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8話
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「コウはな、首都の売れっ子剣闘士だったんだよ。」
闘技場の外に出ると、分厚い札束をご機嫌に数えながらカズユキは言う。
時刻はもう日を跨ぐ直前になっていた。昨晩とは違い、ほぼ丸い月が暗い世界をほんのり明るく照らしている。
ようやく立てるようになったミナトは、目の当たりにしたほぼ一方的な闘いを思い出し首を傾げた。
「公式の剣闘士ってみんなあんなに強いのか?」
「んー…いや、あいつは特別だな。なんでも研究者の両親が、体が弱かったあいつを健康にしたくて薬開発して色々やったらああなったらしい。」
数え終わった紙幣を丁寧に黒革の財布に戻しながらなんでもないことのように言う。
魔術で強化しているならともかく、生身の人間で、しかも素手で魔獣を倒すのは至難の業だ。両親の強い愛の結果、化け物じみた人間になってしまったのである。
しかし、コウ本人はそれを全く気にせず生きてきていることが救いだろう。
また、その薬を偶然とはいえ作り上げてしまった両親はやりすぎたと反省した。このような薬は世間に出てはいけないと研究過程ごと破棄している。
魔獣を素手で倒す事がどれだけ人間離れしていることかや、研究者がどのような仕事かなどの知識のないミナトは、カズユキの説明であっさりと納得した。
「そういうこともあるのか…」
「10年くらい前にコウの所属してた闘技場に仕事で行くことがあってな。その時にあいつが俺に惚れてついてきたってわけだ。」
年頃のミナトは、サラリと付け足された説明の方には強く反応を示した。紅潮した顔を弾けるように上げてカズユキを見る。
「…ほ、惚れ…! え、じゃあふたりは…」
「変なことを吹き込むな。」
質問が終わる前に、後ろの扉からキッパリとした声が割り込んできた。呆れた顔のコウがため息をついて立っている。
「おう、お疲れコウ。」
軽く手を上げて労りの声を掛けるがそれに反応は無く、コウは茶色く分厚い封筒をカズユキの鼻先に突きつけた。
「依頼料だ。」
先程数えていた賭けで勝った分の金だけでも、護衛の仕事の依頼には充分だろうと思われるほどだった。しかしそれはまた別らしい。
「あの、コウ。俺、時間掛かるけど絶対返すから…!」
カズユキが確認のために封筒の中身を出す。その分厚い札束を見て怯みながらも、真っ直ぐコウを見上げて太い腕を強く掴んだ。「要る」とも「要らない」とも、何も言わずにコウはミナトの頭を優しく撫でる。
「そこはもっと優しく笑いかけるとかしろよなー。」
2人の様子を横目に茶々入れしつつ、カズユキは封筒をコートの内側にしまった。
「ん、じゃあ正式に依頼を…なんだ、珍しく怪我させられてんじゃねぇか。」
褐色の頬に一筋、細く赤い傷が出来ていた。大型魔獣によりステージが壊されていたので、その破片でも飛んだのであろう。
指摘されても気にする素振りすら見せないコウの肩に手を置いたカズユキは、背伸びをして顔を近づける。
赤い舌が傷に沿って頬を撫でた。
あまりにも自然に行われたそれは、月明かりの下で妙に妖艶に浮かぶ。
「…子どもの前だぞ。」
抵抗する様子も嫌悪する様子も一切見せなかったが、コウはミナトのほうへ視線を向ける。その言葉を聞いたカズユキは、濡れた頬を親指で撫でながら鼻で笑った。
「やらしいことしてるわけじゃねぇから大丈夫…じゃ、ねぇな。」
見下ろした先では耳や首まで真っ赤に染めて両手で顔を押さえている少年がいた。指の間からバッチリと目が合っているので、見ないために顔を覆っているわけではないようである。
「ふ、ふたりは、その、恋人同士…? いや、結婚…?」
思いがけず先程の質問の続きをいう機会がきた。そのチャンスを逃さずつっかえながら紡がれるたどたどしい言葉に対し、2人は揃って首を横に振る。
「いや…」
「仕事のパートナー兼同居人だ。急にヤり始めたりしないから安心して同じ部屋にいろ。」
「や、ヤ…!? いやあのえーと…!」
変わらぬ調子で短く答えたコウ。あっけらかんと腰に手を当てるカズユキ。
肌が髪と同じ色になるのではないかというほど赤くなり、手を無意味に動かすミナト。
そもそも、他人の前でいきなり性行為をする人間は稀であるという事を指摘する者は、ここには居なかった。
カズユキはミナトの「興味も知識もあるが恥ずかしい」という年頃らしい反応を愉快に感じる。腰を屈めて赤い顔に白い顔を近づけた。
「ガキにはちゃんと言わないと分かんねぇか。セッふむ…!」
「やめろ。」
大きな手がニヤつく口元を後ろから押さえた。からかってやろうという空気を察したコウは「すまない」と代わりに謝ってミナトの頭を撫でる。
「さっきのはただのスキンシップだよ。舐めときゃ治るっていうだろ?」
カズユキは言葉を遮った手を握って退かすと、そのままコウの手を使って「何でもないことなんだ」とパタパタと振る。
その様子すら、仲睦まじい関係性に見えてくる。
闘技場の時とは違う意味で、ミナトの心臓は破れそうなほど早く動いていた。
全く腑に落ちないがなんとかそれで納得しようと、何度も何度も頷いた。
闘技場の外に出ると、分厚い札束をご機嫌に数えながらカズユキは言う。
時刻はもう日を跨ぐ直前になっていた。昨晩とは違い、ほぼ丸い月が暗い世界をほんのり明るく照らしている。
ようやく立てるようになったミナトは、目の当たりにしたほぼ一方的な闘いを思い出し首を傾げた。
「公式の剣闘士ってみんなあんなに強いのか?」
「んー…いや、あいつは特別だな。なんでも研究者の両親が、体が弱かったあいつを健康にしたくて薬開発して色々やったらああなったらしい。」
数え終わった紙幣を丁寧に黒革の財布に戻しながらなんでもないことのように言う。
魔術で強化しているならともかく、生身の人間で、しかも素手で魔獣を倒すのは至難の業だ。両親の強い愛の結果、化け物じみた人間になってしまったのである。
しかし、コウ本人はそれを全く気にせず生きてきていることが救いだろう。
また、その薬を偶然とはいえ作り上げてしまった両親はやりすぎたと反省した。このような薬は世間に出てはいけないと研究過程ごと破棄している。
魔獣を素手で倒す事がどれだけ人間離れしていることかや、研究者がどのような仕事かなどの知識のないミナトは、カズユキの説明であっさりと納得した。
「そういうこともあるのか…」
「10年くらい前にコウの所属してた闘技場に仕事で行くことがあってな。その時にあいつが俺に惚れてついてきたってわけだ。」
年頃のミナトは、サラリと付け足された説明の方には強く反応を示した。紅潮した顔を弾けるように上げてカズユキを見る。
「…ほ、惚れ…! え、じゃあふたりは…」
「変なことを吹き込むな。」
質問が終わる前に、後ろの扉からキッパリとした声が割り込んできた。呆れた顔のコウがため息をついて立っている。
「おう、お疲れコウ。」
軽く手を上げて労りの声を掛けるがそれに反応は無く、コウは茶色く分厚い封筒をカズユキの鼻先に突きつけた。
「依頼料だ。」
先程数えていた賭けで勝った分の金だけでも、護衛の仕事の依頼には充分だろうと思われるほどだった。しかしそれはまた別らしい。
「あの、コウ。俺、時間掛かるけど絶対返すから…!」
カズユキが確認のために封筒の中身を出す。その分厚い札束を見て怯みながらも、真っ直ぐコウを見上げて太い腕を強く掴んだ。「要る」とも「要らない」とも、何も言わずにコウはミナトの頭を優しく撫でる。
「そこはもっと優しく笑いかけるとかしろよなー。」
2人の様子を横目に茶々入れしつつ、カズユキは封筒をコートの内側にしまった。
「ん、じゃあ正式に依頼を…なんだ、珍しく怪我させられてんじゃねぇか。」
褐色の頬に一筋、細く赤い傷が出来ていた。大型魔獣によりステージが壊されていたので、その破片でも飛んだのであろう。
指摘されても気にする素振りすら見せないコウの肩に手を置いたカズユキは、背伸びをして顔を近づける。
赤い舌が傷に沿って頬を撫でた。
あまりにも自然に行われたそれは、月明かりの下で妙に妖艶に浮かぶ。
「…子どもの前だぞ。」
抵抗する様子も嫌悪する様子も一切見せなかったが、コウはミナトのほうへ視線を向ける。その言葉を聞いたカズユキは、濡れた頬を親指で撫でながら鼻で笑った。
「やらしいことしてるわけじゃねぇから大丈夫…じゃ、ねぇな。」
見下ろした先では耳や首まで真っ赤に染めて両手で顔を押さえている少年がいた。指の間からバッチリと目が合っているので、見ないために顔を覆っているわけではないようである。
「ふ、ふたりは、その、恋人同士…? いや、結婚…?」
思いがけず先程の質問の続きをいう機会がきた。そのチャンスを逃さずつっかえながら紡がれるたどたどしい言葉に対し、2人は揃って首を横に振る。
「いや…」
「仕事のパートナー兼同居人だ。急にヤり始めたりしないから安心して同じ部屋にいろ。」
「や、ヤ…!? いやあのえーと…!」
変わらぬ調子で短く答えたコウ。あっけらかんと腰に手を当てるカズユキ。
肌が髪と同じ色になるのではないかというほど赤くなり、手を無意味に動かすミナト。
そもそも、他人の前でいきなり性行為をする人間は稀であるという事を指摘する者は、ここには居なかった。
カズユキはミナトの「興味も知識もあるが恥ずかしい」という年頃らしい反応を愉快に感じる。腰を屈めて赤い顔に白い顔を近づけた。
「ガキにはちゃんと言わないと分かんねぇか。セッふむ…!」
「やめろ。」
大きな手がニヤつく口元を後ろから押さえた。からかってやろうという空気を察したコウは「すまない」と代わりに謝ってミナトの頭を撫でる。
「さっきのはただのスキンシップだよ。舐めときゃ治るっていうだろ?」
カズユキは言葉を遮った手を握って退かすと、そのままコウの手を使って「何でもないことなんだ」とパタパタと振る。
その様子すら、仲睦まじい関係性に見えてくる。
闘技場の時とは違う意味で、ミナトの心臓は破れそうなほど早く動いていた。
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