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第三章

さっきのは一体誰だ

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 敬語を外すのは徐々に慣れていこうということで手を打って貰ったネルスは、結局荷物をアレハンドロに奪われたままになった。
 恐縮してしまって肩身が狭そうだが、まぁ良い薬だろう。

「荷物、重かったら軽くしてやるぞアレックス」
「そんな便利なことが出来るならネルスに初めからやってやればいいものを」
「甘やかしすぎも良くないだろ?」

 私が笑って呪文を唱えると、アレハンドロが持っている荷物が手のひらサイズになる。
 4人が「おお」と目を丸くしてそれを覗き込んだ。

 肩に掛けている革製の鞄に入る大きさになったそれを、ネルスはアレハンドロ手から持ち上げる。
 そして文句を言いたそうな表情をしながら自分の鞄に丁寧に入れた。
 何も言ってこないのは、アレハンドロの行動のおかげだろう。

 半分はそのまま自分で持ってね!
 心底、魔術だけは現実世界に持って帰りたい。便利すぎる。
 

「まーまー!! ばーまぁあああ!!」

 次は何をしようかと歩いていると、幼い子どもの絶叫が聞こえる。
 わるい子ちゃんが叱られたのだろうか。泣き声の発生源には大抵、小さなかわいい子がいるのでついつい探してしまう。

 現実世界でもついキョロキョロしちゃうんだよね。
 親御さんお疲れ様の気持ちと、この声、絶対ぷくぷくが近くにいるわ! の気持ちで。

「あれ、あの子、迷子なんじゃないか?」

 同じく声を追っていたらしいエラルドが指をさした。他の通行人にも足を止めて周囲を見回している人が何人かいる。

 泣いている子を見ながら息を吐いて待っている大人がいればその人が保護者だ。私も探してみるが、近くには見当たらなかった。

「保護者が居ないみたいだな。ちょっと行ってくる」
「じゃあ僕たちも」
「いや、あんまりゾロゾロ行ったら怖がるかもしれないからな。血縁の保護者なら魔術ですぐ見つけられるから待っててくれ」

 バレットやアレハンドロは顔は良いが無愛想で威圧感があって怖いしな。と、失礼なことを考えつつ手を振り、声をかけるか迷っている様子の大人たちの間を早足で抜けていく。

 2歳から3歳くらいの女の子だ。ぽんぽんに何か詰まってそうな真っ赤な頬、ツンとした唇、二つ結びにした茶髪はよれている。
 かわいい。
 手も足も柔らかそうにふっくらしている。
 涙もだけど鼻水もすごい。拭いてあげたいけど、いきなり触ったら嫌がるよな~親がやっても嫌がる子はいるのに。

 絶対に迷子を解消させられるだろうという自信があるために余裕で色々考えながらその場にしゃがみ込む。
 目線を近づけて貴族界のお嬢様方が卒倒する笑顔を向けた。意識して明るい高めの声で話しかける。

「お嬢ちゃん迷子かなぁ? 誰と来たか言えるー?」

 我ながらものすごい猫撫で声がでた。

 女の子は、「誰だお前」という目でこちらを見ている。まぁ幼い子どもにとって、保護者とはぐれるというのはこの上なく絶望的な状態だ。

 相手が美男だろうとイケオジだろうと綺麗なお姉さんだろうと関係はない。
 しかし逃げはしなかった。一旦、答えを待とう。
 
「まぁ――まぁあああ!! ばぁああまあああ!!」
「おぅふ」
 
 耳への圧がすごい金切り声が上がった。
 クワンクワンして一瞬目を瞑ってしまう。

「ママかなー? 多分ママだよね? すぅぐ見つけてあげるからねぇー!」

 絶対返事をしたわけではない。分かっている。
 外野は気にせず、気を取り直して泣き始めただけだ。

 別の人と来たけれど「ママ」に助けを求めている可能性もある。
 そもそも「まま、まんま」は言いやすいから言っているだけかもしれない。しかしまぁ、とりあえず徒歩圏内に血縁者が居ないか探す事にした。

 呪文を唱えると、キラキラと色とりどりの結晶が女の子を包む。女の子はピタリと泣き止んでそれを見つめた。光は一筋の線になって私たちが来た方へと向かって行った。
 そんなに遠くはない。その先に、いる。
 
「バレット!」

 本当はコミュニケーション能力の高いエラルドに行って欲しいところだが、アレハンドロとネルスの側に付いていて貰いたい。

 私の声に反応したバレットは、意図をすぐに理解して光が示す方向へ走って行った。
 


「さっきのは一体誰だ」

 アレハンドロが私を気味の悪い物を見るように言った。

「誰って、あの子の母親だろう。そっくりだったじゃないか。見つかって良かった」

 とりあえず、肩をすくめてとぼけてみることにする。
 
 バレットが連れてきた若い女性は、半泣き状態で走ってきた。そして私は息を飲む。
 バレットが泣いていた女の子とそっくりな子どもを2人、小脇に抱えていたのだ。

 泣きはしていないが、知らない人に抱えられて固まっている。

(三つ子ちゃん……!)

 1人で幼児3人、しかも全員2~3歳を連れて歩かせるなんて勇者だ。
 いや、そうせざるを得ないんだろうけど凄いな。ベビーカー乗ってくれないのかな。
 いやそもそもベビーカーが普及してないのか?

 貴族は歩けない子は抱っこされてるからか、見たことないな。
 この世界、喋って歩いたら割と放置だし平民も同じなのか。そういえば街中でベビーカー見ないわ。
 お願い誰か早く安く作って。

 そんなこんなで、何度もお礼を言うお母さんに手を振って離れた。
 もうはぐれないといいけど。
 今日中ははぐれないようにこっそり魔術をかけておいたので明日からはまた頑張ってくれ。
 
「違う、母親のことじゃない。貴様だ。何だあの、甘ったるい……」
「シンは幼児に対してはいつもあんな感じです、だぞ? まだマシな方だ」

 眉を寄せて、うまく言い表せないのか言い淀むアレハンドロ。とにかく気持ち悪かったことだけが伝わってくる悲しみ。
 そこに、敬語を外すのが難しいネルスが会話に入ってきた。マシとかいう言い方、酷くないか。
 優しく話しかけただけなのに。

「マシなのか」
「はい。先日親戚内で集まった時、0歳児に向かって『えー笑うの? かわいいねー笑ってくれるのー小さいねーかわいいねー赤ちゃんだねー』と、当たり前のことしか言わなくなってたん、から。知能指数が100から2くらいまで下がってま、た明らかに」

 ネルスの喋り方がおもしろすぎて内容が微妙に頭に入ってこない。でも言いたいことは伝わった。
 仕方ないじゃないか。可愛かったんだから。

 いや、なんで皆ドン引きなの。
 エラルドまで引き笑いしてるのなんでなの。
 
 他のマダムたちもみんなそんな感じだったわ!
 小さいおててを一生懸命もぐもぐするのを見て、そんな訳ないことは重々承知なのに、

「おてて美味しいの?」

 て言ってたわ!
 
 私はおかしくない!! 
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