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梅木と水坂の場合

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 なんだよ! と言いたいのに、もごもごとしたくぐもった音しか出ない。
 不満を視線に乗せて送ると、真剣な瞳に見つめ返される。

「また罰ゲーム、とかはごめんだぞ」
「んなわけないだろ!」

 俺は水坂の手首をつかんで怒鳴った。
 そう思われるのは自業自得だけど。
 流石に、好意を寄せてくれる相手にそんな酷いことをすると思われるのは遺憾だ。
 告白しようという気持ちが一瞬で消えてしまう。

「ていうか、俺だってまだお前が俺のこと好きなの信じてないぞ!」
「は?」

 強く言い切った俺に対して、水坂の声のトーンが低くなった。
 立腹を隠さず、眉を寄せて睨んでくる。

「お前、ふざけんなよ。俺がこんなに好きっつってんのに」

 怒鳴っているわけでもないのに、空気が震えている気がする。
 好きを伝える態度がなってないと思う。
 向かい合って話すのが怖い。

 俺は怯まないように声を張り上げた。

「だって……! お前、俺のこと『何もない』って言ってただろ! じゃあ、なんで好きになったんだよ! 信じられるか!」
「知るか! 理屈じゃねぇんだよそんなの!」
「誤魔化されねぇ! ちゃんと俺の好きなところ言ってみろ!」

 水坂も負けじと声を放ってきたけど、そんなありがちな言葉に流されてはやらない。
 何かあるはずだ。
 そうでなければ、何故「お前は何も特長がないから羨ましいだろ」というようなことを言った相手を好きになるんだ。
 実はちょっと根に持ってるんだぞ!

 とってつけたように「本性に引かないから性格が良い」とか言ってた気がするけど。
 そこもいまいち納得していない。
 偶然、水坂が本性を見せた相手が俺だっただけで、
他の人でも似た反応だった可能性もある。
 
「面倒なやつだな! ……でも、うん。そういうところ」

 お互い頭に血が上って、怒鳴りあいが続きそうだったけれど。舌打ちをした水坂の方が、冷静になるのが早かった。

「俺がこんなんでも引かなかったところと、俺の言うことにあっさり頷かないところ。安心する」
「そんなん普通だろ」

 まだ納得が出来なくて眉を寄せる。
 優等生の水坂が言うことには「そうしようか」ってなることが多いかもしれないけど。
 それだって、今みたいに本性を見せている水坂には反発するやつもいるはずだ。

 水坂が言ったことは「俺」である必要性がない気がして、モヤッとする。
 面倒なことを言っている自覚はあるけど、もう一声欲しかった。

 そんな気持ちが伝わったのだろうか。
 顎に手を当てて俺の顔をじっと見ていた水坂が、更に呟いた。

「あとは……可愛い」
「目が腐ってんのか」
「見た目じゃねぇよ」

 褒められてるのか貶されているのか判断に困っている間に、水坂の手が俺の頬に触れた。
 その指先が冷たくて思わず肩が跳ねてしまう。
 表情は余裕そうだけど、緊張しているようだ。
 そのままゆっくりと顔が近づいてきたので、俺は思わず体を強張らせて目を瞑った。
 すると、キュッと鼻を摘まれた。

「ふが」
「こういう、反応とか」

 目を開くと、人を小馬鹿にした表情が飛び込んできて顔に熱が昇ってくる。
 嘘みたいに古典的な手に、簡単に引っ掛かる自分が情けない。
 でも、こういうのは本気で告白する時にやるやつじゃないぞ!
 そう言ってやろうと俺は顔が熱いまま水坂を睨みつけた。

「おーまーえー……っ」

 唇が、ふわりと塞がれる。
 精一杯ドスを効かせた声は、水坂の口の中に吸い込まれた。

 二回目のキスは、眼鏡は触れあわず唇だけが柔らかく触れている。
 水坂は目を閉じていたけれど、俺は何もできないまま離れるまでただ立っていただけだった。

「今からもっといっぱい、好きなとこ見つけてく。それでいいだろ?」

 顔が離れると、俺の顔を見た水坂が微笑する。
 今まで見たどんな表情より優しくて綺麗な笑顔に見惚れた俺は、頭がのぼせ上ったまま頷いた。

 水坂は小さく息を吐いて力を抜いたかと思うと、俺と同じく顔が真っ赤なくせに、余裕ぶって頭を撫でてくる。

「てか、お前こそ俺のどこが好きなんだよ。性格以外全部とか?」
「自信過剰なんだよ! バーカ!!」

 水坂の長所なんていっぱいありすぎて。
 自分で言っておいて俺は水坂のどこが好きなのか分からない。
 俺の好きなものに合わせようとしてくれたとか、体の心配をしてくれたとか。

 決定打とかはなくて積み重ねなんだろう。

「あのさ、俺……」

 気持ちは伝わっていても、口に出しておかなければ。
 そう思って、俺は分かりやすく深呼吸してから水坂を改めて見上げる。

「水坂が、好きかもしれない……」

 自分で言っといて「かも」ってなんだよって思う。
 どこが好きなのかとか答えられてないんだからせめて「好き」くらい言い切れよ!

 やり直さないと、ともう一度口を開こうとする。
 でも、唇に人差し指を当てられた。
 水坂は自信たっぷりの笑みを浮かべ、俺はその表情に安心感を覚える。

「俺もだ、真守。付き合ってくれ」


 
                        梅木と水坂の場合・終わり
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