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迷惑をかけない

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「ディラン様!」

 顔見知りの豹族の雌は、赤い絨毯を蹴り急ぎ足でディランの元へ向かってきた。

 城下町にある細い路地を歩いていくと辿り着く、浮世離れした明るい翠レンガの建物。
 真っ白に塗られた木で出来た開戸の先は、豪奢なシャンデリアが明るく照らす。
 貴族の屋敷の玄関を思わせる広い空間だ。

 そこには使用人風の黒い衣服を纏った、象族の大きな雄が立つ。彼に声を掛けると、指名した雌が来てくれるようになっている。

 赤いドレスをたくし上げてやってきた豹族の雌に、ディランはにこやかな表情で手を挙げた。
 動きに合わせて長い髪がサラリと靡く。

「おう、久しぶりだな。ここに虎族の王子は遊びにきてるか」
「珍しく店に足を運んでくださったかと思えば。残念ながら、他のお客様のことはお話できません」

 ディランの問いかけに目を瞬いた豹族の雌は、紅色を乗せた口元に意味深な笑みを浮かべて首を振る。
 だがその細い腰を慣れた手付きで引き寄せて、ディランは愛を囁くかのように耳元に唇を寄せる。

「てことは、居るんだな? 案内してくれ」
「ダメです。よろしければ楽しんでいかれたらどうですか? 最近お呼びがかからなくて皆さびしがってますよ」

 彼女は流されることなく、ディランの両肩に手を置き頬に口付けた。
 甘い香水の匂いに鼻をくすぐられながらも、ディランは広間の先にある廊下を見つめる。

 通常ディランを含むライオン族は伴侶、恋人、愛人を問わず、自分の部屋に呼び寄せる。
 そのため娼館の部屋に入ったことはなく、この先がどうなっているかは分からない。だが、部屋をひとつずつ調べればどこかに影千代かげちよが居るのだろう。

 海里かいり稲里いなりの話からすると、影千代は意中の相手の元に通うようだ。
 初夜の日に驚き、隠せと言ったのはそのためだったのだと今更納得した。

 影千代のことばかりが頭を占めていることに自嘲しながら、豹族のメスの白く塗られた頬を撫でる。

「悪いけど、そういう気分にならねぇんだ」
「ではお引き取りを」

 美しい笑顔でキッパリと言い切られ、優美な動きで腕から逃げられてしまう。
 無理矢理この店を探すことも、王子のディランならば出来なくはない。
 二度とこの店に来られなくなるだろうが、お咎めもないだろう。

 しかしそんなことをするのは本意ではない。
 ディランはプライドを捨てて、彼女の手を握りしめた。

「なぁ、頼む。どうしても話がしたい」

 眉を下げて真っ直ぐ見つめる金茶の瞳に、豹族の雌は目を見開いた。
 尽くされることに慣れているプライドの高い第六皇子は、情事中の睦言以外で頼み事などしたことがないのだ。
 心を動かされてしまった彼女は、小さく息を吐いてディランの手の甲を撫でる。

「……ここで暴れないと誓いますか」
「努力する」
「ではお引き取りを」
「絶対、話し合いだけで済ませる。店に迷惑をかけない」
「信じますよ? こちらへどうぞ」

 内心では誓いを守れるか不安もあったが、気を引き締めて彼女の広く開いた背中の後をついて歩く。

 玄関と同じく赤い絨毯の敷かれた薄暗い廊下は、壁に均等に飾られた蝋燭の灯りのみで照らされている。
 両側に沢山の部屋が並び、そこからはあられもない雄と雌の声が漏れ聞こえてきた。

 一番奥の突き当たりで階段を上がると、雰囲気がガラリと変わる。
 ベージュの落ち着いた壁と黒に近い紫色の絨毯、そして三つ並ぶ金色の扉。
 極一部の選ばれた客のみが入れる部屋なのだと一目で分かった。
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