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一章

18話 濃厚

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 赤い髪の生徒は目を細め、ピングを見たまま青い髪の生徒の足の間に膝を割り入れた。
 腰にあった手が赤い髪の生徒の双丘に移動していく。

(私に気づいたのか?)

 もしそうであれば羞恥で体を離しても良いくらいなのに、まるでワザと見せつけられているようだ。
 二人の下半身が先ほどまでよりも密着して、淫靡な雰囲気を作り出した。

 騒つく胸を抑えながらリョウイチを盗み見ると、目線があっち行きこっち行きと忙しなく動いていた。
 ピングも何度も見てしまっていることを後悔しながら、ソワソワと体をゆする。

 もうこの空気が辛い。つられて心が煽られる。
 ずっと同じ姿勢でいるのもしんどくなってきて、足を少し横にずらす。

 不意に、手の甲と手の甲が触れ合った。こんな状況だからだろうか。リョウイチの手は異様に熱く感じて。
 きっとピングの手もそうだ。

「あ、ごめん」
「いや、私が……っ」

 互いに顔を向け合うと、呼吸が触れ合うほど近くてピングは息を飲む。リョウイチも、慌てて離れた。

 体全体の血が沸騰しそうだ。
 耳まで真っ赤にしたピングは、抱え込んだ膝に顔を埋めた。
 拳ひとつ分は離れたリョウイチが、黒い瞳をチラリと向けてくる。

「ピング」
「な、ななんだ」
「あの」
「ピング殿下ー! いますかー!」

 リョウイチの言葉の続きは、大きな声が掻き消してしまった。
 ピングとリョウイチは文字通り尻で飛び上がり、濃厚な口付けを交わしていた二人も唇を離す。

 バタバタとらしくない足音を響かせ、植物の間からティーグレが姿を現した。

「あ、悪い悪い邪魔したな! ピング殿下見なかったか?」

 まだ抱き締めあったままだった二人を見つけたティーグレは、ピングには信じられないほど軽い調子で首を傾げる。
 完全に体を離した青い髪の生徒は、恥じる様子も慌てる様子もなく丁寧に頭を下げた。

「お力になれず申し訳ございませんが、存じあげません」
「そっかー」

 ティーグレは腰に手を当ててキョロキョロと周囲を見渡している。ピングは、

「ここにいる!」

 と声を上げたかったが、それでは隠れて見ていたことがバレてしまって気まずい。リョウイチと共に動かず息を潜めていた。
 しかし、

「え……っ」

 ピングは喉の奥で声を出してしまう。 

 赤い髪の生徒がティーグレの肩に片手を置いて顔を近づけたのだ。自然と腰が上がりそうになったのをリョウイチに抑えられなければ、立ち上がっていただろう。

 抵抗することなく顔を寄せたティーグレの耳元に、艶やかに微笑む唇が近づく。
 すると、紫の瞳が間違いなくピングたちを見た。

 その後は何事もなく、二人は背を向けて立ち去っていく。

「仕切り直しやなー」
「もういい萎えた」

 先ほどまでの熱を全く感じない会話が遠ざかるのを聞きながら固まっていると、ティーグレが真っ直ぐにピングたちの方へとやってきた。
 薬草の上から、縮こまっている二人をニヤニヤと見下ろしてくる。

「覗き見なんて、二人していい趣味だなー」
「お前が言うな」

 間髪入れずにピングは言い返すが、隣のリョウイチは大きく息を吐いてティーグレに手を合わせてみせた。

「見るつもりはなかったんだけど、出ていけなくなってさー! 助かったよティーグレー!」

 ティーグレはうんうんと頷き、よく見ると額に滲んでいた汗を拭う。

「ああ、フラグへし折るために飛ばしてきた甲斐があったな」
「フラグ」
「旗?」

 旗を折るとは一体どういうことなのか。
 ピングとリョウイチが顔を見合わせていると、ティーグレはポンっと手を叩いた。

「まぁとにかく。二人とも、ちゃんと必要な薬草摘んで魔術薬の教室行きましょう」
「おー!」

 すぐに切り替えたらしいリョウイチは、ぴょんっと勢いをつけて立ち上がる。
 グッと伸びをする様子が爽やかな色の植物たちと似合っていて、ピングはつい先ほどまでのトキメキを思い出した。

(いい雰囲気だった……気がするのにティーグレのやつー!)

 リョウイチが何を言いかけていたのか気になるが、教科書を開いて学生モードになっているリョウイチに今更聞きにくい。ピングは心の中で大暴れしながら、うらめしい目でティーグレを見てしまう。

 視線を受け止めたティーグレは意味を理解しているのかいないのか。

「ほら、ピング殿下」

 機嫌良さそうに手を差し出してきた。

「急ぎましょう」
「あ、ああ……っわぁ!」

 ピングは手に馴染んだ温もりを握りしめ、立ちあがろうとしてよろめいた。
 ティーグレの胸に頭を激突させ、肩に縋る。そのままプルプルと震えて動けなくなった。

「ど、どうしました?」
「ピング大丈夫?」

 覗き込んでくるティーグレとリョウイチを、ピングは大きな瞳を潤わせながら見上げる。

「あ、足が痺れて動けないぃ」

 冗談でなく膝が笑っている。
 少し動かすだけでジュワンっと嫌な感じが体中に走った。

 そんなピングを見下ろしていたティーグレとリョウイチは、揃ってニヤリと笑う。

「待て、なんだその顔は。ダメ、ダメだぞ? 本当に……っ!」

 温室中に、一国の皇太子の悲鳴が響き渡った朝だった。
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