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杏山と土居の場合

十二話

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 今日はばあちゃんちに泊まらせてもらうことにした。
 子犬に癒されたくなったからだ。
 畳の床に障子に襖。純然たる日本家屋だ。
 ひとりで寝るには少し広い部屋に布団を敷いていると、子犬が鼻先で襖を開けて入ってきた。

「来た来た! おいでー」

 布団に胡坐を掻いて両手を広げると、子犬は待ってましたとばかりに胸に飛び込んでくる。

 とても可愛い。

 一通り子犬と戯れ、撫でまわしながら、俺はぐちゃぐちゃになった気持ちをなんとか持ち直そうとした。

「そもそも、なんで俺がフラれたみたいな気持ちになってんだよ。そう思わないか?」

 喜ぶべき状況のはずだ。
 土居は嘘をつかれたことに気が付いていないから弁解する必要はない。
 変な誤解のせいで、せっかく告白してくれた子をお断りしてしまったが。不思議とそれを悔やむ気持ちは無かった。

 だから、何の問題もない。

 これまで通り、この子犬の里親を一緒に探すだけだ。
 もしかしたら、今日土居が俺に会いに来たのは子犬の話をしたかっただけかもしれない。
 それなのに、俺は気持ちがふわふわしてしまって、勝手に自爆した。

 でもその失態すら、知っているのは俺だけなんだ。

「あれ。もしかして、お前が居なくなったら土居は会いにこなくなるのかな?」

 子犬を抱き上げて、鼻先で問いかける。
 くぅん、と愛らしい声で返事をしてくれるけど、答えを出してくれるわけもない。

 共通の目的が無くなったら、土居は俺にもう用はない。
 犬の近況を伝えることがなければ、学校で話す機会は間違いなく減る。
 学校以外で待ち合わせなんて、しなくなってしまうだろう。

「寂しいな」

 俺は今度は子犬を布団に寝かせて腹に顔を埋める。短い毛が鼻を擽ってこそばゆい。
 子犬が楽しそうに身を捩っているのを感じながら、普段女の子と話すためにしか使わない頭を働かせた。

 このまま、ばあちゃんちもしくは俺の家で飼うことができれば。土居と休み時間に話す口実もできるし、また散歩を一緒にすることが出来るんじゃないだろうか。

 しかしそれをするにはまず親を説得しなければならない。
 一応これから俺は本格的に大学受験のことも考えないといけない時期になっている。
 普通に友達とも遊びたいしバイトもしたい。
 そんな俺が犬の世話をきちんと出来るだろうか。
 現実味が無い。

 俺は知らず知らずのうちにため息を吐いていた。

「今日最後、変な空気にしちゃったけど……土居、明日もお前の写真見に来るかな?」

 だんだん眠そうになってきた子犬と布団に潜り込んで、温かい背中を撫でる。

 どうしてこんなに必死になっているのかなんて、考えないようにしながら俺は目を閉じた。
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