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杏山と土居の場合

十四話

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 土居がじっとしゃがみこんだままの俺を見ている。

(やばいめっちゃ泣いてんのに)

 今更ながら泣き顔を隠すために俯く。鼻を啜りながら乱暴に目元をこすった。

「ごめ、ちょっと待ってくれ」

 顔は隠せてもかすれた涙声は誤魔化せない。
 近づいて来る土居に、これ以上こっちに来ないでくれと念じた。
 もちろん、そんな願いは通じるわけもなく。
 土居は片膝をついて俺の顔を覗き込んだ。

「なんで泣いてるんだ」

 声が硬い。
 腕と髪で顔を隠しながら視線を上げて表情を伺うと、本気で心配しているような表情だった。
 真面目な話で泣いていると思われたら逆に恥ずかしい。
 俺は正直に答えることにした。

「や、失恋? した……っぽくて?」

 自分のことなのに疑問形になってしまう。
 土居は眉を寄せたまま首を傾げた。

「昨日、バイト先の女子と付き合うことになったばかりじゃないのか」
「違くて……告白されたけど、付き合ってねぇの」

 なんとか涙を止めることに成功した俺は、顔を上げて大きく息を吐いた。
 そういえば昨日はその話をしてから空気がおかしくなったんだ。

(余計な事、言うんじゃなかった)

 俺の心情なんか知る由もない土居は、不思議そうにこちらを見ている。

「俺、他に好きなやつが出来ててさ、昨日のは断ったんだ。でも、俺は本命の恋愛対象ですらなくて」

 嘘にはならないように、でも俺の好意を悟られないように言葉を探しながら話す。

 それにしても、好きなヤツ本人に聞いてもらってるの笑えるな。
 自分のことだなんて、夢にも思っていないんだろう。

 なんだか空しくなってダメだ。また泣けてきた。
 俺は両手で前髪をぐしゃりと掴んだ。もう、土居と同じ空間にいるのも辛かった。

「やんなっちゃうよな。そういうわけだからちょっとひとりに」
「じゃあお前は、今は誰とも両思いじゃないのか?」
「なんで追い討ちかけるんだよぉ」
「ごめん」

 ひとりにしてくれと伝えたかったのに遮られた上、傷口を抉られる。
 俺は取り繕うことすら忘れてしゃくりあげた。
 こうなったら、泣くのを我慢するのは止めだ。とことん格好悪いところを見せて、明日からは出来るだけ関わらないようにしよう。

 本格的に泣き始めてしまった俺に、土居は黙って灰色のハンカチを差し出してくれた。

(優しい……好き……)
「弱ってるところに付け込むのは最低だけど」

 遠慮なくハンカチを濡らしていると、見守ってくれていた土居の手が俺の肩に置かれる。
 気持ちが乱れていた俺は、続く言葉が想像できず、何を言われるのかと身を固くした。

「俺じゃ、ダメか?」
「え」

 俺は間抜けな声を出してしまった。意味を理解するために何度も頭の中で土居の言葉を反芻する。
 でも、そんなことをしなくても土居はハッキリと続きを言ってくれた。

「頼む、引かないでくれ。俺はお前が好きなんだ」

 真剣な声と顔がまっすぐに俺に向けられている。
 驚きすぎて涙がぴたりと止まった。
 夢だろうか。
 こんなことがあっていいのか。
 あまたの女の子をお断りしてきたはずの男が、俺と両思いだなんて。
 いや、これはまた何かの間違いに違いない。

 そう思うのに、にやけそうになる口元をハンカチで抑える。視線を横に逸らし、くぐもった声を出した。

「こんな時に冗談言うなよ」

 こんな冗談、きっと罰ゲームでも言わないだろうことはこの1週間でよく分かっていた。
 それでも、言わずにはいられなかった。

「本気だ」

 キッパリと言い切ってくれたもんだから、信じられない気持ちのまま鼓動が高鳴った。
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