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第一章

クレープうめぇ

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 ラナージュと話した翌日のおやつ時。

 図書館で出会った時にどうしてもアンネに舞踏会のことを切り出せなかったというネルスと、稽古休憩中のエラルドと共に食堂へ向かう。
 
 エラルドは、

「バレットも言ってたけど、本当にネルスは奥手なんだなー」

 と笑っている。

(断られたら気まずいとか色々あるだろう!そんなん言うな可哀想に!)

 項垂れるネルスに、スイーツが毎日の楽しみだと言っていたから、おそらくアンネがいるだろうと励ましがてら誘ったのだ。
 
 そして、すぐに見つかった。

 もう1人女の子がいるが、席も空いていることだし、もう気にしている時間もないしさっさと声をかけることにした。

「アンネ、お友達と一緒のところすまないが、ここに座っても良いか?」
「シン様!?」

 アンネと共に顔を上げた女子生徒の方が目を見開いて声を上げた。

 周りもなんだかザワッとした。

 なんで毎回こうもざわつかれるんだいい加減に私に慣れたまえ君たち。

「ネルス様とエラルド様も!空いてるのでどうぞどうぞ!」

 ワタワタと食べかけのお皿を寄せてアンネに近づいていく女の子がおかしくて微笑ましい。
 お皿を見たところ、どうやら今日のスイーツはクレープのようだ。

 アンネのお友達の話し方からすると、貴族のご令嬢ではなさそうだ。
 アンネのように平民からの特待生か豪商のお嬢さんだろう。

 サラリとした黒髪は肩より上のボブヘアー。
 瞳の色も黒色で、クリッとした目の可愛らしい子だ。

 私はその子の隣に座りながら、思い出した。

「君、昨日の……」
「はい! 昨日は助けていただいてありがとうございました!」

 元気よく頭を下げられる。

 昨日、図書室の魔術本のコーナーで一生懸命背伸びしていた子だ。
 まさかアンネのお友達だったとは。

 よし、これも何かの縁だし、ネルスがアンネを誘うのに成功したら私はこの子を誘ってみよう。
 相手が居なければ。
 
 私の右にネルス、エラルドと座りながらなんのことだ、という顔をしていたので軽く説明をした。

「シン様って、本当に物語の王子様みたいだねってパトリシアちゃんと話していたんですよ」

 アンネが楽しそうに微笑み掛けてくれる。
 どうやらお友達はパトリシアというらしい。

 パトリシアちゃんって長いからパトちゃんとかパティとかじゃダメかなぁ。
 本当はアレハンドロもアーくんとか言いたい。
 長い。
 
 しかしラナージュといいアンネといい。
 本物の王子様というか、皇太子が身近にいるのに私のことを王子様みたいって。
 アレハンドロは彼女たちの言う「物語の王子様」とはかけ離れているから仕方がないけれど。

 この国の女の子が好きな「物語の王子様」は、とにかく優しくて勇気があってお姫様のピンチには必ず現れて颯爽と助ける完璧な白馬の王子様だ。

 私の世界の物語に出てくる王子様には割といるんだけどな。
 アレハンドロみたいなわがままな俺様。

「ありがとう。私が王子様なら、助けた君たちはお姫様だな」

 何言ってんだって思うじゃん?
 私も思う。
 でもイケメンだと思うと調子に乗ってこういうこと言っちゃうよね。

 言いながらも私の頭の中は、丁度運ばれてきたフルーツと生クリームがたくさん乗ったクレープで頭がいっぱいだったのは内緒だ。
 
 アンネとパトリシアは手で頬を覆って嬉しそうに目を合わせている。かわいい。
 私なら笑ってる。
 ネルスがなんだこいつって顔してこっちを見ている。
 そうだよね、分かる。

「シンって面白いよなー」
「そう思うなら笑うかつっこむかしてくれ」

 エラルドは通常運転でニコニコしながら頬杖をついていた。
 かと思うと、

「そういえば、パトリシアはもう舞踏会の相手は決まってる?」

 変化球ではあるがいきなり本題に入った。

「いいえ、舞踏会はお相手いないんですよ。もうアンネと行っちゃおうかって2人で言ってたとこなんです」

 パトリシアは明るい声でパタパタと手を振った。

「手入れする時間が勿体無いからって髪切らなきゃ良かったかなー? なんて……」

 髪の毛を人差し指の指先でクルリと撒きながら自虐的に笑って言う。

(すごくかわいいけど)

 パトリシアは半分冗談で言ったのだろうが、確かに貴族のご令嬢の中では長い髪が流行っている。
 それを好む貴族の男が多い印象もある。

 綺麗な長い髪は維持するのが大変なので時間に余裕があり、手入れをしてくれる人を雇える身分の象徴とも言えるのだ。
 
 エラルドは柔らかい表情で首を傾げた。

「なんで? その髪型、素敵だよ。きっと皆んな俺のために君を誘わなかったんだ」
(人のこと言えないだろ。何この面白い男)

 私の思いとは真逆に、流れるように紡がれた言葉はパトリシアの心を揺らしたらしい。
 黒い瞳が期待で煌めいた。

「え?」
「舞踏会ではシンじゃなくて、俺のお姫様になってくれないか?」
(は? かっこよ)

 誘い方が意外すぎてかっこいいと面白いが頭の中で大混乱して真顔になってしまった。

 台詞自体は面白いの極みなのだが、なんせ顔も声もいい。
 優しい笑顔だけど完全に男の顔。
 舞踏会に誘うというか、口説きにいってるじゃん。

 もっと普通に「俺も相手居ないんだー。一緒に行こー」て感じでサラッといくと思うじゃん。
 ネルスも「え? こいつ誰?」って顔になってしまっている。
 私の時とはまた違う宇宙人を見る顔だ。

「よ、よよよよろこ……! ……っ!」

 分かる! 
 分かるよいきなりあんなイケメン食らったらまともに喋れないよね頑張れパトリシア!

 真っ赤な頬でカクカクと首を縦に振るパトリシアの背中をアンネがさすっている。
 周りから小さく「えーっ」「きゃーっ」と言うような声が聞こえるのは気のせいではないだろう。

 今はカフェタイム、女子生徒が多い。
 聞き耳を立てていたエラルドのファンの子、ご愁傷様です。
 今の台詞が聞けたのはある意味ラッキーだと思って諦めようね。
 
 その場の動揺に気がついているのかいないのか、エラルドはネルスに目配せした。

「ね? 簡単でしょ? この流れでお前もいけ」

 とでもいうかのように。
 ハードルガン上げしておいてそれはない。
 ネルスが憐れだ。
 完全に固まってしまっている。

「あ、アンネも、相手がいないのか?」

 しかし、テーブルの下で制服の端を握りしめているネルスが、勇気を振り絞って声を出した。
 このドキドキ、アレハンドロがお皿をひっくり返した時を思い出す。
 だいぶ状況は違うけれど。

「はい、そうなんです。皆さんに釣り合わないから仕方がないとは思うんですけど……」

 笑ってはいるが、少し表情が暗くなる。
 
 アンネ、流れで分かるよね?もう少し誘いやすい空気にしてあげて!

「はい、ネルス様もなんですか?」
「そうなんだ、僕と組んでくれないか?」

 とかいう流れにしてあげて!
 と言いたいのをグッと堪える。

 よく考えたら侯爵家のご令息に誘われるなんてなかなか無いのだ。
 平民からの特待生であるアンネからしたらとんでもないシンデレラ展開だ。
 全く期待していないはず。

 頑張れネルス。
 シンプルに、シンプルにいけ。
 エラルドみたいにいって滑ったら笑わない自信がない。

「そんな言い方は良くないな。釣り合わないとしたら、君の類稀な能力に周りの凡人が釣り合わないというだけだ」
「いえ、そんな……」

 エラルドは遊び心ありつつナンパしにいっていたが、ネルスのは本気でそう思っているだろうから聞いていて余計にムズムズする。

 真剣な視線にアンネが気圧されてしまっているよ。
 ネルス、笑顔!笑顔みせて!と心の中で応援した。

「僕もその凡人の一人だけど、もし君がそれを気にしないのなら舞踏会の相手になってくれないか?」

 エールが伝わったのか、最後にネルスの表情の筋肉がほぐれた。
 おめめキラキラだし背景に花を背負っている幻覚が見える。

「ネ、ネルス様……!」

 口元を両手で覆ったアンネが嬉しそうに頷いた。

 
 これ、学校行事の舞踏会に行こうって話だよね?
 私は、告白イベントでも見てるのか?
 入学2週間ちょいで?

 ネルスとアンネの物語、完。

 て感じかな。

 ご愁傷様アレハンドロ。
 ご愁傷様、さっき小さく悲鳴を上げたネルスファンの皆様。
 
 そして2組も目の前でカップル(仮)が誕生してるのに、相手も居なくて置いてけぼりの私可哀想。
 誘おうとした子をサラッとエラルドにとられたし。
 せめてもう1人この場に女の子がいれば「じゃあ組もうか」って出来るのに。

 でももうこんな感じなら面倒だから1人で行こうそうしよう。
 王子様みたいな公爵家長男に誘われて、変に期待させる方が罪深いわ。
 
 お若い4人がドレスの色だとか花がどうとか話し始めたのを微笑ましく聞きながら、私は1人で

(クレープうめぇ)

 と、おやつに集中することにした。
 
 
 
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