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一章

あんたは

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 耳に鮮明に届いた言葉。
 聞き慣れない単語なのに、まるで知っているかのように体が反応した。

(なんだ? 今の、何……)

 硬い地面にぺたりと膝と手をついたまま、全く動けなくなった諏訪は呆然とすることしかできない。

「おおー本当にSubだ!」
「何が見たい? 次」
「そりゃいつものじゃん? 舐めさせるヤツー」
「王様って感じだよな」

 三人の足音と会話が迫ってくる。
 恐怖と混乱で、全身が脈打つ。
 何が起こっているのか、自分が何をされたのか。

(逃げなきゃ……違う、俺はこのまま待たないと……待って、次の指示を……あれ? なんで?)

 頭の中で二人の自分がせめぎ合う。
 呼吸が浅くなっているせいで、喉がカラカラになっていた。
 地面と見つめあっていると、そこに派手な色のスニーカーが現れて顔を上げる。

 撒こうとしたはずの三人か、さっきよりも未知で恐ろしく見えた。後ずさりしたいのに、それもできない。

「あ……やだ、待ってくれ、俺は」
Lick舐めろ

 言葉が頭で反響する。
 跪いた諏訪の意思とは関係なく、差し出された足に顔が近づいていくのを止められない。
 だが、心は抵抗していて。
 その矛盾が気持ち悪くて耳鳴りがしてきた。

(やだ!!)
「不良に絡まれてる学ランがいたって聞こえたから来てみたら」

 舌があと少しで土のついた靴に触れるという時だった。
 ドスのきいた、でもどこか耳障りの良い声が聞こえたかと思ったその瞬間。
 何かがぶつかる鈍い音がして、諏訪の目の前から足が消えた。

「甘井呂!」
「テメェまだいたのか!」

 不良が騒ぐ声に反応して、諏訪も顔を上げる。
 倒れているDomの不良と両脇で狼狽えている二人。
 そして、聞こえた通り甘井呂が立っていた。

「セーフワードも決めずにPlayしてんなカスが」

 薄暗くてもサラリとした金髪と整った顔、素晴らしい体格は見間違えない。
 諏訪がサッカー部に誘った時の不快な顔とは比べ物にならないほど、甘井呂は殺気立った目をして唸るような声を出す。

「失せろ」

 甘井呂の容赦ない拳が、立っている不良の一人の腹に叩き込まれた。
 白目を剥いて倒れている二人を見て完全に怯んだ残りの一人は、甘井呂が睨んだだけで仲間を引き摺って逃げていった。
 重そうにノロノロと撤退する姿を、動けないまま諏訪は見送る。

 現実逃避なのか、安心したからなのか。
 ドラマでも見ているようだったと、うまく働かない頭は呑気なことを考えていた。

「おい」

 甘井呂はしゃがみ込んで、諏訪の顔を覗き込んでくる。自分で思っているよりも血の気のない頬をした諏訪は、回らない舌で懸命に答えようとした。

「あ、えぁ……あまいろ……」
「悪かった」

 ふわりと体が温もりに包まれる。
 甘井呂に抱きしめられたのだと認識する頃には、諏訪は厚い胸に顔を埋めた状態で呆けていた。
 不思議だった。
 この間から何をされても、甘井呂が相手だと心地いい。

「んえ? なんで、お前が……謝る……」

 大きな手に背中を撫でられて体から力が抜けていく。諏訪はそこでようやく、自分の身体がガチガチに強張っていたことを知った。
 人生最大の怖い思いをしたはずなのに、疲労が蕩けてもうずっとこうしていたい。

 体調が悪すぎて訳がわからなくなっている諏訪とは対照的に、甘井呂は悲痛な面持ちだ。
 そっと頬に触れて諏訪と目線を合わせてくる。

「はっきり言えば良かった。あんだけ体調悪そうなら、絶対病院いくと思って」
「何の、話だ?」

 甘井呂は悩むようにきゅっと唇を引き締め、それからゆっくり口を動かした。

「あんたは、Subだ」

 徐々に崩れていても見て見ぬ振りをしていた諏訪の中の世界が、ガラリと色を変えた。
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