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桜田と空の場合
十話
しおりを挟む「別れる」
いつも通り、ふたりで駅まで帰ってる途中にサラリと告げられた言葉が上手く飲み込めなかった。
俺は口と足をピタリと止めて、凪を見上げる。
「え?」
「一緒に帰るのは、今日で最後だ」
「なん、……あ、誰に告白されたのか?」
思わず理由を聞こうとして我に返った。
そういう話だったじゃないか、最初から。
凪は目線を合わせず、ただ無言で頷いた。
別に変なことは何もない。
それなのに。
心臓が鷲掴みにされたみたいに苦しい。
俺は口の動きを開始した。
足は、根が張ったみたいに動かない。
「そっかー……そっかー。うん、じゃあ仕方ないっていうか」
夜でもそんなに寒くないはずなのに、話しながらどんどん体温が冷えていく。
道を照らす灯りが、いつもより暗く感じる。
「俺も、良かった」
明るい声と表情を意識する。
実際、早くこんな恋人ごっこから逃れたかったんだから。良かっただろ。
意外と仲良く出来そうだし、このまま普通の友だちになれたら万々歳だ。
それなのに、凪の顔が全く見れない。ずっと俺の目は銀の首飾りを映している。
張り付くように乾いた喉が、ピリピリしてきた。
「でもさ、友だちではいてくれよな~! 暇な時はたまに昼飯一緒に食ったりとかこうやって帰ったりしようぜ! 最後なんて寂しいこと言うなよ~!」
腕を強めにバシバシと叩く。
すぐに凪から離れないと、変なことを口走ってしまうって頭が警告しているのに。
全然口が止まらない。
「つーか、そういうことなら一言連絡くれるだけで良かっ」
「……サクラ」
「ん?」
声のボリュームが上がってきた俺を嗜めるように、いつも通り涼しげな凪の声が言葉を遮ってくる。
名前を呼ばれても、やっぱり顔が上げられなくて返事だけを返した。
「いや。なんでもない。サッカーやってるお前は、楽しそうだった」
急にサッカーの話題が出てきて、戸惑いながら苦笑してしまう。なんだその感想。
もっと、上手くてびっくりしたとか、カッコよかったとか、ないのかよ。
そんな風に思う自分も可笑しくて、ちょっと笑ってしまう。
「そりゃ、楽しいからな」
「そうか。じゃあな、桜田」
一文字多いだけで、ズシリと腹が重くなる。
俺、もしかして返事間違ったか?
凪は俺の頭に手を置いたかと思うと、ひとりでさっさと歩いて行ってしまう。
1週間前と同じ淡々とした態度。
ついさっきまで、柔らかくなった相槌を打ってくれていたはずなのに。
なんで、そんなあっさり、冷たくさよならを言うんだろう。
俺は、なんで泣きそうなのを我慢してるんだろう。
そのまま何もできずに凪を見送って。
いつも通り電車に乗って家に帰って、風呂入って飯食って。
部屋でベッドに座って膝に布団をかけて。
「あ! みんなに俺は別れられたからお前らもさっさとしろって連絡しねぇと! あーでも杏山には…っ」
誰も聞いてないのにひとりで喋ってスマートフォンを手に取った時。
俺の涙腺は決壊した。
「会いたいから」
土居に「なんで」って聞かなくたって、なんでだか分かった。
それで、俺は羨ましいって思ったんだ。
その時、凪の顔を思い出したんだ。
「なんで」なんて、愚問だ。
「好きだ……」
涙と一緒に言葉がポロリと零れ落ちる。
せめてフラれる前に自分の恋心を自覚していたら。
いや。結果は同じだ。
次の人から告白されたらそっちと付き合う。
そういう血も涙もないルールなんだ。
「別れる」
俺が告白したせいで、会うこともなくあっさりメッセージを送信された女子は「もう関係ない」って電話にすら出てもらえなかった。
きっと、俺も「関係ない」やつになったんだ。
友達ですら、居てくれるつもりはないんだ。
「なんで……! なんでよりによってあんな酷い奴を……!」
ぼたぼた落ちていく涙で布団がまだらに濡れていく。
昼休みに保健室で優しいキスをした熱い瞳と、放課後にあっさり別れを切り出してきた冷めた声が、同じ日の同じ人間のものだなんて。
心が全く追いつかなかった。
(嘘の告白なんて酷いゲームしたからバチが当たったんだ......!)
スマートフォンを放り出して布団を被った俺は、涙が止まらないまま寝入ってしまった。
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