上 下
28 / 58

第二十八話

しおりを挟む


 一度駅中に戻ろうと言う時だった。
 最悪のタイミングでゲリラ豪雨に見舞われた。
 成嶋なるしまさんは荷物がロクに入らないタイプの鞄しか持っておらず。当然折り畳み傘の一本すら入っていなかった。
 当然俺は鞄すら持っていない訳で……

「今日降るなんて言ってたっけ?」

「降水確率10パーセントもなかったハズ……」 

「まあ最近、急に天気が変わるものね……」

 慌てて雨を避けられる駅に逃げ込んだのだが間に合わなかった。
 鈍い鉛色の雲が見渡す限り空一面を覆い尽くしていて、風に煽られた雨がざばざばと雨音を立てている。
 ゲリラ豪雨と言う奴だろうか? 見える限り表の道路をから人気を感じない。

「はあ、ずぶ濡れね……そっちは大丈夫?」

「雨に濡れただけなので……スマホも生きてます」

 洋服はあの数分で水を吸い切ったのか袖や裾からぽたぽたと垂れている。
 スニーカーも中敷きまで水浸しでぐちゅぐちゅだ。
 いくら春先と言えどこのままでは風邪を引きそうだ。

「はあ……ストレス発散するつもりだったのにとんだ邪魔が入ったわ」

「文字通り水を差されましたしね」

「……む」

「冗談です。このままじゃ風邪を引きそうですし、着替えるようなところは……」

 ラブホテルやビジネスホテルが思いついたが要らぬ邪推を受けたい訳ではないから一瞬黙る。

「シャワー室付きの漫画喫茶とかありますけど着替えが……あ! 今日買った俺の服で良ければありますけど……」

「流石に悪いわよ。それに服を着替えるにしてもコインランドリーで乾かすにしても帰った方が早いわよ」

「確かに……」

「多分ゲリラ豪雨だし、もう少ししたら弱くなるわよ」

「弱くなるかなぁ……」

「さっきまで冷たかったのに体温で少し温まってきたのと張り付いて気持ち悪い」

 成嶋なるしまさんは雨で張り付いた服の胸元を引っ張る。
 スタイル抜群の成嶋なるしまさんと言えども女の子。流石に俺の方が身長は高く、意図せず上から覗き込むような状態に成ってしまい胸の谷間が見えてしまう。

「~~~ッ! ちょっと何してるんですか!?」

「なにって言った通りだけど……あ! し、真堂しんどうくんあなたねぇ!」

「すまん!」

「はあ……いいの。相手が真堂しんどうくんとは言え男性の前で無防備になった私が悪いもの」  

「本当に申し訳ない。お詫びと言っては何ですがウチに来るならシャワーと着替えあとは傘を貸すけど」

「確かにここでじっとしていても風邪を引くだけだものね。提案を受け入れましょう」


………
……



「ただいま」

「お、お邪魔しまっす」

 駅から程近い我が家に到着すると成嶋なるしまさんは緊張しつつ玄関で靴を脱ぐ。
 彼女見たいな人間でも緊張するのかと内心考えているとあることに気が付いた。

 痴漢から助けた同クラの友人で雨に濡れたとはいえ、普通彼氏でもない男の家に上がり込むことはよほどないと思う。

陰キャだから知らんけど……

 でも襲われないor襲われてもいいと信用されていると思うと嬉しくなる。

 そんなに長い時間洋服を持っている訳でもないのに持ち手が食い込んで指が痛い。
 玄関の床に荷物を下ろす。

「先風呂入って来いよ」

「悪いわよ」

「女の子に風邪を引かせる方が精神衛生上良くない」

「そういうことなら……」

 リビングに入った成嶋なるしまさんは物珍しそうにキョロキョロと頭を動かす。
 成嶋なるしまさんはまるで借りて来た猫のように静かだ。

「昨日張った湯でよければだけど、シャワーだけじゃなくて風呂に入って身体の芯まで温まった方がいいぞ?」

「ありがとう。そうさせてもらうわ」

 ザアアアアア……。
 シャワーヘッドから暖かいお湯が吹き出す。水滴は乙女の玉のような肌に当たって弾け、ボディーラインをなぞるようにして下へ下へと垂れていく。

「暖かい……」

 雨で身体の芯から冷えた体には、人肌より少し暖かい程度のシャワーでも酷く熱く感じる。
 他人のそれも男の子の家に上がり込むにことになろうとは、つい数時間前の私には想像もつかなかった事だろう。
 日本人離れしたメリハリのある流線型の身体、特に同年代と比較しても一際大きな胸にシャワー当てて物思いに耽る。

真堂しんどうくんには助けられてばかりだ。

 痴漢の件もそうだし、女子達からやや浮いている私と食事を一緒に取ってくれてあまつさえ、痴漢に怯えることがないように登下校の時間を合わせてくれる。

 そんな優しい人を私は自分の父親しかしらない。

 真堂しんどうくんはどうして私に優しいのだろう? そう考えるだけで胸がチクリと痛む。

「きっと誰にでも優しいんだろうな……」

 シャワーを浴びていると邪念が混じる。
 邪念を振り払うために体を洗い流そうと考える。

「……少し申し訳ないけど妹ちゃんのシャンプーとメイク落とし借りようかな……」

 シャンプーに手を伸ばす……すると脱衣所で声がした。
 一瞬、心臓がドキンと跳ねた。
 声の主は真堂しんどうくんのようだ。
 そんなことはないと理解しているのに、ほんの一瞬だけ優しい真堂しんどうくん疑ってしまった。

「タオルと着替え……申し訳ないんだけど俺の中学時代の体操服しかサイズ合いそうなのないんだ……」

「妹さんのも無理そうなの?」

 気が利く真堂しんどうくんにしては珍しいと思った。

「ああ……何と言うか背も低いし胸元も苦しいと思う……」

 とても言い辛そうに真堂しんどうくんそう言った。
 中学生か小学生だもん、確かにこの胸は入らないだろう。

「ああ……なるほどね……下着は乾燥させなくていいからそのためにコンビニに寄ったんだし……もし我慢できないなら見るだけならいいけど……」

 いつものようにからかうような口調で、罪悪感を薄めるためにそんな言葉を吐いた。

「しないよそんなこと……」

「どうだか……すりガラス越しだとシルエットまでしか見えないから洗濯してるのか洋服を漁ってるのか見分けが付かないし……」

 信じている。
 信じてるからこそこんな軽口が叩ける。

成嶋なるしまさんはどうしても俺を変態にしたいんだな」

 これ以上肉を目の前にしたライオンを挑発するのはやめよう。

「……そう言う訳じゃないけど。ありがとう」

「別にどうってことはないよ。遠慮せずにゆっくり入ってよ俺はもう着替えたし……」

 早くあがろうと思っていたが真堂しんどうくんは着替えて済ませたようだ。
 やっぱり真堂しんどうくんはいい人だ。
 真堂しんどうくんも寒いだろうに……

「そういうことなら……遠慮なく……」

 一通り体を洗い終えると、真堂しんどうくんが持って来てくれた。タオルとシュシュ(恐らくお母さんか妹さんのもの)で髪を湯舟に付けないように纏める湯舟に浸かる。
 一軒家ということもあってか、浴室は広く平気で脚を伸ばせるぐらいに湯舟も広い。

「はあ……なにやってるんだろう私……」

 肩まで湯舟に浸かった状態からゆっくりと湯舟に滑り込み、鼻まで湯舟に付ける。

 今週は本当に色々な事があった。
 痴漢に遭ったと思ったら、不良として有名な真堂しんどうくんに助けられたと思ったら、一緒にご飯食べたり登下校したり遊びに行ったり……

 真堂しんどうくんにお世話になってばかりで、恩返しらしい恩返しなんて何も出来ていない。
 与えられてばかりでいる現状が不安になる。
 例えば真堂しんどうくんが下心あって優しくしてくれているのなら理解できる。だけど真堂しんどうくんからはそう言った下心を感じられない。

 もちろん他の男の子のように、胸や足に視線を向けたりはする。
 胸が当たった時には鼻の下を伸ばしたりもしていた。
 だけど何かこう
 
 私はこんなに心を開いているのに、真堂しんどうくんは優しいだけで心は開いてくれていない。
 ああ、ほんと、面倒臭い自分の性格が嫌になる。
 
「忘れよ……」

 私は気分を変えるために、潜水し長湯するのであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

処理中です...