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17話
しおりを挟む「それにしても、王太子の近衛隊長様は忙しいのに悪いな。」
窓ガラスから光が差し込み、白と黒の大理石で作られた床に反射する。照らされる真っ白な壁や柱には汚れひとつ見当たらない。
意識しなければ大きく足音が響く広い廊下を難なく歩きながら、カズユキは隣にある肩を叩いた。
「何言ってんだよ! お前が頼ってくるなんて珍しいんだから、このくらい。」
簡単に笑ってみせるトーマであったが、実際には特例である。
隊をまとめ、指揮することが近衛騎士隊長の仕事だ。しかし更に、出勤時には常に守るべき人の側に居るのも近衛隊長の役目だった。
今回は王太子の許可を得て、副隊長に一時的に役目を代わってもらっているのだ。
世間話で盛り上がる途中、トーマは後ろを歩くコウを肩越しに一瞬見た。眉一つ動かさず、「ただの護衛です」といった風に歩いている。目が合うことは無かったが、コウが意識していることはトーマにも伝わっていた。
「ところで、そろそろ身を固める気はないのか?」
「お前より良い男が居たら考えるから教えろよ。」
10年もふたりが共に暮らしている話を聞いていたトーマは、言外に「コウとはどうなのだ」と友人として聞いているのだ。
会う度にする質問だが、「やることはやってるぜ」「特に変わりない」「あいつは俺に惚れてるけどな」と嘘なのか本当なのか分からないことを冗談混じりで返される。
そのことは、当然カズユキも理解している。分かっていながら、いつも通りおどけた返事をするのだ。
「そりゃ無理だな~…あ、これから会いに行くやつは? あいつもまだ独りだぞ。」
「お前とは天と地だろうが。」
あえてコウ本人の前で聞いて反応を見ようとしたのだが、まともに答える気がないことを察したトーマはふざけ返してその場を濁す。
昔からその距離感が、カズユキには心地が良かった。
談笑するふたりの後ろを歩きながら、ミナトは内心寂しく感じる。昨日出会ったばかりなので当たり前だが、カズユキのことを何も知らないのだと思い知らされる。
依頼人という立場だからこそ、気を遣ってもらえるし守られているのだ。
「…仲良いな…」
「ああ。」
独り言のように溢れ出た言葉に、コウの低い声が相槌を打った。
カズユキが「フラれた」と言うので、ミナトは付き合っていた相手に「結婚するから別れてくれ」と言われてしまったのかと想像していたのだが。そういう雰囲気でもなさそうだ。そんな不誠実なことはしなさそうな男性だった。
片想いのまま終わってしまったのであれば、気まずくなるわけでもない。やはりそれだけの理由で騎士団を辞めたわけではなさそうだと、まだ若い少年は納得した。
ミナトはコウにしか聞こえないように口元に手を当て、声の音量を落とす。コウは身を屈めて耳を寄せた。
「向こうは、カズユキの気持ち知ってたのかな…」
「『あいつは知らない』とカズユキは言っていたが。」
「へー…コウ、大丈夫か?」
出会ったばかりである他人の自分が、こうした場面で多少の疎外感を覚えるのは仕方のないことだろう。長く一緒にいるコウの心境はもっと穏やかではないことは容易に想像できた。
大きな手がミナトの頭に優しく触れる。
「ミナトは鋭いな。大丈夫だ。あいつが楽しそうだから。」
ミナトにはその感性はよく分からなかった。
ただ、前を歩くふたりにも聞こえたその声には嘘の響きはない。
カズユキの眉は誰にも気づかれることなく、切なげに寄せられた。
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