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おまけ

肥護先生と海棠先生

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「俺はお前が好きだ」

 必死で絞り出した、心からの告白は初めてだった。

「俺もだよ」

 そう言って微笑んだ顔は、今でも鮮明に思い出せる。
 

 
「肥護先生、仕事はまだかかりそうですか?」
「んー……そうですね……」

 授業で使うプリントを作るためにパソコンに向かいながら、俺は上の空で返事をする。

 さっさと帰りたいところだが、これを終わらせておいた方が週末が楽だ。
 どういうレイアウトにすれば分かりやすいかと考えながら画面上で図形を動かす。

 そんな俺の横からパソコンを覗き込んでいる同僚の海棠先生は、お構いなしに更に話しかけてきた。

「もし終わりそうだったら飯一緒に行きましょう」
「たった今終わりました」

 俺は即座にデータを保存し、パソコンの電源アイコンへとマウスを動かす。

「どう見ても嘘だろ」

 俺にしか聞こえないような音量で、素になってしまっている声を聞き口元が緩んだ。
 カラカラと椅子の音をさせて立ち上がり、泣き黒子が特徴的な海棠先生の目元を見下ろす。

「急ぎじゃないんで。どこいきます? なんか買ってうちで食ってもいいですよ」
「じゃあ、家にお邪魔します」

 珍しい。
 いつも来る時は週末なのに、今日はどういう風の吹き回しだろう。

(だいたい想像つくけど)
「お疲れ様ですー! おふたりは本当に仲良いですねぇ」

 手早く机の上のものを引き出しに突っ込み、鞄を引っ掴んだところで声をかけられた。
 それにいつも通り軽く答える。

「高校の青春を共にした仲なんでね」
「お先に失礼します」

 まだ職員室に残る同僚たちに、海棠先生はにこやかに頭を下げた。
 適当に手を振って部屋を出ようとしていた俺とはえらい違いだ。

 ドアを閉めると、俺たちは並んで廊下に足音を響かせた。
 
 ◆
 
「お前なぁ! 奇跡的に丸く収まったから良かったものの……!」

 ダイニングテーブルにガンッとビールの缶が叩きつけられた。
 コンビニで適当に買った弁当のプラスチック容器が揺れる。
「今日もお互いお疲れ様」と乾杯し、「仕事後の一杯は最高だな」と笑い合った直後のことだった。

 職場での丁寧な口調を取り払った海棠は大きな目で俺を睨みつけている。
 心当たりしかなかった俺は、肩をすくめてとぼけることにした。

「なーんのことー?」
「光安に聞いたぞ。お前が罰ゲーム告白の話をしてたから桜田が乗ったって」
「マジでやるとは思わなかったな! 今も昔もガキは馬鹿だなー!」
「ふ、ざ、け、る、な!」

 声と共に力の入った海棠の指によって、アルミ缶が潰れそうだ。いや、僅かだが変形している。
 勿体無いから、中身が入った状態で興奮させない方がいいな。
 俺は自分の缶に口をつけた。

「懐かしいなー。俺たちはあれからつるむようになったよな」

 そう。
 俺は当時、同級生で顔しか知らなかった海棠に罰ゲームで告白した。
 絵に描いたような爽やか君で、笑顔の中心に立っているような男。
 それに対して俺は、群れてないと落ち着かないようなタイプの不良。

 全然違う種類の人間だった俺たちは、一度接点を持つと互いのことに興味を持ち始めた。
 一緒にいるようになってすぐは、教師が海棠を心配して声を掛けてきたもんだった。

「話を逸らすな」

 思い出話で場を和ませようとしたのだが。
 どうにも怒りは収まらないらしい。
 当たり前か。完全に話題を間違えたな。

「ま、お前は水坂や桃野の心配してたから良かっただろ。俺も空が落ち着きそうで一安心だ。愛の力って偉大だなー」

 大人が手出しできることなんて、実はそう多くない。
 いつも他人と一線を引いている水坂や、前の学校で一悶着あったらしい桃野は、海棠が気にかけていた。
 2人とも、表面上は何も問題ない優秀な生徒だからなかなか踏み込めないでいたらしい。

 空に関しては俺が元ヤンだから親身になれるだろって入学した時から任された。
 勘弁して欲しかった。
 優等生の道を歩んできた奴らにはわからないだろうが、俺のガキの頃とは全然タイプが違う不良なんだわ。
 一匹狼の空と群れてイキってたタイプの俺では、物語の主人公とモブくらい違った。
 雑談してくれるくらいにはなったけど。

 俺はただ、生徒に自分の高校生時代のバカ話をしただけのつもりだったが。
 偶然にもアホたちの罰ゲームが、良い感じに作用した。

 だが、俺の言葉を聞いた海棠はため息をついた。

「一歩間違えれば致命傷だよ……杏山が泣いてた時は本当どうしようかと……」
「若い時ってそんなもんだってーアホなことして致命傷だらけ。俺らもそんなだったろ」

 手を振って軽く笑った俺に、海棠が箸で弁当の唐揚げを持ち上げながらジト目で視線を寄越す。

「それは10年前に罰ゲーム告白したり、付き合ってたのに高校卒業と同時に姿を眩ましたり、ようやく再会したと思ったら『五胯がバレて修羅場だから家に泊めてくれ』って家に転がり込んだりして出来た傷か?」
「誰だよその酷ぇヤツは」
「お前だよ!!」

 耳を塞ぎたくなるような所業の数々。
 ごめんなさいしかない。
 俺は俺なりに悩んで行動したはずなんだが、今思えばただのバカだ。
 そして海棠にそんな仕打ちをしておいて、そんなこともあったなぁと思っている今の俺も大概だった。

「生徒には俺みたいな大人になるなって言っとかねぇとなー」
「やーいやーい反面教師ー」

 なんだかんだで楽しげな海棠もどうかと思うが。
 色々あったけど、結局は俺を許してくれた甘くて優しい爽やか君。
 今では互いの関係が随分落ち着いた。

 俺は箸を置いて、テーブルに置かれた左手に自分の右手を添えた。
 急になんだ、と見てくる瞳を真っ直ぐ見つめ返した。

「俺、お前が好きなんだ」
「俺もだ。なーんてな。この手の罰ゲーム、3回目なんだ。騙されないぞ!」
「そっちじゃないだろー違うバージョンで頼む」

 笑顔で紡がれた懐かしい返答に大袈裟に頭を抱えて見せると、海棠は眉を寄せた。

「俺もだ、なんて言うわけないだろ。どのツラ下げて言ってんだよ。このチンピラスケコマシ」
「そのパターンもあったなそういえば」

 俺は一体、何回こいつに告白したんだったか。
 そう考えると笑ってしまう。

「懐かしいよな。……酔ってきたからサービスだ。告白からもう1回」

 ようやく気持ちが乗ってきたらしい海棠が、重ねた手の指先を絡めてくる。
 気分が良くなって、俺は口元に弧を描いた。

「俺、お前が好きなんだ」
「俺もだよ。で良いのか不良教師」
「後半要らねぇなー」

 目を合わせて笑い合う。
 今でも、前と変わらぬ笑顔が近くにあるから。
 青春時代が昨日のように思い出せるんだ。

 嘘から始めた青春だったけど。
 蓋を開ければ本物だった。

                 おしまい
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