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勇者が魔王と最後の決戦をしている最中。
世界各国に魔王軍が襲ってきていた。
ある者は戦い、ある者は逃げ、ある者はただ泣き。勇者が早く魔王を倒してくれることを皆が祈り、信じていた。
しかし、魔王城の奥で戦う勇者の姿は誰にも見えない。
もう勇者が敗れているかもしれない。
世界は終わるかもしれない。
そんな恐怖が人々を襲う中、希望となっていたのは。
「勇者レオンの剣が魔王を貫くまで! 我々が必ず皆を守る!」
魔王軍と最前線で戦う戦士たちだった。
民衆から見えるところで魔族魔獣を切り捨て、人々を守り鼓舞し、ある時には命を散らした。
どれだけ国民の心を折らずに守れるか。それは各国の統治者の最大の課題となる。
フリーデン帝国では、勇気ある皇女が勇者と魔王討伐に出ていた。
皇女の代わりに皇帝の隣に立っていた第一皇子カイ。
気高く神々しいその姿を見せて指揮をとるだけでも国民は勇気づけられただろう。
だが彼はその役目を皇帝に任せ、自身は最前線に立った。
傷つくのを厭わず、弱者の手を取り背に守る。
勇猛果敢な若き皇子に人々の心は救われた。
何が起ころうとも冷静に対処し心乱されない第一皇子カイ。
彼は今、絶望の淵に立っている。
『ノア皇子と結婚させてください』
眉を下げた笑顔から告げられた言葉がずっと頭を回っていた。
帝都から最も近い森の奥は、魔王軍の残党が潜む可能性があると噂が立ち人がいない。
カイは緑に囲まれ鱗のように輝く湖のそばで、独り剣を握っていた。
額に汗を滲ませ、心の闇を振り払うように腕を動かす。
だが、どんなに筋肉が疲労しても気分が晴れない。
荒々しい息を吐き、カイは白い袖で顔を拭う。
ふと見ると、手の豆が潰れて血が滲んでいた。
『頑張りすぎなとこあるから、気をつけろよ』
怪我をした手を包んでくれた、温かい手を思い出す。
あの時の笑顔は、カイの宝物だった。心の支えだった。
カイはレオンのことが好きだった。
エマとシュテファンとの恋を応援していたのは、もちろん純粋に姉を思う心からだった。
でもレオンとエマの婚約がなくなれば良いと思っていたのも事実だ。
婚約者でさえなくなれば、レオンと友情以上の関係になりたいと伝えられる。少しでも、意識してもらえるかもしれない。
『皇子のどちらかと結婚を』
そう皇帝が言い出した時には驚いたが、天の導きだと感じた。
断りにくい状況だったレオンには申し訳ないが、自分が選んでもらえるものと自惚れていた。面識のない弟のノアよりも、ほんの一時期だが旅を共にしたこともある自分を。
「……上手くいかないものだな」
カイは痛む手をそのままに剣を握り直し、再び腕を持ち上げた。
気を失うほど動きたい。
何も考えられなくなりたい。
どのくらいそうしていただろう。
剣で空気を切った瞬間。手から剣が抜け、泉へと飛んでいってしまった。
水の音が聞こえ、すぐに泉に手を伸ばしたけれども。
指先が掠めただけで、鍛錬用の簡素な鉄剣は沈んでいってしまう。
それも仕方がないと眉ひとつ動かさなかったカイだったが、ふと水面に映るものに目を止めた。
生まれた時から見慣れた、己の顔だ。
誰もが美しいと讃える、精巧な彫刻のように整った顔。
太陽の光に愛された金髪に海より深く澄んだ青い瞳、透き通るような白い肌。
双子の姉と全く同じ髪の色、瞳の色、肌の色。精悍だが中性的な顔つきは、もし同性であったなら区別がつかぬほど瓜二つだっただろう。
今、カイは初めてその自分の顔を嫌悪した。
『何故、ノアなんだ?』
自分で2択にしておいて、レオンの選択に驚いた皇帝の問いかけ。
レオンは言葉を選ぶように黒い目をウロウロと彷徨わせた。そして、
『エマとカイは、そっくりだから……』
困ったように頭を掻いて紡がれた答えに、その場の誰もが納得する。
自分と婚約解消した相手と似た顔の人間となど、結婚したいと思うはずがない。
だから自分は選ばれなかった。
ずっと恋焦がれていたレオンは、面識のないノアと結婚する。
水面に拳が叩きつけられ、映っていた美しい顔が歪む。
「この顔が……! この顔でなければ!」
抑え込んでいたはずの気持ちが吹き出してしまう。
レオンは濡れた手で懐に常に入れているナイフを掴む。勢いよく引き抜き、カイはその切先を自分の顔へと向けた。
乱れた心のまま、刃を振り下ろす。
が。
肌を引き裂く直前で、恐ろしく強い力でナイフと顔が引き離された。
「綺麗な顔なのに傷つけたら勿体無ねぇ」
聞こえてきた声は、手首に痕が残るほど強く掴む大きな手に反して柔らかく。
苛烈に燃え盛る心を静やかに包み込んだ。
世界各国に魔王軍が襲ってきていた。
ある者は戦い、ある者は逃げ、ある者はただ泣き。勇者が早く魔王を倒してくれることを皆が祈り、信じていた。
しかし、魔王城の奥で戦う勇者の姿は誰にも見えない。
もう勇者が敗れているかもしれない。
世界は終わるかもしれない。
そんな恐怖が人々を襲う中、希望となっていたのは。
「勇者レオンの剣が魔王を貫くまで! 我々が必ず皆を守る!」
魔王軍と最前線で戦う戦士たちだった。
民衆から見えるところで魔族魔獣を切り捨て、人々を守り鼓舞し、ある時には命を散らした。
どれだけ国民の心を折らずに守れるか。それは各国の統治者の最大の課題となる。
フリーデン帝国では、勇気ある皇女が勇者と魔王討伐に出ていた。
皇女の代わりに皇帝の隣に立っていた第一皇子カイ。
気高く神々しいその姿を見せて指揮をとるだけでも国民は勇気づけられただろう。
だが彼はその役目を皇帝に任せ、自身は最前線に立った。
傷つくのを厭わず、弱者の手を取り背に守る。
勇猛果敢な若き皇子に人々の心は救われた。
何が起ころうとも冷静に対処し心乱されない第一皇子カイ。
彼は今、絶望の淵に立っている。
『ノア皇子と結婚させてください』
眉を下げた笑顔から告げられた言葉がずっと頭を回っていた。
帝都から最も近い森の奥は、魔王軍の残党が潜む可能性があると噂が立ち人がいない。
カイは緑に囲まれ鱗のように輝く湖のそばで、独り剣を握っていた。
額に汗を滲ませ、心の闇を振り払うように腕を動かす。
だが、どんなに筋肉が疲労しても気分が晴れない。
荒々しい息を吐き、カイは白い袖で顔を拭う。
ふと見ると、手の豆が潰れて血が滲んでいた。
『頑張りすぎなとこあるから、気をつけろよ』
怪我をした手を包んでくれた、温かい手を思い出す。
あの時の笑顔は、カイの宝物だった。心の支えだった。
カイはレオンのことが好きだった。
エマとシュテファンとの恋を応援していたのは、もちろん純粋に姉を思う心からだった。
でもレオンとエマの婚約がなくなれば良いと思っていたのも事実だ。
婚約者でさえなくなれば、レオンと友情以上の関係になりたいと伝えられる。少しでも、意識してもらえるかもしれない。
『皇子のどちらかと結婚を』
そう皇帝が言い出した時には驚いたが、天の導きだと感じた。
断りにくい状況だったレオンには申し訳ないが、自分が選んでもらえるものと自惚れていた。面識のない弟のノアよりも、ほんの一時期だが旅を共にしたこともある自分を。
「……上手くいかないものだな」
カイは痛む手をそのままに剣を握り直し、再び腕を持ち上げた。
気を失うほど動きたい。
何も考えられなくなりたい。
どのくらいそうしていただろう。
剣で空気を切った瞬間。手から剣が抜け、泉へと飛んでいってしまった。
水の音が聞こえ、すぐに泉に手を伸ばしたけれども。
指先が掠めただけで、鍛錬用の簡素な鉄剣は沈んでいってしまう。
それも仕方がないと眉ひとつ動かさなかったカイだったが、ふと水面に映るものに目を止めた。
生まれた時から見慣れた、己の顔だ。
誰もが美しいと讃える、精巧な彫刻のように整った顔。
太陽の光に愛された金髪に海より深く澄んだ青い瞳、透き通るような白い肌。
双子の姉と全く同じ髪の色、瞳の色、肌の色。精悍だが中性的な顔つきは、もし同性であったなら区別がつかぬほど瓜二つだっただろう。
今、カイは初めてその自分の顔を嫌悪した。
『何故、ノアなんだ?』
自分で2択にしておいて、レオンの選択に驚いた皇帝の問いかけ。
レオンは言葉を選ぶように黒い目をウロウロと彷徨わせた。そして、
『エマとカイは、そっくりだから……』
困ったように頭を掻いて紡がれた答えに、その場の誰もが納得する。
自分と婚約解消した相手と似た顔の人間となど、結婚したいと思うはずがない。
だから自分は選ばれなかった。
ずっと恋焦がれていたレオンは、面識のないノアと結婚する。
水面に拳が叩きつけられ、映っていた美しい顔が歪む。
「この顔が……! この顔でなければ!」
抑え込んでいたはずの気持ちが吹き出してしまう。
レオンは濡れた手で懐に常に入れているナイフを掴む。勢いよく引き抜き、カイはその切先を自分の顔へと向けた。
乱れた心のまま、刃を振り下ろす。
が。
肌を引き裂く直前で、恐ろしく強い力でナイフと顔が引き離された。
「綺麗な顔なのに傷つけたら勿体無ねぇ」
聞こえてきた声は、手首に痕が残るほど強く掴む大きな手に反して柔らかく。
苛烈に燃え盛る心を静やかに包み込んだ。
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