上 下
78 / 83
番外編 ティーグレ目線

一番のハッピーエンドとは 1

しおりを挟む
 隠れて泣いているようで、誰かが気付いてくれるのを待っている。
 そんな素直さがいじらしくて可愛かった。

「泣いてる時には俺が一番に見つけ出そう」

 なんてと思った時には、もう堕ちていたんだろう。

 ◆

「かわいい」

 ティーグレは頬を緩めた。腕に乗る頭の重みに心地よさを感じながら、涙の跡のある目元を指先で撫でる。

 喉が枯れるまで声を上げ、何も出なくなるほど絶頂し続けたからだろう。
 服も着ずにぐったりとベッドに体を預けるピングは、触れても全く反応しない。
 静かに寝息を立て、呼吸に合わせて薄い掛け布団が上下に動くだけだ。

 ティーグレが呪文を唱えれば、金色の魔法陣が淡い光を放つ。光はピングの体を包み込んで、服を着せた。自分がつけた痕が散る、白く細い体を隠してしまうのは勿体無い気がする。

 でも、体が冷えて風邪でも引いたらと思うとそうするしかなかった。
 何度もこの穏やかな時間を過ごすうちに、ピングが寒くても布団を被り直さないということを知ったから。

「ごめんな」

 ふわふわとした触り心地の良い金髪を撫でて独り言葉を落とす。

 ティーグレには黙っていることがあった。
 きっと、墓場まで一人で持っていくことだ。
 極々たまに頭をよぎる罪悪感で、ピングが寝入っている時にだけ謝ってしまう。


「リョウイチと、両思いにさせてあげられなくて」

 静かな部屋に沈む声に返事はない。

 実は、ピングが生き残るルートは二つあった。
 ひとつはアトヴァルと和解し、ペンギンが魔力の塊を食べないルート。

 もうひとつは、リョウイチとピングが結ばれるルートだ。

「そっちのが、簡単だったってのに」

 ティーグレは、前世の記憶が蘇ったときに思いを馳せる。

 ◆

 そこに行ったのは特に意味はなかった。
 皇太子の乳母をしている母に会いにきて、帰りに宮殿の庭を走り回ってから帰ろうとしただけ。

 幼かった当時のティーグレに何故走り回ろうとしたかなどと聞いても、「そうしたかったから」以上の答えはないだろう。
 色とりどりの花が咲き、庭師たちが整えた庭園は凹凸もなく走りやすいのだ。

 そこで、蹲っている小さな背中を見つけた。
 庭園の端っこの、薔薇の生垣。
 その影から太陽に反射するキラキラふわふわとした金髪がチラつく。

 ここは皇族の居住区だ。
 こんなところにいる子供は、母が働いているからと許された自分以外には二人しかいない。

 皇太子のピングと、第二皇子のアトヴァルだ。
 どちらも眩い金色の髪だが、アトヴァルの髪は真っ直ぐでサラリとしている。
 となると、あそこに居るのはピングだ。

(……皇太子、何してるんだこんなとこで。体調悪いのか?)

 ティーグレはピングがあまり好きではなかった。
 乳母をしていた母はいつも皇太子にかかりきりで、ティーグレとの時間をなかなか作ってくれなかったから。

 何故、本物の息子である自分より皇太子を優先するのかと喚いたこともある。
 もちろん、何の意味もなさなかった。

 それでも蹲っているのを放っておくほどの恨みはない。
 ティーグレは同い年の乳兄弟にそっと近づいた。

「ピング殿下、大丈夫ですか?」
「……っ」

 見上げてきた大きな空色の瞳は濡れていた。
 扇のような金のまつ毛も、薔薇色の柔らかそうな頬も、子供らしくふっくらとした唇も、びしゃびしゃだ。
 鼻を真っ赤にして泣きじゃくっている。

 ティーグレは狼狽して、ピングと同じようにしゃがみ込んで目線を合わせた。

「だ、大丈夫じゃなさそうだな?」
「てぃ、てぃーぐえ……」

 しゃくり上げて回らない舌で名を呼ばれた時だった。
 頭の中に、軽快な音楽が流れ始めたのは。

 音楽のリズムに合わせて、知らない大人たちが次々に脳裏に浮かんでは消えていく。いや、そのうち3人には覚えがあった。

 シャチを背景にこちらを流し見る長髪の男、ペンギンを抱きしめて頬を膨らませる男。
 そしてホワイトタイガーに腰掛けて笑う男。

 どう見ても大人なのだが、間違いない。
 アトヴァル、ピング、ティーグレだ。
 何故だか分からないが、自分は未来を見ている。

(なに、なんだこれ……っ)

 ティーグレは混乱しながらも胸が躍った。
 何か、心の奥底から熱いものが湧き出てくる。

(そうだ、これはオープニング……!)

 そこからは早かった。

 自分が別の世界からの転生者であることや、前世の自分はBLが大好きだったこと。
 この世界が前世で最も夢中になったBLゲームの世界であることなど、大量の情報の波で脳内を掻き回される。

「ティーグレ、わたしを笑いにきたのか」

 混乱の最中、ピングが鼻声で眉を寄せてきた。
 固まっていたティーグレは、目の前に焦点を当てる。
 鼻を啜り唇をへの字に曲げた愛くるしい顔と視線が合い、意識が現実に引き戻された。

「……ピング、か……」
「なんだ」

 見覚えがある泣き顔だ。ピングはいつもぐずぐず泣いている。
 確かゲーム内のピングも、いつもプンスカ怒っているか悔しそうな涙目だった。

 主人公と結ばれるルートではよく笑うが、他のルートでは笑顔のスチルなんて一枚もない。
 前世では全く気にしたことが無かったけれど、幼い子どもの泣き顔を目の前にすると、とても残酷なことのように思えた。
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

王子の恋

うりぼう
BL
幼い頃の初恋。 そんな初恋の人に、今日オレは嫁ぐ。 しかし相手には心に決めた人がいて…… ※擦れ違い ※両片想い ※エセ王国 ※エセファンタジー ※細かいツッコミはなしで

処理中です...