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エピローグ

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 とにかく走る。
 機会を伺いながら、まずは走る。
 
 時刻は昼頃。細い路地は薄暗いが、上には太陽がチラついている。
 青年はゴミ箱を後ろに蹴り上げ、中身をばら撒いて障害物を作る。
 背後からゴミ箱が当たった音や慌てる声、罵声が聞こえるが、複数人の足音はなんとか食らいついてきているようだ。
 そろそろ、足を止めても大丈夫だろうか。
 呼吸を乱すことなく軽やかに走る青年は、スピードは落とさずに後方に目をやる。
 想像していた通りの距離だ。この辺りの路地は複雑に交差しあっているから、下手をすると相手がこちらを見失う。
 
 このまま、予定通りに。
 
 そう思った瞬間、前方に人影が現れた。

「お……!」

 そのまま近づくと、目の前には2メートルほどもありそうな大男が立っていた。
 無言で見下ろしてくる男に、青年は明るく笑いかける。

「こっからは頼んだ!」

 明るい声と共に、青年は路地を駆け抜ける。
 その先では金色の髪の男が目を細め、片手を上げた。

 パチン、と手を叩き合う。
 
 ◇

「ありがとうなー! ヘマしたから助かったー!」
「別にお前がやらかしたわけじゃねぇだろ?」
「でも後輩のミスは先輩のミスだし」
「現場の責任者になってからそういう生意気は言えよ」

 季節は冬。
 会話をしているのは赤いベリーショート、金と黒のオッドアイの長身の青年騎士と、短い銀髪に赤い瞳の同じく長身の黒いコートを着た男。
 少しだけ身長が高い金髪の男カズユキを、赤い髪の青年ミナトが僅かに顎を上げて見る格好になっている。
 楽しげに話す2人の後ろでは、縄に繋がれた男たちが騎士たちに引き摺るように連れていかれている。
 その中に、何度も何度もカズユキやミナトの方に頭を下げているとても若い騎士がいた。
 
 カズユキは、目線がほぼ変わらなくなったミナトの頭に手を乗せて口元を緩める。

「つか、お前…会う度にデカくなってんな。成長期は一体いつ終わるんだ?」
「流石にそろそろ終わるんじゃねぇ? 俺、もう18歳だし。」
 先日誕生日を迎えたばかりのミナトは、どこか得意げに言う。
「たった3年なのに、まるで別人みたいだな。」

 涼やかな青い瞳に褐色肌、黒い長髪を後ろでまとめた大男が話に参加する。
 捕らえた男たちの拘束を手伝っていたコウが戻ってきたのだ。
 
 ミナトとは反対に、以前とほとんど変わらないカズユキとコウは心の底から驚いている。
 
 ミナトが2人に守られていたトクオミの事件から3年が過ぎていた。
 連行された後、トクオミは尋問に対して何も話さなかった。しかし、金で雇っていた男たちは、存外あっさりと口を割ったのだ。
 その情報を元に、人身売買のために捕らえられていた人々は無事に保護された。
 主犯のトクオミは現在もまだ、犯罪者として服役中である。
 翌日、人身売買のために訪れた商人たちは、事情を確認すると逃げるように帰っていったという。

「ま、本当に変態貴族に売り飛ばされなくて良かったよなお前」
「本当だよ……でもあの人、たまに王都にくるんだよなー……セイゴウさん、その期間は未だに家から出してくれないんだ」
「当たり前だ。まだ守備範囲内なんだからな」

 肩をすくめるミナトだったが、コウの言葉に話を振ったカズユキも頷く。
 
 ミナトを買う予定だった貴族は、本来は外交のために訪れていた。
 人身売買は未遂に終わった上、国益のためにも事件との関与はうやむやにする選択を中央はとった。
 そのため、その人物の来訪の際にはミナトは強制的に仕事は休みになっているのだ。
 彼は20歳までのオッドアイの少年や青年をターゲットにしている。つまり、ミナトはあと2年の辛抱である。
 
 事件の後、ミナトの養父となったセイゴウの意向だ。

「あいつは元気か?」
「ああ! 相変わらずだよ! トーマさんも、ケンリュウも!」

 カズユキはその言葉に笑みを浮かべる。
 
 セイゴウは養子を探すために孤児院に通っている時から、ミナトを跡継ぎの候補にしていた。
 自分が引き取られた時と同じ、あと1年で院を出なければならない年。高い運動能力や周囲に馴染みやすい快活な性格。騎士に向いているだろうと感じた。
 想像通り、第二王子のケンリュウとすぐに仲を深めてトラブルも脱している。

 貴族のしきたりやしがらみに巻き込むのは心が痛んだが、ミナト本人は
「お願いします!」
 と即答したのだ。
 そこから成人するまでの1年は、ミナトはもう思い出したくないほど厳しく貴族と騎士のあり方を叩き込まれた。
 
 今では無事、騎士として努めることが出来ている。

「2人は? ちゃんと恋人してるか?」

 何度か会っているミナトは、その都度2人の近況を確認する。
 心配しているわけではなく、相変わらずそういった話が好きなのだ。
 カズユキは腰に手を当てて呆れた声を出した。

「またそれか? 恋人してるってなんだよ」
「じゃあ聞き方変えるか。ちゃんとイチャイチャしてるか?」

 年々、照れが無くなってきた青年は、ニコニコと笑いながらカズユキの肩に大きくなった手を置いた。

「ばーか、もうそんな年じゃ」
「してる。安心しろ」

 鼻で笑い、手をぷらぷらと振りながら否定しようとするカズユキを、コウは後ろから抱き締めた。
 自然とミナトの手が離れる。

「コウ、お前には羞恥心ってものはねぇのか」
「カズユキ照れてる」

 後ろへ顔を傾けながら眉を寄せて苦言を呈するカユキの頬を突いて、ミナトが揶揄う。
 すると、カズユキの手がミナトへと伸びる。

「やかましい」
「いてっ」

 以前に比べて、全く容赦のないデコピンが決まる。こういった時に、15歳の頃はカズユキなりに甘やかしていたのだとミナトはひしひしと感じた。

「……ま、でも、そういうこった」

 コウに体重を預けながらカズユキは口角を上げる。

「幸せそうで良かった」
「お前もな」

 ミナトの一点の曇りもない笑顔を見て、自分への恋心は完全に思い出になっていることをカズユキは確認する。
 大喜びで受け取った指輪は、今や彼の指には入らなくなって首飾りにしている。
 そうなっても身につけてくれるのは喜ばしいことではあったが、変わらぬものはないのだと物語っていた。

「ん、ありがとな。じゃ、俺は仕事に戻る! 終わったら酒場の店長に飯食いに行くって伝えといてくれー!」
「おう、なら後でな」

 元気よく手を振って同僚の元に走っていくミナトに、カズユキとコウは軽く手を上げた。
 ミナトから依頼を受けた旨を店長に伝えると、ピザやら揚げ物やらの仕込みを始めていたから今日の夕飯は重くなりそうだ。

「今日も一件落着、だな」
「ああ」

 カズユキが笑って胸を叩く。コウはその手をとって指先に口付ける。
 3年前と変わって、日常のやりとりが少しだけ甘くなった。
 
 でもきっと、ここから10年後もその先も、この2人の関係はもう変わらない。
 
 ずっと一緒にいるだろう。
 
  
 
 
                 fin
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