18 / 37
第16話 計画通り
しおりを挟む彼女の前方50メートルくらいの位置を、ギャル男っぽい2人組が近づいている。
『太陽、彼女の運命係数が大きく揺れ動いていることを確認。始まるよ! 準備は良い!?』
『当たり前だ! もう覚悟はできてる。やってやるさ!』
――ジジッ……
気のせいか、一瞬世界が灰色になり、ノイズが走ったかのように見えた。
人為的に運命を捻じ曲げた影響なのだろうか?
それとも、消されたくないというバグの抵抗の表れなのだろうか?
まあ、何にせよ、俺は俺のやるべきことをするだけだ。
幸せをこの手に取り戻すために。
犯人を尾行する刑事よろしく、俺は物陰から事態を見守る。
八舞さんと2人組は徐々に近づき、現在お互いから約20メートルの位置にいる。
もうあと数歩歩けば、お互いの顔が確認できるくらいの距離だ。
しかしまだ2人組は動き出さない。
(まだか……?)
もうお互いの距離は10メートル以下。
この距離なら明らかに顔が確認できるはずだ。
なのにまだ何のアクションも発生していない。
(まだか……まだなのかよ!?)
ここに隠れてから、心の中で何度反芻したかわからない。
そうしている間にもさらに距離は縮まるが、まだ動き出す気配はない。
(まだなのか……!)
『焦らないで太陽。焦りは判断を鈍らせる失敗を呼び寄せる』
オンにはしていないはずなのに、キズナからの忠告が来た。
『落ち着いて。まずは深呼吸。……うん、そう。もう運命の改変は始まっている。つまりイベントがここで、あの2人によって起こることは確定しているの。だから太陽は、主人公はどっしりと構えて待っていればいいの。ヒロインを颯爽と助け出すその時までね。風林火山の精神だよ!』
――疾きこと風の如し
――静かなること林の如し
――侵略すること火の如し
――動かざること山のごとし
誰もが知る戦国時代の名将、武田信玄の言葉だ。
どうやらあの甲斐の虎の遺した名言は、天界にまで知れ渡っているらしい。
今は守るべき時、ことが起こるそのときまで林のように静かに、山のようにどっしりと構え心の準備をしておこう。
そして起こったら風のように疾く、火のように激しく速攻でイベントを攻略しよう。
そうキズナは言いたいんだろうな。
そうだ、もう起こることは確定している。
焦ることはない。
落ち着きを取り戻す間に、両者の距離は1メートルを切っていた、
そして――すれ違う。
『二人組の足が止まったぞ!』
『始まった! 行って、太陽!』
時は来た。
俺は心のエンジンに火を入れる。
風のように疾く、火のように激しく、
このイベントを攻略する!
……
…………
………………
4月29日午前10時8分、老舗のケーキ屋〈モンドール〉から出てきた八舞真奈の横を同年代の男2人組が通りすぎる。
通りすぎるその瞬間まで、二人は最近観たテレビ、映画の話、ファッションなどの取りとめのない会話をしていたが、すれ違う瞬間会話が止んだ。
2人はすれ違った真奈を目で追う。
彼女はとても目を引く容姿をしている。
正常な男なら振り返るのも無理はない。
男はもう1人の男を伴い、彼女の後を駆け足で追う。
まるで、何かに導かれるかのように。
対して真奈は歩き、当然のことながらすぐに追いつかれてしまう。
2人の男は彼女を中心に二手に別れ、回り込んで立ちふさがった。
「あの、すいません。前に進めないんですけど?」
真奈はやんわりと、丁寧に返すが、二人組はニヤニヤと笑っているだけ。
彼女の言葉は耳にも、そして心にも届いていない。
「すいません。前に進めないのでどいてもらえますか?」
再度、同じことを告げる真奈。
だが、やはり2人組はニヤニヤと笑っているだけでその場から離れようとはしなかった。
真奈は「言っても無駄ね」と、この手のことに慣れているのか、くるりと踵を返して道を変える。
図書館に至る道はここだけではない。
少し遠回りになるが別の道を行けばいいだけのこと。
しかし再び2人組が回り込み進行方向を塞いだ。
「何のつもりですか?」
「何のつもりって、ねえ?」
「俺たちただ道を聞こうとしているだけなんだけどなあ?」
「道を聞きたいですって? さっきまでの貴方たちの行動からはそういう素振りは感じられませんでしたけど?」
少し彼女の声が荒くなった。
怒っているのだろうが丁寧語を崩していない。
育ちのよさと自制心の高さがうかがえる。
「大体道を聞きたいのなら、私なんかよりも近所のお店とかで道を聞いたほうがいいのでは?」
「いやあ、だって店はさあ」
「入ったら何か買わないと悪いじゃん? それに俺たちは君に聞きたいんだけどなあ」
「そうそう。できれば直接道案内なんかされたいなーって思ってるんだけど」
「あいにく急いでいますのでそんな時間はありません。他をあたってください。失礼します」
真奈は話を打ち切りその場から逃げ出した……が、できなかった。
2人組はなおもしつこく食い下がり、真奈の行く手を塞ぎ続ける。
2人の徹底的なマークを前に彼女は動くことができない。
完全にその場に固定され身動きが取れない状態になっている。
彼女は目線で誰かに助けを求めようとしているが、この辺りは裏道だ。
通行人は少なく、いても目をあわせようとしない。
わずかな通行人は皆関わり合いになりたくないとばかりに、3人をいないものとして通り過ぎていった。……▼
………………
…………
……
彼女が動けない。
敵役の2人組は八舞さんを壁際に追いつめていく。
他の通行人は皆助けようとはせず、誰もが視線を反らして通りすぎていく。
『太陽、次のアクションで彼女は完全に追いつめられる。2人組は完全に勝利を確信して、彼女以外見ない。ボクが言ってる意味……わかるよね?』
『ああ、もちろんだ』
それがスタートの合図、だろ?
一気につめてこっちを向く前に決めてやる。
息を殺してその時を待つ――そして、
、
「あっ!」
彼女が片方の男にぶつかり跳ね返った。
ドン、と少し大きめな音が彼女の背中から発せられた。
「あーイタタタタ。俺の骨ポッキリ行っちゃったかも」
「とりあえず慰謝料の話とかお互いの趣味の話とか学校の話とかしようか」
2人組の手が壁につく。
『太陽!』
『おうさ!』
キズナの声を合図に俺は飛び出した。
猛スピードで運命の舞台へと駆け上がる。
1メートル、2メートル、まだ誰も気づかない。
5メートルも進んだとき八舞さんがこちらを向いた。全力で疾走中の俺と目が合う。
彼女の目が言っている。『助けて!』と。
言われなくてもそうするつもりだ。
最後の一歩を踏み出したとき、ようやくわずかな気配を察したのか、1人がくるりとこちらを向いた。
自分たちに向かって突っ込んできている俺に驚き、目を丸くする。
振り向いた男は動かない。
気づかない男も同様、八舞さんのことだけに意識を集中している。
俺は最後に大きく踏み込み、右足に思いっきり力を溜めて飛び上がった。
全速力のドロップキックが、振り向いた男の胸板に吸い込まれるように決まる。
「ぶぐほおおおおぉぉぉぉっ!?」
「え……ぐがあああぁぁぁぁぁっ!?」
男はものすごい勢いで吹き飛び、相方を巻き込んで転がって行く。
2人はしばらく転がって、重なり合うように倒れた。
後は速やかにこの場を離脱するだけ。
「八舞さん、ごめんっ!」
「え……茂手くん!?」
俺は彼女の身体を持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこというヤツだ。
「揺れるから掴まって!」
「う、うん!」
八舞さんの腕が俺の首に回される。
胸の辺りから感じる体温と、女の子特有の甘いにおい。
そして柔らかい感触が俺の心のエンジンを激しく燃え上がらせた。
彼女の身体をガッシリと抱え、俺はその場を全速力で離れる。
風のように、颯爽と、何があったかわからないうちに。
念のため後ろを確認すると、2人の男はその場に倒れたまま動かなかった。
やはり、というべきか。あの2人の役はここで終了のようだ。
すでに俺に倒され彼女を助け出した今、運命によって与えられた役目は終わり舞台を降りている。
俺たちの後を執拗に追いかけるようなことはしない――いや、できないのか。
俺は一番肝心な最初のイベントを消化できたことを確認し、心の中で笑みを浮かべる。
――計画どおり。
--------------------------------------------------------------------------------
《あとがき》
第一段階は成功。
でも急にドロップキックなんてしちゃダメよ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
男子高校生の休み時間
こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~
テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。
なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった――
学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ!
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。
不撓導舟の独善
縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。
現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。
その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。
放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。
学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。
『なろう』にも掲載。
亡き少女のためのベルガマスク
二階堂シア
青春
春若 杏梨(はるわか あんり)は聖ヴェリーヌ高等学校音楽科ピアノ専攻の1年生。
彼女はある日を境に、人前でピアノが弾けなくなってしまった。
風紀の厳しい高校で、髪を金色に染めて校則を破る杏梨は、クラスでも浮いている存在だ。
何度注意しても全く聞き入れる様子のない杏梨に業を煮やした教師は、彼女に『一ヶ月礼拝堂で祈りを捧げる』よう反省を促す。
仕方なく訪れた礼拝堂の告解室には、謎の男がいて……?
互いに顔は見ずに会話を交わすだけの、一ヶ月限定の不思議な関係が始まる。
これは、彼女の『再生』と彼の『贖罪』の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる