よう反省を促す。 仕方なく訪れた礼拝堂の告解室には、謎の男がいて……? 互いに顔は見ずに会話を交わすだけの、一ヶ月限定の不思議な関係が始まる。 これは、彼女の『再生』と彼の『贖罪』の物語。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

処理中です...