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梅木と水坂の場合

十二話

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 わからーん!
 どうしてそうなったなんでそうなった!

 あの、男女共に大人気のイケメン優等生の水坂が!
 ちょっと恋人ごっこしたくらいで!
 こんな平凡地味オタクを好きになるなんてなんの間違いだ!!

 実は幼なじみとか前にどこかで助けたことがあるとか。ありそうなネタを考えてみたけど、そういうのは絶対ないと思う!
 
 告白からの壁ドンをされてから数日。
 俺は頭も心も大混乱だった。

 一応お断りしたつもりだったが、水坂は開き直って俺に積極的に話しかけてくるようになった。
 どれくらい積極的かというと、休み時間の度に話しかけてくるだけでなく、朝も俺が降りるバス停で待ち構えているくらいだ。

 バスを降りる生徒に「おはようございます」と挨拶され、それに笑顔で返している中で、

「おはよう、真守」

 と俺が出てきた時だけ視線を合わせてくるのは心臓に悪い。

 顔がいい。
 声がいい。
 意外と気が利くし、ふたりでいるときは前より優しくなったし。
 授業中よく目が合うようになったし、その都度嬉しそうに笑いかけてくるし。

 気を抜くと、ふとした瞬間に心臓を射貫かれそうだ。

 水坂の前だと常に頭がキャパオーバーを起こしているから、ここ最近は帰る時間が心休まる時間だ。

 そして、今は放課後。
 放課後だけは生徒会があるから水坂に構われることはない。
 そのはずなのに、結局俺はグルグルと水坂のことを考えながら、ひとりで階段を下りていく。

(こんなに大好きアピールされたら誰だってその気になるだろ……! いや、流されてたまるか絶対に……っ!?)

 ずるっと嫌な浮遊感。

「えっ」

 足元が疎かになっていた俺は、階段を踏み外した。
 体に鳥肌が立つ。反射的に手すりに伸ばした手は空を切った。

「あっぶねぇ」

 力強い腕が腰に回って、突然体が安定した。
 嫌な汗を掻きながら、落ちずに済んだことを自覚して力が抜ける。

「大丈夫か?」

 声を掛けられて振り向くと、隣のクラスの担任の肥護先生の顔が近くにあった。
 俺は慌てて、自分でしっかりと立ち直す。

(水坂じゃなかった……いや別に期待してませんけど!?)

 せっかく助けてもらったのに真っ先に思い浮かんだ気持ちを振り払う。

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」

 そう答えたものの、まだ心臓バックバクだ。怖かったー!
 寒気が止まらない。

 改めて足元を見ると、踊り場から二段下りただけのところだった。
 下手したら大けがだ。
 改めて、踊り場に立っている肥護先生に頭を下げた。

「すみませんでした……俺、ボーっとして」
「気にすんな。そんな時間も必要だ。ま、でも先生だっていつでも助けられるわけじゃねぇから気ぃつけろよ」
「はい……」

 ポン、と意外と温かい手が頭に置かれる。
 肥護先生は、明るい茶髪ととても教師とは思えない態度のせいで1年生の頃は少し怖かったけれど。今ではそれが親しみやすさに変わっている。
 そもそも、この人が告白ゲームの話を俺たちに吹き込んだせいでこうなったんだ。
 ノった俺たちが悪いんだけど。

 肥護先生は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、世間話でもするかのように俺に話しかけた。

「なぁ、それよりお前、最近水坂となんかあったか」
「ピンポイントー!」

 驚きすぎた俺は、不必要なまでに大きな声を発し顔を上げた。

(なんでだ!? 何で知ってるんだ? なんて返そう……!)

 特に水坂から告白されたことには触れられていないのに、顔に熱が集まる。
 唇がわなわなと震えるだけで、俺は何も言えない状態になった。
 それでも先生は、俺の気持ちを読み取ったようだ。
 目と唇がニヤリと弧を描く。

「授業中、両方があんだけ視線を送りあってりゃぁな。気づく」

 恥ずかしい!!
 俺はその場に崩れ落ちそうになるのをグッと耐えた。

 そうか、俺、そんなに水坂のこと見てたか。ほんとによく目が合うようになったと思ったら。
 よく考えたら、両方が見てないと視線は合わないよな。無意識過ぎた。

 先生はもう少し話をしよう、と手招いてくる。
 俺があまりに授業中に上の空だから相談に乗ってくれるつもりなのだろう。
 羞恥心のあまり、今すぐこの場を立ち去りたかったが踏み止まった。

「水坂も妙にお前にくっついてるだろ」
「そう見えますか……でも特になんもないのでお気になさらず……」
「ふーん……ならいいけどな」

 どんな表情をしていいのか分からず遠い目をする俺を見て頷きながら、肥護先生は窓の縁に腕をかけ外を見た。

「お、噂をすればだな」

 肥護先生につられて俺も窓に近づいた。
 下には裏庭があり、花壇に色とりどりの花が咲いているのが見える。

 しかし一番初めに俺の目に入ったのは、柔らかい微笑みを浮かべて眼鏡を直している水坂だった。
 隣にいるのはロングヘアの女子だ。

「……仲良さげ……」

 自分でも驚くような低い声が出た。
 なんだ、あの完璧な猫被り顔は。ヘラヘラしやがって。
 ついさっきまで慌ただしかった心が逆に落ち着いた気がした。
 無の表情になった俺の顔を、肥護先生は楽し気に覗き込む。

「妬けるか?」
「別に。誰かといるのはいつもだし」

 揶揄おうという空気を隠そうともしないから、ぶっきらぼうに答えた。
 よく見たら生徒会役員の女子だ。おそらく何か用事があってあそこにいるんだろうと、想像ができる。

 それでも、目の前の教師の表情は緩んだままだ。
 なんなんだこのおっさんは!

「ほー」
「本当ですよ」
「へー」
「先生!」
「あ」

 いい加減にしてくれと俺が歯をむき出したとほぼ同時に、肥護先生は目を見開いて窓の外に釘付けになった。

「手を繋いでるぞ」
「え!?」

 反射的に声を上げ、再びふたりの方へと視線を下ろす。
 花壇を指差している水坂と、手元のノートに何かを書いている女子がいるだけだった。
 俺はホッと肩を撫でおろす。
 クックッと肥護先生は喉を鳴らして笑っていた。

「見間違いか」
「先生っ!」

 知らず知らずの内に握りしめていた拳が震える。
 なんてひどい教師なんだ!
 相談に乗ってくれるのかと思ったけど、面白がっているだけだ。

「悪い悪い」
「肥護先生、うちの生徒をいじめないでくださいよー」

 謝罪の気持ちなど全くなさそうに俺の膨れっ面を突く肥護先生を、柔らかい声が嗜めた。
 振り向くと、階段の上で担任の海棠先生が腕を組んで立っていた。

「あ、海棠先生……」

 俺が名前を呼ぶと、すぐに海棠先生は階段を下りてきた。
 泣きぼくろのある心配そうな顔が見下ろしてきて、ポンポンと優しく両肩を叩かれる。

「梅木、大丈夫か? 嫌なことされたか?」
「いや俺をなんだと思ってんですか。素直になれって話をしてただけデース」

 そんな話、したかな!?
 白々しく肩を竦めた肥護先生をジト目で見ながら、俺は海棠先生の後ろへ逃げ込んだ。
 俺の動きを目で追う海棠先生は、合点がいったようにポン、と手を打つ。

「ああ、水坂か」
「なんで海棠先生まで知ってるんですか!」

 両頬を抑えてあんぐり口を開けてしまった。
 びっくりすぎる。
 このふたりは同い年で仲がいいみたいだし、肥護先生が何か吹き込んだのだろうか。

 全てを肥護先生のせいにしかけた俺に対して、海棠先生は困ったように眉を下げる。

「……見たら……分かる、かな……」

 もう穴があったら入りたい!

 
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