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桜田と空の場合
六話
しおりを挟む憎たらしい発言はあったが、助けてくれたことは本当にありがたかった。
お礼として俺は、駅前にあるコンビニで何か奢ることにする。
部活の後は腹が減ってるから、小遣いに余裕があればよく来るところだ。
コンビニ内をふらっと一周してから、レジの横のケース内に並ぶホットスナックをふたりで眺める。空は辛味の強いチキンを選んだ。
「凪って辛いのが好きなのか?」
コンビニの外に出てから、俺は自分の選んだ肉まんの袋を開く。
質問のついでに、名字ではなく名前で呼んでみた。
深い意味はないけど、出会った時に呼び名がないやつは大体名前で呼ぶことにしてるんだ。
なんか、仲良くなったって感じがするだろ?
「……ああ」
妙な間があったが、訂正されないのでそのまま名前呼びすることにする。「空」も「凪」もなんか爽やかだしお洒落な響きで羨ましい。
顔も、名前負けしない美形だし。
食べ物も辛いものが好きとか、男って感じだよな。甘いものを好きなのが悪いわけじゃないけどなんとなく。
「なんか似合うよな~」
「サクラは?」
「え?」
間違いなく俺のことなんだろうけど、女の子の名前みたいな略し方にソワッとする。
思わず瞬きしながら首を傾げて、聞き返した。
「苦手か」
相変わらず表情は変わらないくせに、小馬鹿にしてるのが分かるのは何故だろう。
「ガキだな」って顔に書いてある気がする。
いや、俺だってそれ食べたことあるしな!
甘いのも辛いのも割と好き嫌いなく美味しく食べられるのは自慢のひとつだからな!
俺はチキンをもった凪の手首をしっかり掴んだ。
「食べれるっつーの! 一口くれ!」
言葉の勢いに任せて大きく口を開ける。
(うま…!)
咀嚼すると、口内に広がる辛味と油が堪らない。熱いから余計辛く感じるのも凄くいい。
が、手元を見るとチキンの3分の1は消えていた。
うん、どう考えても食いすぎた。
もぐもぐと味わいながら、そっと凪を見上げる。流石に表情を変えていた。
「……お前……」
眉を寄せて「一口」とは言えない減り方をしたチキンを見ている姿が、ちょっとおかしかった。
なんだ、ちゃんと感情が表に出てるじゃんか。
「あはは、悪ぃ! 俺のもやるから! 遠慮すんな!」
怒られる前に笑って誤魔化し、俺は自分の肉まんを差し出す。
凪は、俺がしたみたいに手首を掴んで口を開けた。喋ってる時もあまり動かない唇が、こんなに大きく開くのかと。その動きを眺めてしまう。
そして、まだ一口も食べていなかった肉まんが半分より少し多いくらいになった。
本当に遠慮しねぇじゃん。
「いくらなんでも食い過ぎだろ!!」
と突っ込みながらバシバシと背中を叩いたけど、
「先に食ったのはお前だろ」
と、どこ吹く風。
言い返せない。いや、俺もここまでは食べてないぞ。
文句を言いたい気持ちもあったけど、膨らみに膨らんだ噂話で想像してたよりも普通の高校生って感じで口が緩んだ。
良い奴、では正直ないんだけどな。女遊びが激しすぎて。でも誰にでも欠点はあるし。
次に告白する子がいて「恋人」って立場じゃなくなっても「友だち」でいられそうだ。
そう思うと、交友関係が広いと楽しいって思うタイプの俺は気持ちが上がってきた。
「あのさ、そういえば。俺のことはみんな『サク』って呼ぶぞ。」
「サクラの方が似合うな」
仲良くしたいけどサクラは居心地悪いな、と、俺なりに遠回しに伝えたつもりだったんだけど。あっさり拒否される形になってしまった。
「どこがだ!?」
納得がいかなくて食いついた。
「桜」が似合うなんて初めていわれた。あの花はもっと綺麗で儚いイメージがあるだろ。
あえて男に使うなら、光安が嘘告白した転校生の桃野みたいな。
凪は返答を考えているのか、視線を彷徨わせる。その間に食べ終えたチキンの袋をくしゃくしゃと丸めて、少し油のついた唇を舐めた。
「桜は、うるさい場所にあるイメージだ」
袋をゴミ箱に投げ入れながらようやく告げられた言葉は、やっぱり俺のことを馬鹿にしているように聞こえる。
そう言われると確かに、花見とかで桜の周りは賑やかなことが多いかもしれない。
その発想が、少し変わってて面白くて。俺は笑いながら文句を言った。
「うるさくて悪かったなー! 否定しねぇけど!!」
「似合うだろ」
「好きにしろよもー!」
凪の言う通りやかましくしていると、フッとその形の良い口元が弧を描いた気がした。
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