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三章

クレープ屋

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「どれも美味そうすぎる」
「なるほど。すみません、これ三種類ください」
「えっ」

 最近流行っているというクレープ屋のメニューを見て藤ヶ谷が唸っていると、杉野があっさりと全種類店員に注文した。
 列に並んでいる間中、ああでもないこうでもないと悩んでいた藤ヶ谷は慌てて杉野と山吹を見る。

 勝手に注文された山吹も特に文句を言わず。嫌そうな顔もせずに微笑んでいた。

「はい。藤ヶ谷さんはとりあえずこれ」

 店の横に立ちながら食べられるスペースがある。
 そこで杉野が藤ヶ谷に差し出してきたのは、バレンタインデー限定のチョコクレープだった。
 チョコレートホイップとしっとりとしたチョコブラウニーを茶色い生地が包んでいる、チョコレート尽くしのクレープだ。

「あ、ありがとう……」
「お前はこっちな」
「ん、なんでも。俺一口でいいから藤ヶ谷さんどーぞー」

 山吹が受け取ったのはこの店の看板商品であるレアチーズケーキをイメージしたクレープだ。
 生クリームとチーズクリームの加減が絶妙なのだと、藤ヶ谷が下調べした時に書いてあったのを思い出す。

 それを、本当に一口だけ齧って山吹は藤ヶ谷に差し出してきた。
 しかも、

「すみません、ちょっと抜けます」

 と、どこかへ歩いて行ってしまった。

「え? えっと……?」

 反射的にクレープを受け取ってしまった藤ヶ谷は、混乱して杉野に説明を求める視線を送る。

「あいつはコレの時間ですよ」

 杉野は唇まで手を持ってきて前後させた。
 どこか色気の漂うその仕草を見て、藤ヶ谷はハッとする。

「な、投げキッス? ナンパか?」
「タバコです」

 藤ヶ谷の導きだした答えに、杉野はくすりと笑いながら教えてくれた。
 肩を震わせている杉野を見て、藤ヶ谷は二つのクレープで顔を隠す。
 自信満々に頓珍漢なことを言ってしまって恥ずかしい。

 それもこれも、山吹の普段の行いのせいだと内心で八つ当たりする。

「これも食べれます?」

 何も出来ないでいる藤ヶ谷に、杉野もクレープを齧って差し出してきた。
 生クリームとイチゴがたっぷりと飾ってあるクレープは魅力的だったが、流石に藤ヶ谷は首を振る。

 腹には問題なく収まるだろうが、申し訳なかった。

「それじゃほぼ3つとも俺じゃん……なんで買ったんだよ」
「見てたら欲しくなるんですよ。でもいつも一口で満足するんです。食べてくれると助かります」
「そういう、もん?」

 いつも一緒に居るから知っている。
 杉野は普段甘いものを食べない。
 山吹もだ。流行りのスイーツの情報はたくさん持っているが本人はほとんど食べないのだ。
 甘いコーヒーが有名なチェーン店に入っても必ずブラックコーヒーを頼むし、

(そういえば3人で飯食った時にデザート全部渡されたな)

 ということも藤ヶ谷は思い出した。
 今回も甘いものが好きな藤ヶ谷だけのために、2人とも付き合って買ってくれたのだ。

(俺、王子様だな完全に……)

 2人に感謝しながら、藤ヶ谷はまずは自分のクレープを口に含む。
 チョコレートの甘味と少しの苦味が広がって、口内が幸せだ。
 顔を綻ばせてパクパクと口いっぱいに頬張っていく。

「いつもありがとな」

 幸福感から、自然と言葉がこぼれ落ちた。
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