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一章

21話 放課後の過ごし方

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「あ、あの……この後、一緒に街へ出ないか?」

 食事後、ピングは勇気を振り絞ってリョウイチのローブの裾を引っ張った。

 一つの島が全て学園の敷地だと言えるこの場所には、街は存在しない。
 ただし移動の魔術が施されたスポットであれば、許可を得て外出することが許されている。

 今日はもう何も無いから、と、人生で初めて「人を外出に誘う」ということをしてみたのだが。

「わー! ごめんピング! アトヴァルと約束があるんだ」

 リョウイチはバチンッと両手のひらを合わせて頭を下げた。
 今日何度もリョウイチの口から出てきた「アトヴァル」という名前が、ピングの胸に深く突き刺さる。これ以上は笑顔の仮面が剥がれて泣いてしまいそうだった。

「そうか、先約があるなら仕方ないな」

 出来るだけ取り繕ったつもりだが、隣でペンギンがしょんぼりと項垂れてリョウイチの足にすり寄る。

「もし、ピングが良ければ一緒にくる?」
「いや、遠慮する」

 ピングは考える前に首を振る。
 気を遣ってくれたのだろう。心優しいリョウイチらしいが、アトヴァルと一緒に放課後を過ごすなんて気まずいにもほどがある。
 しかも、約束しているところに割り込むなんて。

「じゃあ俺と出かけましょうピング殿下」

 前触れなく両肩に大きな手のひらが置かれ、ピングは振り返りもせずに乾いた笑みを浮かべた。
 声の主はいつもいつも、タイミングが良いのか悪いのか分からない。

「お前はいなくなったと思ったら唐突に現れるな」
「そんな……Gみたいな言い方しなくても」

 悲しげに肩を落としたティーグレの出した単語は、またピングもリョウイチも知らないものだった。

「ジー?」

 二人が揃って首を傾げれば、ティーグレはへらりと笑って手を軽く振る。

「食堂で出す単語じゃなかったな。リョウイチ、アトヴァル殿下は中庭でもう待ってたぞ」
「え! 早い! 行ってくる!」

 リョウイチの動きは早かった。ごちそうさま、と手を合わせたかと思うと勢いよく立ち上がる。周りの生徒が振り返るほどの早足でローブをたなびかせ、食堂から出て行ってしまった。

 テーブルからは綺麗に空になった食器が消え、まだ温もりの残る椅子にティーグレが腰掛ける。

「……ティーグレぇ」
「どうしましたかわいい顔して」

 ベロンっと上半身をテーブルに預け、顔を傾けたピングはしょんぼりと眉を下げ大きな瞳を揺らす。

「やっぱり勝ち目ないのか」

 顔を見た瞬間は憎まれ口を叩いたものの、ティーグレの顔を見たら安心してしまって。
 人前なのに泣きそうだった。
 鼻声になっているピングを見下ろすティーグレは、頬杖をついて微笑した。一体どういう笑みなのか、全く読めない。

「それはリョウイチに聞かないと分かんないです」
「少しはこう……親友を応援してくれたりとかないのか」
「ピング殿下の幸せを俺ほど願ってる奴は居ません」
「適当言って誤魔化すな」
「本当ですって。なぁ」

 ティーグレは膝下に顔を出したペンギンの小さな頭を覆うように撫でる。
 ペンギンは心地良さそうに目を細め、ティーグレが手を離そうとすると羽を動かして抗議した。

「かわいいなぁ」

 デレデレと笑うティーグレの膝の上に乗せられてご満悦顔のペンギンを、ピングは呆れた顔で眺める。
 なんだか悩んでいるのが阿呆らしくなってきた。

「で、お前はどこで何してたんだ」
「アトヴァル殿下が中庭でリョウイチを待ってるのを見てました」
「聞かなきゃよかった」

 普通のことだとでも言うようなティーグレから逃げるように、ピングはげんなりとテーブルに置いた腕の中に顔を埋める。

 この男も、いつもアトヴァルアトヴァルとピングの気持ちを盛り下げてくるのを忘れていた。
 ティーグレはピングが顔を隠してもめげずに言葉を振りかけてくる。

「聞きません? 可愛かったですよ。『別にリョウイチと過ごすのが楽しみすぎて早く着いたわけじゃない。本をゆっくり読みに来ただけだから』って心の中で言い訳してるのが全身から溢れてる感じが」
「聞かない!!」

 早口で淡々と続けられる言葉を止めるため、ピングはやかましい口に容赦なく手のひらをぶつけた。
 
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