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二章

車に揺られて

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「杉野、あそこにいるおじさまかっこいいな?」
「ベータだと思いますよ」
「分かってるよ。ノリ悪いなぁ」

 窓越しに道行く紳士を指差した手をひっこめた藤ヶ谷は、文句を言いながらもくすくすと肩を震わせる。

 予定通り買い物を済ませ、付き合って貰ったお礼の夕飯をご馳走した帰り道。
 藤ヶ谷は電車で帰ると言っているのに、「暗いから送る」と半ば強制的に杉野の車に乗せられて揺れていた。

 心地よい運転とカーオーディオから流れるスローテンポの曲が眠りを誘う。
 歩き回った疲れも相まってウトウトしそうになるのをなんとか耐え、背もたれから少し体を起こす。

「寝てても良いですよ。着いたら起こします」
「そんなん悪いだろ。なんか話そうぜ」

 藤ヶ谷の様子に気が付いた杉野が一時停止し、後部座席からブランケットを取り出そうとするのを慌てて止める。
 先に進むように促すと「無理はしないでください」と釘を指してから車を再出発させた。

 だが話そうと言ったものの話題が浮かばず、真剣な表情で前を向いている杉野の横顔をぼんやりと眺める。
 外からの光で浮かび上がる顔のラインは、芸術的なほどに整っていた。
 暫くそうしていると、チラリとこちらを見た杉野と視線が交わる。

「なんですか」
「いやー、男前だなと思って」

 真っ直ぐ見つめながら思ったことを正直に答えると、スッと視線を外された。
 表情が変わらない上に暗くて分かりにくかったが、耳が少し赤くなっている。

 褒められ慣れていても照れることがあるのかと、藤ヶ谷は内心で微笑ましく感じた。
 そして、揶揄いたい気持ちが湧いて来たのをグッと堪える。

 短い沈黙だったのに耐えられなくなったのか、杉野が口を開いた。

「……気になってたこと、聞いてもいいですか」
「ん?」
「藤ヶ谷さんって、なんでそんなにおじさんが好きなんですか」
「好きなのに理由っているか?」

 何を質問されるのかと身構えた藤ヶ谷は、呆けた声で首を傾げる。
 期待していた答えと違ったのか、杉野が小さくため息を吐くのが分かった。

「じゃあ生まれつき枯れ専ってことですか」
「言い方!」

 藤ヶ谷は大きく口を開けて笑い、シートに凭れ掛かる。
 好きなおじさまの話題になると一気に目が冴えてきて、思考が鮮明になってきた。
 落ち着くまでひとしきり笑いながら、どう説明しようかと考える。

「んー、俺が18歳の時まで遡っちゃうんだけど」
「家に着くまで時間あるんでどうぞ語ってください」
「別にそんなドラマチックな話でもないぞ」

 興味津々なことが分かる杉野の言葉の圧に苦笑しながら、藤ヶ谷はまだ大学生だった頃に思いを馳せた。
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