上 下
29 / 65
桜田と空の場合

十話

しおりを挟む
 
「別れる」

 いつも通り、ふたりで駅まで帰ってる途中にサラリと告げられた言葉が上手く飲み込めなかった。
 俺は口と足をピタリと止めて、凪を見上げる。

「え?」
「一緒に帰るのは、今日で最後だ」
「なん、……あ、誰に告白されたのか?」

 思わず理由を聞こうとして我に返った。
 そういう話だったじゃないか、最初から。
 凪は目線を合わせず、ただ無言で頷いた。
 別に変なことは何もない。
 それなのに。
 心臓が鷲掴みにされたみたいに苦しい。
 俺は口の動きを開始した。
 足は、根が張ったみたいに動かない。

「そっかー……そっかー。うん、じゃあ仕方ないっていうか」

 夜でもそんなに寒くないはずなのに、話しながらどんどん体温が冷えていく。
 道を照らす灯りが、いつもより暗く感じる。

「俺も、良かった」

 明るい声と表情を意識する。
 実際、早くこんな恋人ごっこから逃れたかったんだから。良かっただろ。
 意外と仲良く出来そうだし、このまま普通の友だちになれたら万々歳だ。

 それなのに、凪の顔が全く見れない。ずっと俺の目は銀の首飾りを映している。
 張り付くように乾いた喉が、ピリピリしてきた。

「でもさ、友だちではいてくれよな~! 暇な時はたまに昼飯一緒に食ったりとかこうやって帰ったりしようぜ! 最後なんて寂しいこと言うなよ~!」

 腕を強めにバシバシと叩く。
 すぐに凪から離れないと、変なことを口走ってしまうって頭が警告しているのに。
 全然口が止まらない。

「つーか、そういうことなら一言連絡くれるだけで良かっ」
「……サクラ」
「ん?」

 声のボリュームが上がってきた俺を嗜めるように、いつも通り涼しげな凪の声が言葉を遮ってくる。
 名前を呼ばれても、やっぱり顔が上げられなくて返事だけを返した。

「いや。なんでもない。サッカーやってるお前は、楽しそうだった」

 急にサッカーの話題が出てきて、戸惑いながら苦笑してしまう。なんだその感想。
 もっと、上手くてびっくりしたとか、カッコよかったとか、ないのかよ。
 そんな風に思う自分も可笑しくて、ちょっと笑ってしまう。

「そりゃ、楽しいからな」
「そうか。じゃあな、桜田さくらだ

 一文字多いだけで、ズシリと腹が重くなる。

 俺、もしかして返事間違ったか?

 凪は俺の頭に手を置いたかと思うと、ひとりでさっさと歩いて行ってしまう。

 1週間前と同じ淡々とした態度。

 ついさっきまで、柔らかくなった相槌を打ってくれていたはずなのに。
 なんで、そんなあっさり、冷たくさよならを言うんだろう。
 俺は、なんで泣きそうなのを我慢してるんだろう。
 
 そのまま何もできずに凪を見送って。
 いつも通り電車に乗って家に帰って、風呂入って飯食って。
 部屋でベッドに座って膝に布団をかけて。

「あ! みんなに俺は別れられたからお前らもさっさとしろって連絡しねぇと! あーでも杏山あんずには…っ」

 誰も聞いてないのにひとりで喋ってスマートフォンを手に取った時。

 俺の涙腺は決壊した。


「会いたいから」

 土居に「なんで」って聞かなくたって、なんでだか分かった。
 それで、俺は羨ましいって思ったんだ。
 その時、凪の顔を思い出したんだ。

「なんで」なんて、愚問だ。

「好きだ……」

 涙と一緒に言葉がポロリと零れ落ちる。
 
 せめてフラれる前に自分の恋心を自覚していたら。
 いや。結果は同じだ。
 次の人から告白されたらそっちと付き合う。
 そういう血も涙もないルールなんだ。

「別れる」

 俺が告白したせいで、会うこともなくあっさりメッセージを送信された女子は「もう関係ない」って電話にすら出てもらえなかった。
 
 きっと、俺も「関係ない」やつになったんだ。
 友達ですら、居てくれるつもりはないんだ。

「なんで……! なんでよりによってあんな酷い奴を……!」

 ぼたぼた落ちていく涙で布団がまだらに濡れていく。
 
 昼休みに保健室で優しいキスをした熱い瞳と、放課後にあっさり別れを切り出してきた冷めた声が、同じ日の同じ人間のものだなんて。
 心が全く追いつかなかった。

 (嘘の告白なんて酷いゲームしたからバチが当たったんだ......!)
 
 スマートフォンを放り出して布団を被った俺は、涙が止まらないまま寝入ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その空を映して

hamapito
BL
 ――お迎えにあがりました。マイプリンセス。  柔らかな夏前の風に乗って落とされた声。目の前で跪いているのは、俺の手をとっているのは……あの『陸上界のプリンス』――朝見凛だった。 過去のある出来事により走高跳を辞めてしまった遼平。高校でも陸上部に入ったものの、今までのような「上を目指す」空気は感じられない。これでよかったのだと自分を納得させていた遼平だったが、五年前に姿を消したはずの『陸上界のプリンス』朝見凛が現れて――? ※表紙絵ははじめさま(https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/830680097)よりいただいております。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

きよひ
BL
 ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。  カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。  家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。  そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。  この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。 ※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳) ※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。 ※同性婚が認められている世界観です。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

好きな人が「ふつーに可愛い子がタイプ」と言っていたので、女装して迫ったら思いのほか愛されてしまった

碓氷唯
BL
白月陽葵(しろつきひなた)は、オタクとからかわれ中学高校といじめられていたが、高校の頃に具合が悪かった自分を介抱してくれた壱城悠星(いちしろゆうせい)に片想いしていた。 壱城は高校では一番の不良で白月にとっては一番近づきがたかったタイプだが、今まで関わってきた人間の中で一番優しく綺麗な心を持っていることがわかり、恋をしてからは壱城のことばかり考えてしまう。 白月はそんな壱城の好きなタイプを高校の卒業前に盗み聞きする。 壱城の好きなタイプは「ふつーに可愛い子」で、白月は「ふつーに可愛い子」になるために、自分の小柄で女顔な容姿を生かして、女装し壱城をナンパする。 男の白月には怒ってばかりだった壱城だが、女性としての白月には優しく対応してくれることに、喜びを感じ始める。 だが、女という『偽物』の自分を愛してくる壱城に、だんだん白月は辛くなっていき……。 ノンケ(?)攻め×女装健気受け。 三万文字程度で終わる短編です。

処理中です...