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二章
33話 いいこと
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「みぃつぅけぇたぁぞぉおお」
「どうしたんや怖い顔して」
緑が多い温室内では、花のように赤い髪はとてもよく映えて目立つ。すぐに見つけることができた。昼休みは来る人が少ないから余計にだ。
ピングは隣をのんびりと歩くペンギンを置いて大股で薬草と薬草の間を突き進む。指輪を握りしめた手を顔に突きつけると、ローボは目を瞬かせた。
とぼけた表情で首を傾げて震える指輪を見るローボの頬に、ピングはグリグリと白くなった宝石を押し付ける。
「あの変な夢はお前のせいか」
「痛い痛い! ……変な夢って?」
緩んだ目元がピングを揶揄ってやろうと目論んでいるのが丸わかりだ。その手には乗るかと、ピングは目を吊り上げた。
「変な夢は変な夢だ! 心当たりがあるだろう!」
「気持ち良かったやろ? 相手は誰やった?」
「言うわけないだろう!」
「もしかして人やなかったか?」
「人だ!!」
楽しげなローボとは正反対に、ピングは全身鳥肌を立てた。ようやく追いついてきたペンギンが、大きな声に驚いたのかつるりと転けてしまう。
人じゃない場合があるということか。おぞましい想像をして腕をさすった。
だが、親しい幼なじみが相手だったことを考えると、人ならざるモノの方が気まずさがなくてマシだったかもしれないとも思う。
朝、迎えにきてくれたティーグレは驚くほど普通だった。ピングの夢の中であんなに淫らなことをしておいて、何事もなかったかのように。
あまりにもはっきりしていたから、二人の夢が繋がるような魔術なのかと思っていたがピングのみが見た夢だったようだ。
文句のひとつでも言ってやりたいのに言えないもどかしさと、あの醜態が現実でなくて良かったと思う安心感と。
(なんか、肩透かしというか……)
思い出すだけで腹の奥が熱くなるあの経験を、ティーグレにも共有して欲しかったと思う自分がいる。言葉に出せないのが、不思議とモヤモヤした。
ピングは心の曇りを拭い去るように、改めてローボの手を掴んで指輪を乗せる。
「とにかく、これは返す。何が恋のお守りだ!」
「淫夢の魔術が解けた、白くなった石が恋のお守りなんやで~最初の夢はサービスサービス」
「なんだそれは……!」
こんなに要らないサービスは聞いたことがない。眉間の皺を濃くするピングだが、ローボは全く怯まずに指輪を押し付け返して来る。
「まぁ要らんのやったら誰かに渡し。そいつの恋が叶うだけやから」
「本当に?」
「ほんまほんま」
胡散臭いというのに、どこか真実味を感じるのは夢のせいか。それともローボの商才なのだろうか。
生来素直なピングは、言い切られてしまうと心が揺らぐ。
「好きな人がいなかったら?」
「ええ出会いがあるで」
「そうなのか」
良い出会いとは、曖昧な表現だ。
(恋のお守りで出会える良い人って)
運命の人に会えるということなのかと、ピングはじっと手の中の白い輝きを見つめる。隣に立つペンギンが、嘴で興味深そうにツンツンとつついてきた。
突っ返すつもりが、本物かどうか試してみたい気持ちも湧いてきてしまう。
不意に、触れ合っていたチョコレート色の手に力が籠った。
「例えば、俺とかな」
「へ」
ぐい、と引き寄せられたかと思うと、いつの間にかピングはローボの腕の中にいた。流れるような動きで顎を撫でられ、赤い瞳が間近で妖艶に揺れる。
「皇太子様、かわええから色々教えたるで」
「い、色々?」
数多の獲物を絡め取ってきたであろう、甘い声で囁きかけてくる。腰を抱かれたピングは抵抗することも忘れて困惑するしかなかった。
「そう、色々……ええこと」
ピングが固まってしまっているのを良いことに、湿った吐息が触れ合う距離になる。鼻先と鼻先が掠めた。
「そこまで」
深く短い声が場の空気を壊す。
「どうしたんや怖い顔して」
緑が多い温室内では、花のように赤い髪はとてもよく映えて目立つ。すぐに見つけることができた。昼休みは来る人が少ないから余計にだ。
ピングは隣をのんびりと歩くペンギンを置いて大股で薬草と薬草の間を突き進む。指輪を握りしめた手を顔に突きつけると、ローボは目を瞬かせた。
とぼけた表情で首を傾げて震える指輪を見るローボの頬に、ピングはグリグリと白くなった宝石を押し付ける。
「あの変な夢はお前のせいか」
「痛い痛い! ……変な夢って?」
緩んだ目元がピングを揶揄ってやろうと目論んでいるのが丸わかりだ。その手には乗るかと、ピングは目を吊り上げた。
「変な夢は変な夢だ! 心当たりがあるだろう!」
「気持ち良かったやろ? 相手は誰やった?」
「言うわけないだろう!」
「もしかして人やなかったか?」
「人だ!!」
楽しげなローボとは正反対に、ピングは全身鳥肌を立てた。ようやく追いついてきたペンギンが、大きな声に驚いたのかつるりと転けてしまう。
人じゃない場合があるということか。おぞましい想像をして腕をさすった。
だが、親しい幼なじみが相手だったことを考えると、人ならざるモノの方が気まずさがなくてマシだったかもしれないとも思う。
朝、迎えにきてくれたティーグレは驚くほど普通だった。ピングの夢の中であんなに淫らなことをしておいて、何事もなかったかのように。
あまりにもはっきりしていたから、二人の夢が繋がるような魔術なのかと思っていたがピングのみが見た夢だったようだ。
文句のひとつでも言ってやりたいのに言えないもどかしさと、あの醜態が現実でなくて良かったと思う安心感と。
(なんか、肩透かしというか……)
思い出すだけで腹の奥が熱くなるあの経験を、ティーグレにも共有して欲しかったと思う自分がいる。言葉に出せないのが、不思議とモヤモヤした。
ピングは心の曇りを拭い去るように、改めてローボの手を掴んで指輪を乗せる。
「とにかく、これは返す。何が恋のお守りだ!」
「淫夢の魔術が解けた、白くなった石が恋のお守りなんやで~最初の夢はサービスサービス」
「なんだそれは……!」
こんなに要らないサービスは聞いたことがない。眉間の皺を濃くするピングだが、ローボは全く怯まずに指輪を押し付け返して来る。
「まぁ要らんのやったら誰かに渡し。そいつの恋が叶うだけやから」
「本当に?」
「ほんまほんま」
胡散臭いというのに、どこか真実味を感じるのは夢のせいか。それともローボの商才なのだろうか。
生来素直なピングは、言い切られてしまうと心が揺らぐ。
「好きな人がいなかったら?」
「ええ出会いがあるで」
「そうなのか」
良い出会いとは、曖昧な表現だ。
(恋のお守りで出会える良い人って)
運命の人に会えるということなのかと、ピングはじっと手の中の白い輝きを見つめる。隣に立つペンギンが、嘴で興味深そうにツンツンとつついてきた。
突っ返すつもりが、本物かどうか試してみたい気持ちも湧いてきてしまう。
不意に、触れ合っていたチョコレート色の手に力が籠った。
「例えば、俺とかな」
「へ」
ぐい、と引き寄せられたかと思うと、いつの間にかピングはローボの腕の中にいた。流れるような動きで顎を撫でられ、赤い瞳が間近で妖艶に揺れる。
「皇太子様、かわええから色々教えたるで」
「い、色々?」
数多の獲物を絡め取ってきたであろう、甘い声で囁きかけてくる。腰を抱かれたピングは抵抗することも忘れて困惑するしかなかった。
「そう、色々……ええこと」
ピングが固まってしまっているのを良いことに、湿った吐息が触れ合う距離になる。鼻先と鼻先が掠めた。
「そこまで」
深く短い声が場の空気を壊す。
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