上 下
11 / 110
一章

足手纏いより下

しおりを挟む
 オメガは能力が低いと言われがちだが、藤ヶ谷は自分が周囲に比べて劣っているとは思っていない。
 杉野が入社してくる前も問題なく仕事が出来ていたし、営業成績も悪くはなかった。

 だが間違いなく彼と行動するようになってから、格段に仕事がやりやすい。

「どんなことでも、一度聞いたら忘れないし」
「ははは、若いアルファに多いね」
「本当に読んでるのかってスピードで書類はみてるし。でも、何を聞いても正確に答えるんですよ。アルファって、異次元の頭脳なんだって思ってた」
「あの時の彼に、アルファの僕でもそう思ったよ。自分はなんて無力なんだろう、ともね」

 蓮池が頷いて共感してくれるものだから、アルファでもそういうことがあるのだと安心する。
 それに伴い、普段は気にしたことがないことが沸々と湧き上がってきた。

「無力か……うん。相手の話を聞いてまとめるのも、話すのも上手いし。頭の作りとか違うんだなー助かるなっていつも思ってたけど」

 不安が頭をもたげてきた。
 ハイアルファにとって、アルファでさえ足手纏いだと感じるのなら。自分は杉野にとってどんな存在なのだろうと。

(足手纏いより下って、何……)

 ギュ、と冷たいトールグラスを握ると、カランと音が鳴る。
 美しい薄緑の液体の水紋を瞳に映しながら、唇を噛み締める。

「俺、あいつの仕事の邪魔になったりしてたのかも……」

 改めて言葉にすると、胸に重い物が詰まるような気持ちになる。
 優秀さに感心するばかりで、足手纏いになっているかもしれないなどと考えたことがなかった。
 何故思い当たらなかったのか不思議なくらいだ。
 どんどん頭が薄暗い思考に染まっていく。

 すると、ポン、と優しく頭を撫でられた。

「な、なんて!すみません、酔ってんのかな」

 ハッとして顔を上げ、前髪を掻き上げた。
 無理に明るい声を出し、口角を上げて笑って見せる。
 デートで愚痴をいう人間だと思われたくない。

 しかし、今までで一番柔和な表情で蓮池は微笑んだ。

「なら、もっと酔って色んな話を聞かせてくれ」

 肩を抱き寄せられ、蓮池の胸に頭が触れる。
 触りこごちのいいスーツ生地が頬に触れ、鼓動が伝わってきた。
 体温とフェロモンの香りに包まれて、胸が高鳴る。

「話が逸れてすまなかった。そんな顔をさせるつもりはなかったんだ」

 耳元で聞こえる深い声には、紳士的だった先ほどまでとは違う大人の男らしさを感じる。

「ただ、君に少し残る彼の香りが、『手を出すな』と言っているような気がしてね」
「ええ!?」

 思わず至近距離で声を上げてしまう。
 まさか杉野の香りが移っているとは思っていなかった。
 次からはデートの前にシャワーを浴びようと、藤ヶ谷は心に誓う。

 藤ヶ谷の声に肩を震わせる気配がしたかと思うと、唇が耳に触れるか触れないかのところに迫ってきた。

「妬ける、と伝えたかった」

 身体中の血液が一気に沸騰するかのように感じる、色気のある声。
 藤ヶ谷は赤くなった顔を隠すように、蓮池の胸に頬を擦り寄せる。

「意外です。俺や杉野は、蓮池さんからしたら子どもでしょ?」
「子ども?」

 心外だ、と言うように蓮池は体を離す。
 そして、スルリと朱に染まった藤ヶ谷の頬に手を添える。

「子どもにこんなことはしないよ」

 思わせぶりな台詞と共に顔がゆっくり近づいてくると、藤ヶ谷は期待に揺れる目を閉じた。
 呼吸が触れるのを感じたところで、額に柔らかい物が当たる。
 藤ヶ谷が目を開けると、蓮池は離れていった。

「……おでこ……」

 不服気な声を漏らす。
 残念がっていることが全く隠せない藤ヶ谷の反応を見て、蓮池はクスクスと笑った。

「君は本当にかわいいね陸くん」

 猫にするように、顎の下を擽られる。

(うーっ……余裕が堪らん!)

 むず痒さに身を捩りながらも、藤ヶ谷は機嫌を取り戻した。
 もう、急に頭をもたげてきた杉野への劣等感は胸から消えている。

 柔らかくなった藤ヶ谷の表情を確認した蓮池は、ソファに手をついて立ち上がった。

「さてと」

 目の前に手を差し出され、藤ヶ谷は反射的に握りしめる。決して軽くないはずの体が、力強く引き上げられた。
 蓮池は視線を部屋の反対側にあるダーツボードへと流す。

「次は、勝負するとしようか」 
「負けませんよ!」

 藤ヶ谷が本格的に楽しみ始めたこともあり、この日は本当にダーツをするだけで終わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。

暁月ライト
ファンタジー
魔王を倒し、邪神を滅ぼし、五年の冒険の果てに役割を終えた勇者は地球へと帰還する。 しかし、遂に帰還した地球では何故か三十年が過ぎており……しかも、何故か普通に魔術が使われており……とはいえ最強な勇者がちょっとおかしな現代日本で無双するお話です。

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

処理中です...