上 下
36 / 44
三章

ガッカリ

しおりを挟む
諏訪は慌てて口を動かす。

「い、いやそういうわけじゃなくて」
「キスのコマンド使ったんすか」
「や、俺じゃなくてな? 友だちがな!?」

 取ってつけたような嘘の情報を慌てて口走ると、機械の向こうから唐渡の怪訝そうな相槌が聞こえてくる。

「はぁ。じゃあそういうことにしますけど……Play中のキスが嫌だったって話っすか」
「嫌ってわけじゃ……コマンドつかわれたわけでもなくて。その、サブスペース入っててわけわかんなくて……いや、わけわかんなかったらしくて」

 状況を思い出しながら必死に言い募っていると、唐渡が息を飲む。

「サブスペース……すげぇ……」
「え?」

 心の底から感嘆するような声色を聞いて、諏訪は首を傾げた。サブスペースは教科書にも載っているような用語なのに、珍しいのだろうか。
 だがその疑問は解決することなく、唐渡は話を流してしまった。

「なんでもねぇっす。で、副部長が聞きたいのは恋人でもパートナーでもない相手に、Play中キスはするかってことですよね」
「そうそうそう! そういうこと!」
「します! プレイ中のキスくらい普通!」

 食いつくように首を縦に振っていると、唐渡も勢いよく答えてきた。聞いた途端に、上がっていた諏訪のテンションが急降下する。

「そ、そっか……普通か……」
「全然全く本当にたいした意味はないってお友達に伝えてください。なんか盛り上がってそういうことになるもんっす」
「ん……分かった……」

 早口で唐渡が喋る内容が、全てドスドスと胸に突き刺さってきた。自分で予想したことを聞いておいて、当たっているとなると気持ちが落ち込む。

(……俺、特別だったらいいなって思ってたんだな……)

 諏訪は自分の気持ちにようやく納得する。甘井呂にとって、特別なSubで居たかった。
 諏訪のためにDefenseしてくれたことのある甘井呂が、「自分のSub」だと思ってくれているのではないかと期待していた。

(キス、初めてだったのに……普通かぁ)

 何人ものSubを相手にしたことがあるらしい唐渡が「普通」だというなら普通なのだろう。

「サブスペースなんて、入ってくれたらそりゃ幸せだろうしキスとかしたくなるに決まってる……」
「お前もしたことあんのか?」

 声のトーンが暗く落ちた唐渡にふと違和感を覚えて問いかけると、突然声のボリュームが上がった。

「も、もちろんそんくらい中一で済ませてます!!」
「早くね!? 俺、中一なんてどうやったら先輩追い越してレギュラー取れるかしか考えてなかったぞ!?」
「レギュラー取れないなんて考えたことなかったっす」
「強気すぎだろ唐渡少年」

 自信に満ち溢れた発言が唐渡らしくて笑ってしまう。

 話題がサッカーに移ったからだろう。
 甘井呂のキスが特別じゃないことを、少しだけ頭の隅に追いやることができた。
 唐渡も、生き生きとした笑声で言葉を続ける。
 胸を張ったドヤ顔が目に浮かぶようだ。

「当たり前っすよ。本当はPlayのこととか考えずにサッカーだけしてたいくらいっす」
「あー、分かる」

 Playは嫌じゃない。甘井呂とのPlayは好きだといいきれるくらいだ。
 でも「しなければ体調を崩す」というのは、少し面倒だと感じるのも正直なところだった。

「わ、分かるんだ……ま、いっか。赤点、取らないでくださいね」

 諏訪の返事は唐渡にとっては予想外だったらしく、言葉尻に戸惑いが滲む。でもすぐに持ち直して声が明るくなったので、諏訪は気にせず笑った。

「こっちの台詞だよ。頼むぜお前が居なきゃ勝てねぇから」
「うっす」

 力強い返事を聞いて一緒に頷いた諏訪は、ひとまずキスのことは考えないと決める。

 それでも勉強机に座りながら、スマートフォンについたバスケットボールを指先で弄るのはやめられなかった。
しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

待てって言われたから…

ふみ
BL
Dom/Subユニバースの設定をお借りしてます。 //今日は久しぶりに津川とprayする日だ。久しぶりのcomandに気持ち良くなっていたのに。急に電話がかかってきた。終わるまでstayしててと言われて、30分ほど待っている間に雪人はトイレに行きたくなっていた。行かせてと言おうと思ったのだが、会社に戻るからそれまでstayと言われて… がっつり小スカです。 投稿不定期です🙇表紙は自筆です。 華奢な上司(sub)×がっしりめな後輩(dom)

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...