【完結】ペンギンに振り回されてばかりの出来損ない皇太子は、訳あり幼なじみの巨大な愛に包まれているらしい

きよひ

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三章

70話 精神と魔力

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 ドラゴンと怪鳥の力はほぼ拮抗している。
 が、怪鳥の方が自由に動ける。何を壊しても傷つけても、制御しようとするものがいないからだ。

 ティーグレとオルソはドラゴンに加勢して、怪鳥に使い魔をぶつけ、魔術をかける。
 火花が散り、氷が砕け、雷鳴が轟き、地面が割れて。
 結界に守られていなければ、闘技場は粉々になり周辺の森は燃え尽きているだろう。

 リョウイチは魔力をドラゴンに送り続けることに集中した。その隣でドラゴンの制御を手伝うアトヴァルも責任重大だが、ずっとピングを抱きしめ、時折り呼吸を確認している。

『アトヴァル……』

 ピングはギュッと胸が苦しくなる。
 ここにいるのだと声を掛けても届かない。
 触ろうとしても触れない。
 無力すぎて、辛い。

 精神体にも関わらず、ピングは腹が膨れるまで思いっきり息を吸い込んだ。

『ペンギン! いや、最早ペンギンじゃないな……まぁいい! そろそろいい加減にしろー!!』

 腹溜まった鬱憤をそのままにせず、すぐに口に出して喚くのがピングだ。

 ペンギンを召喚してからとにかく人に迷惑を掛けっぱなしだった。
 いや。迷惑は元々掛けて回っていたに違いない。それでも程度が違うと断言する。

 勢いに任せて怪鳥に近づいていく。
 ギョロリとした目と青空色の瞳が向かい合った。
 間違いなく、目が合ったのだ。
 ゾワリと全身の鳥肌が立つ。
 肉食獣に狙われた草食獣の気持ちだった。

『も、もしかして聞こえてる……のか?』

 すでにドラゴンに向き直った怪鳥から返事はない。ピングはもう一度、声を張り上げてみる。

『お、お前は私の使い魔だろう! 言うことを聞いてくれ!』

 怪鳥は耳を貸さず、ドラゴンの金の炎に対して黒い炎を吐きかけているが。
 ほんの僅かに、怪鳥の炎が押されていることにピングは気がついた。

 どうも、怪鳥はピングの声を聞いているような気がする。
 聞いているのに、敢えて命令に逆らっている。
 まるで、親の叱責を右から左に流す子どものように。

 まだペンギンの姿の時は、巨大化した後から全く声が届かなかった。あの時とは違う手応えを感じる。

『精神体、だからか?』

 精神と魔力は深く強く繋がっている。精神状態が直接魔術に反映されてしまうほどにだ。

 今のピングは肉体に包まれておらず、魔力の器も剥き出しになっている。そのため、魔力で動いている使い魔に指示が通りやすいのかもしれない。

 指が細く白い手を、巨大な怪鳥に向ける。
 全身を巡る熱を自分の使い魔に集中させた。

『止まれ!』

 心を燃やし、血を煮えたぎらせる。
 凄みのある声を聞いた、たった一つの存在の動きが鈍くなる。

 怪鳥の異変に気がついたティーグレとオルソが攻撃の手を強めた。
 ホワイトタイガーが咆哮を上げ怪鳥の翼に食いつき、熊は腹の肉を削ぎ落とさんと爪を立てる。怪鳥が怯んで動きが止まった。

「リョウイチ! 今だ畳みかけろ!!」

 ティーグレの叫び声が聞こえる。
 ピングは答えるように声を張り上げた。

『塊から得ている魔力を使いきれ!!!』

 闘技場から光の柱が立ちのぼる。
 双方の最大火力がぶつかり合い、瓦礫が舞い散る。

 ピングが怪鳥の中の何かが砕けるのを感じた時、鼓膜を突き破るような爆発音が轟く。
 耳と目を塞がずにはいられない衝撃と共に、怪鳥が倒れる。

 そして次に目を開けた時には、その姿は丸みを帯びたシルエットに変化していた。
 荒れ果てた闘技場の中央に横たわるのは、小柄なコウテイペンギンだ。

 その姿を全員が唖然と見つめる。
 6人分の荒い呼吸が重なった。

『元に、戻った……!」

 ピングは見えない床に膝をついた。はずだった。

 でも次の瞬間目に飛び込んできたのは、淡青色の澄んだ瞳。目覚めたばかりで上手く動かすことのできない体は、温もりに包まれていた。
 アトヴァルの腕の中に、ピングは居る。

「わ、私も戻った……?」
「ピング」

 消え入りそうな声で呼ばれ、ピングはカラカラの喉で返事をしようとする。

「アトヴァ……っ」

 頭を抱きしめられて、言葉は途切れた。
 ふわふわと癖のあるピングの金の髪に、アトヴァルのサラリと真っ直ぐに長い金の髪が触れる。
 ピングの体が小刻みに揺れるのは、アトヴァルの肩が震えているからだ。

「……良かった」
「ありがとう、アトヴァル」

 怪鳥との戦いで乱れてしまったアトヴァルの頭を撫でると、抱いてくれる手がピングの腕に食い込んでくる。
 少し痛かったが、ピングはそのまま体を預けた。

「ピング殿下ー!」

 声を聞いただけでピングの胸が跳ねた。
 顔を向けると、ティーグレが恐ろしい勢いでこちらに走ってきている。
 先ほどまでのギリギリの戦闘で疲れ切っているとは思えない速さだ。

 背後ではホワイトタイガーがティーグレについて行くことをせずにペンギンを舐めて揺さぶっている。しかしティーグレは必死すぎて、そんなことは気に留めていないようだった。

 ピングは重い腕をゆっくりと上げる。

「ティー、グレ」
「生きて! ますね!」

 ティーグレはズシャッと音を立ててピングとアトヴァルの目の前で止まる。
 かと思うと、その場に崩れ落ちて膝を地面についた。白い頬に触れ、首、胸、腹を形を確かめるように撫でてきた。

「生きてる……」

 そう呟いた時の表情は、ピングは一生忘れないだろう。
 胸が締め付けられる、愛おしさが溢れる目をしていた。
 言葉に詰まって何も言えないピングに、ゆっくりとティーグレの顔が近づいてくる。

「ティ……ぐぇっ」

 目を閉じようとしたピングの胸が押し潰され、カエルが潰れたような音が出た。ティーグレの体が傾いて、ピングの上に倒れ込んだのだ。

 状況が確認できると、血の気が引く。

「ティーグレ!! どうしたんだ!」

 ピングはなんとか動く手で広い背中を揺さぶった。どこかに怪我はないのかと首が動く範囲で確認しようとする。

 すると、アトヴァルの至極冷静な声がピングの元に落ちてきた。

「寝てますね」
「ね、寝てる……? 本当にそれだけか?」
「魔力の消耗が激しすぎたんでしょう。ゆっくり休めば大丈夫です」

 不安で泣きそうになっているピングの額を撫で、アトヴァルは穏やかに頷く。

 ティーグレはずっとピングの精神と魔力の器を守ってくれていた。常に魔力を吸い取られながら怪鳥に立ち向かってくれていたのだ。
 体力も精神力も魔力も、もう限界だったに違いない。
 使い魔のホワイトタイガーも、いつの間にか姿を消していた。

 ピングは呼吸に合わせて上下する背中をゆったりと摩った。

「ありがとう」

 起きたらまたきちんと伝えなければならない。
 ピングは戻ってきたリョウイチたちにも目を向けて、「ありがとう」と「迷惑かけてごめん」と。

 それから。

 何をどのように伝えようかと、気だるい身体で考えていた。

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