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一章

気持ち悪いなんて

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 甘井呂と話してから、不思議なことに諏訪の体調は少し回復した。
 だから、

「病院に行け」

 という言葉がずっと頭に引っ掛かって、いかないといけないと掻き立てられても、気持ちを押し込んで過ごせていたのだが。
 数日経ったらまたガクンと体調が落ち込んだ。

 胸の奥がかき混ぜられるような違和感とずっと付き合わなければいけない。

(そろそろ限界かな……くっそー部活休みたくないー)

 昼休みに足を引きずるように購買へと向かいながら、諏訪は腹をさすった。
 熱もなければ咳などの風邪症状もないし、腹を下しているわけでもなく、動ける。
 諏訪の基準では「まだいける」のだ。

 甘井呂の言葉が気になるだけで、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
 食欲は全く無いが、食べなければ部活まで保たない。何を食べようかと頭を働かせていると、

「えーいいじゃん。Subってそういうのがうれしいんだろ? 気持ち悪ぃー」
「上手にできたら褒めてやるからさー」

 会話の一部を聞くだけで不快な気分になる、人を小馬鹿にしたような調子の声が聞こえてきた。
 目を向ければ廊下の端で、特に隠れることもなく三人の男子が一人の小柄な男子を囲んで笑っていた。

「おーい、何やってんだ?」
「す、諏訪」
「なんでもねーよ、な!」

 こういうのは堂々と声を掛けるに限る。
 少しでも後ろめたいことをしていれば、よっぽど強い意志がなければ人は引き下がるものだ。

「強そうな体育会系」というイメージを与えるらしい「サッカー部の副部長」という肩書きも手伝って、薄ら笑いを浮かべていた男子たちは慌てて散っていった。

「人の第二性に興味津々とか小学生かよ……って、佐藤だったのか」
「諏訪……」

 男子生徒たちに囲まれて見えていなかったが、こちらを見上げているのは毎日顔を合わせているサッカー部員だ。
 諏訪はしょんぼりと眉を下げてか細い声を出す佐藤のすぐそばに寄る。
 すると、佐藤は小さくため息を吐いた。

「やっぱり気持ち悪いよね、Subなんて」

 Subには「支配されたい」「尽くしたい」という性質があり、それは「いじめられたい人間である」と勘違いされやすい。
 だから先ほどの男子生徒たちのような言動に繋がってしまうことがあるが、諏訪から言わせればあれはただの口実だ。

 第二性が何であるかなど関係なく、あの手の輩は自分より弱いと思えば軽い気持ちで攻撃する。
 諏訪は微笑んで佐藤の肩を柔らかく叩いた。

「あんなやつらの言うこと気にすんなよ」
「……あいつらだけじゃないよ。唐渡も」
「唐渡?」
「あ、な、なんでもない……」

 視線を落とした佐藤が言い淀むのを見て、深入りしていいのか諏訪は悩んだ。

(酷いPlayだったのかなぁ……)

 先日のSub dropのことといい、唐渡と佐藤の間には何かあったのだろうか。

 サッカー部内では今までなかったから、諏訪がSub dropを目の当たりにしたのは初めてだったが。
 実は唐渡がPlay相手をSub dropさせてしまったのは一回や二回ではない。
 外見が良く目立つため校内で人気の唐渡は、様々なSubを相手にしているとの噂だ。でも、ことごとくSub dropさせてしまうことももっぱらの評判だった。

 部長の鈴木に「退部になる」と脅された理由もそこにある。

(毎回反省はしてるし、わざとじゃないんだろうけど……俺、Playのことはよくわかんないしなー)

 迷ったが、唐渡や佐藤が自分から話したいと思うまで諏訪は何も言わないことにした。
 変に口を出して余計こじれても困る。
 それよりも「気持ち悪い」と第二性をなじられたことをフォローすべきだろう。

 諏訪はガックリと項垂れている佐藤の頭に手を乗せた。同い年でも童顔で小柄な佐藤には、ついつい後輩にするようにしてしまう。

「俺、第二性のことは教科書程度の知識しかないけど」

 部室で覗いたPlayをこっそりと思い出す。
 いじめるとかいじめられるとか、そんなものとは対極にあった。
 ひたすら優しく甘い空気で、ドキドキした。

 諏訪が甘井呂にしてもらったように、佐藤に乗せた手を動かす。
 頭を撫でてもらうなんて、高校生になったらなかなかしてもらう機会がない。
 照れ臭いけど心があったかくなるし気持ちが良いのを、甘井呂が教えてくれた。

「ちゃんと出来たなって褒めてもらえるのは嬉しくて当たり前だろ?」
「優しいーっさすが俺たちの副部長ー君のおかげでサッカー部は平穏だー!」
「頭強い! 頭強い!」

 目を細めた佐藤がグリグリと頭を擦り付けてきて、こそばゆいを通り越して手のひらが痒くなる。
 ふざけられるようになって良かったと、二人でゲラゲラ笑っていると。

「邪魔」

 低く冷たい声が上から降ってくる。
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