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梅木と水坂の場合

十話

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 さて、俺は大変混乱している。

 みんなで桃野に謝ろうと昼休みに話した。
 恋愛対象が同性である可能性なんて考えもしなかったことは、もう反省するしかない。
 そりゃ、そういう人もいる。
 いるのは分かる。

 分かるんだけど。
 
 俺以外の3人とも、罰ゲーム告白した相手と付き合うことになったらしい。

 いやまて。
 どうしてそうなった。
 そうはならないだろ。

 だって皆、どんな女子が好きかとかそんな会話したぞ。
 杏山りょうに至っては付き合ってた女子を何人も知っている。
 あれはなんだったんだ。そういう嗜好ってそんな簡単に変わるのか?

 なにはともあれ、罪悪感に押しつぶされそうだったから、桃野と光安が上手くいったのは良かったんだけど。

「おい」
「謎すぎる」
「おい、無視すんな!」
「あ! へ? え?」

 机と睨めっこしていた俺が顔を上げると、向いに座る不機嫌そうな美形と視線が合った。

 全員の報告を受けた次の日の昼休み。
 頭がごちゃごちゃすぎて、水坂が何か言っているのだが、さっぱり耳に入っていなかったのだ。

「間抜けな声出してんじゃねぇよ。聞いてなかったのか? 今日から俺がお前の食事を管理してやるってんだよ」
「はい?」

 また俺の頭のキャパを超える情報が入ってきた。

 今日はいつも通り、購買で好きなパンや飲み物を買おうと思って教室を出ようとした瞬間、水坂に止められた。
 何事かと思ったら、なんと今日は俺の分の弁当も用意してくれたという。
 なんとなく、光安の好物に合わせた弁当を用意していた桃野の輝くような笑顔を思い出しながら、生徒会室までついてきた。
 
 で、弁当を差し出しながらの言葉が「食事を管理してやる」と、いうわけだ。
 どういうわけだ。

「ごめん、なんでそんなことになったのが一から説明を頼む」

 弁当をいただくというのにぼんやりしすぎて話の流れを覚えていない。
 水坂は無言で、俺の目の前に薄茶色の曲げわっぱの弁当箱を置く。どうやら水坂のものとは色違いのようだ。

「わぁ! 美味しそうだな!」

 焼き鮭をメインに、ゆで卵や野菜の煮物など、栄養バランスが良さそうな和食弁当だった。
 水坂の親が作ってくれたのか、家政婦さんがいるのかは謎だがありがたい。
 こういうのも大好きだ。

 すぐに食べたいところだが、「食事管理」が気にかかる。

「貰えるなら今日はありがたく頂くけど……食事管理ってこの弁当?」

 深く頷いた水坂は、腕を組んで椅子の背にふんぞり返った。

「これから、俺がお前の弁当持ってきてやる」

 えらそう過ぎる。
 俺は苦笑いするしかなかった。

「いや、良いよ流石に。お金かかりそうだし」
「そんなの気にするなよ」
「するだろ」

 仮にいつもの昼飯代を回すとしても。
 購買の菓子パンとこの素晴らしい弁当は、絶対に同じ値段じゃないだろう。

 だいたい、俺は甘いのも食べたい!
 好きな物を買って好きなものを食べたいんだ!

 そんな俺の気持ちを見透かしているのか、水坂はため息をついた。

「杏山に聞いた。お前、甘いものが好きなんだって?」
「ダメか?」

 杏山りょうのヤツ、要らないことをこいつに教えやがって。

「別に良い。でもだからって毎日甘いパンに甘い飲み物は病気になるぞ」
「う」
「これからは俺がちゃんと管理してやるから、持ってきた弁当を食え」

 言っていることは理解できる。
 甘いパンと甘い飲み物を毎日昼ごはんにしている俺は、相当不健康だと思う。
 でも、水坂の言い方はあまりにも上から目線だ。管理してやるってなんだ。頼んでねえよ。
 なんでそこまでしようと思ったのかは謎でしかないが、俺の不健康な幸せを邪魔しないでほしい。
 その一心で俺は荒い口調で、水坂に反抗した。

「なんでお前に管理なんてされないといけないんだよ! 余計なお世話すぎだ!」
「お前のためだろ!」
「押し付けがましいな! 俺はこう見えても健康なんだよ!」
「年取ってからくるんだよそういうのは!」

 ヒートアップした水坂の拳が机を強く叩きつけると、弁当が揺れた。
 大きく鳴った音に怯みそうになるが、これは負けられない戦いだ。

「俺が年取った後のことなんかお前に関係ないだろ! どうせ期間限定のごっこ遊びなんだから!」
「……!」

 王手になったらしい。
 水坂が黙った。

 俺は肩で息をしながら、何故か桃野の弁当が頭をよぎる。

(桃野は光安の好きなものを弁当に詰めてたのに!)

 光安のことを本気で好きだったらしい桃野と、目の前にいるごっこ遊びに巻き込んでくる相手を比べてしまったら、妙に悲しくなってきた。

 気持ちがまとまらないまま、俺は勢いよく立ち上がる。
 イライラをそのままに、弁当を置いて出口へと足をドスドスと進めた。
 そしてドアの前にくると、もう一言だけ何か言ってやろうと水坂を睨み付ける。
 が、俺は口をつぐむ。

 眉を寄せて唇を引き結んだ水坂は、今にも泣きそうに見えてしまった。
 
(な、なんだその顔……!)
 
 胸が締め付けられるのを感じながら、俺は逃げるように生徒会室を飛び出した。
 
 
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