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二章
36話 本音
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一緒にいたティーグレもリョウイチも、表情を引き締めた。
「……そうか」
木々の騒めきも、小鳥の囀りも、湖のさざめきも、全て遠のく。
震えそうな声を、歪みそうな顔を、逃げたくなる足を。
叱咤して真っ直ぐに澄み切った氷のような青い瞳を見据える。
「逆の立場なら、私もお前を疑った。お互い様だろ」
「そうでしょうね……お互い、いない方が得だ」
流れるように出てきたアトヴァルの言葉に、ピングは眉を寄せる。
軽口を言っている風でもない。
禁句とも言える言葉をわざわざ口に出すなど迂闊がすぎるが、今この場にいる者がアトヴァルに不利なことはしないという自信があるのかもしれない。
ティーグレもリョウイチも、争いの火種を大きくしたりはしない人間だ。
ピング一人が騒いだところで、まともに耳を傾けるのはおそらく皇后ただ一人。
アトヴァルの発言は、今、この場でのみの本音ということだろう。
声を荒げるのも大人気ないし、ピングも本音を混ぜて対話することにした。腹を割って話す、いい機会かもしれない。
「私はそう思わない。お前は私が消えたら好都合かもしれないが、私はお前がいてもいなくても立場は変わらないし……失脚したところで皇太子なんて身に余る地位から退けるだけで、困ることは一つもないからな」
だから、お前を狙うことはないと伝えたかったのだが、言い方が悪かった。
ピングが言葉を終えた瞬間、涼しげだったアトヴァルの顔色が変わる。
「貴方はそんな覚悟で皇太子の地位にいるのか!」
「……っ!」
雷の魔術でも使ったかのようにビリビリと肌に響く剣幕だった。
常に冷静で、理知的で、反発したそうでも飲み込むアトヴァルからは考えられない声量だ。
完全に気圧されたピングだったが、同時に感情の栓を抜かれた。目元が熱くなり、握りしめた手が痛い。
「な、なりたくてなったと思うのか? お前には分からないだろう? どう考えても分不相応で、母上にいつでも辞めて良いなんて言われている私の気持ちが。お前になら、皆が頭を下げて皇太子でいてくれって言うに違いないのに……っ」
「分かっていないのは貴方の方だ。貴方はただのピングでいれば良いと、それは皇后の愛だろう。皇族に生まれて、そんな、幸福な……っ!」
言葉を切ったアトヴァルが奥歯を噛み締める。水々しい草を踏み締め、両拳を握りしめ、感情が爆発するのを耐えている。
二人は、全く同じ姿で睨み合っていた。
すぐ側で見ているリョウイチは、落ち着かなげに黒い髪をグシャリと握る。
「止めない方がいい、かな」
「そうだな。とりあえず言いたい事を言わせてみよう」
ティーグレは緩く笑みを浮かべて頷き、避難するようにこっそり近づいてきたペンギンの頭を撫でた。
そんな周囲の様子など全く目に入らなくなったピングは、腹の底から声を張り上げる。
「幸福なのはお前だ! 天才だからなんでも出来て、華やかでみんなに慕われて!」
「私が血反吐を吐いて勝ち取った能力を天才の一言ですまさないでください! 私が慕われるというが、貴方は何もせずとも皇帝にも皇后にも愛されて」
「何もしてないだと!? ほら、やっぱり出来るやつには分からない! 結果が出なければ努力が足りないと断じてしまう! ふざけるなふざけるな!!」
「ふざけてるのはそっちだ! 貴方は自分が恵まれていることを自覚するべきだ!」
アトヴァルに、言いたいことは山ほどあった。
一度声に出したら止まらない。
それはアトヴァルも同じだったようで、何を言っても怒鳴り返してくる。
自分よりも体の大きいアトヴァルに、ピングは不思議と怯むことなく言葉を投げつけていた。
「「お前なんかっ!生まれてこなければよかった!」」
言葉の刃が重なった時、双方が無意識に魔術を発動させてしまった。
ピングは太陽のような赤を纏い灼熱地獄を、アトヴァルは青を纏い絶対零度を生み出しぶつかり合う。
そして。
学園中に轟く大爆発の衝撃と共に、ピングの意識は途切れてしまった。
「……そうか」
木々の騒めきも、小鳥の囀りも、湖のさざめきも、全て遠のく。
震えそうな声を、歪みそうな顔を、逃げたくなる足を。
叱咤して真っ直ぐに澄み切った氷のような青い瞳を見据える。
「逆の立場なら、私もお前を疑った。お互い様だろ」
「そうでしょうね……お互い、いない方が得だ」
流れるように出てきたアトヴァルの言葉に、ピングは眉を寄せる。
軽口を言っている風でもない。
禁句とも言える言葉をわざわざ口に出すなど迂闊がすぎるが、今この場にいる者がアトヴァルに不利なことはしないという自信があるのかもしれない。
ティーグレもリョウイチも、争いの火種を大きくしたりはしない人間だ。
ピング一人が騒いだところで、まともに耳を傾けるのはおそらく皇后ただ一人。
アトヴァルの発言は、今、この場でのみの本音ということだろう。
声を荒げるのも大人気ないし、ピングも本音を混ぜて対話することにした。腹を割って話す、いい機会かもしれない。
「私はそう思わない。お前は私が消えたら好都合かもしれないが、私はお前がいてもいなくても立場は変わらないし……失脚したところで皇太子なんて身に余る地位から退けるだけで、困ることは一つもないからな」
だから、お前を狙うことはないと伝えたかったのだが、言い方が悪かった。
ピングが言葉を終えた瞬間、涼しげだったアトヴァルの顔色が変わる。
「貴方はそんな覚悟で皇太子の地位にいるのか!」
「……っ!」
雷の魔術でも使ったかのようにビリビリと肌に響く剣幕だった。
常に冷静で、理知的で、反発したそうでも飲み込むアトヴァルからは考えられない声量だ。
完全に気圧されたピングだったが、同時に感情の栓を抜かれた。目元が熱くなり、握りしめた手が痛い。
「な、なりたくてなったと思うのか? お前には分からないだろう? どう考えても分不相応で、母上にいつでも辞めて良いなんて言われている私の気持ちが。お前になら、皆が頭を下げて皇太子でいてくれって言うに違いないのに……っ」
「分かっていないのは貴方の方だ。貴方はただのピングでいれば良いと、それは皇后の愛だろう。皇族に生まれて、そんな、幸福な……っ!」
言葉を切ったアトヴァルが奥歯を噛み締める。水々しい草を踏み締め、両拳を握りしめ、感情が爆発するのを耐えている。
二人は、全く同じ姿で睨み合っていた。
すぐ側で見ているリョウイチは、落ち着かなげに黒い髪をグシャリと握る。
「止めない方がいい、かな」
「そうだな。とりあえず言いたい事を言わせてみよう」
ティーグレは緩く笑みを浮かべて頷き、避難するようにこっそり近づいてきたペンギンの頭を撫でた。
そんな周囲の様子など全く目に入らなくなったピングは、腹の底から声を張り上げる。
「幸福なのはお前だ! 天才だからなんでも出来て、華やかでみんなに慕われて!」
「私が血反吐を吐いて勝ち取った能力を天才の一言ですまさないでください! 私が慕われるというが、貴方は何もせずとも皇帝にも皇后にも愛されて」
「何もしてないだと!? ほら、やっぱり出来るやつには分からない! 結果が出なければ努力が足りないと断じてしまう! ふざけるなふざけるな!!」
「ふざけてるのはそっちだ! 貴方は自分が恵まれていることを自覚するべきだ!」
アトヴァルに、言いたいことは山ほどあった。
一度声に出したら止まらない。
それはアトヴァルも同じだったようで、何を言っても怒鳴り返してくる。
自分よりも体の大きいアトヴァルに、ピングは不思議と怯むことなく言葉を投げつけていた。
「「お前なんかっ!生まれてこなければよかった!」」
言葉の刃が重なった時、双方が無意識に魔術を発動させてしまった。
ピングは太陽のような赤を纏い灼熱地獄を、アトヴァルは青を纏い絶対零度を生み出しぶつかり合う。
そして。
学園中に轟く大爆発の衝撃と共に、ピングの意識は途切れてしまった。
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