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第六章 タカの正体
第六話 市長の供述
しおりを挟む翌日、ふたりは八王子市役所を訪ねた。
受付で用件を告げると、秘書がエレベーターで降りてきて、四階の市長室まで案内してくれた。二十分間という条件つきで、事情聴取の許可を得ている。
部屋へ入ると、中溝市長はすでにソファに座って待っていた。
「お茶は出しませんよ」ムスッとした顔でいった。
「結構です。早速、本題に入ります」
鎧塚は徳大寺とともに対面に腰を降ろすと、一礼して質問を開始する。
「市長は、ОKUHIRAの常務取締役だった七尾康之氏のことはご存じですね」
「ああ。弟の同級生だよ。高校時代はよく家に遊びに来ていた」
「奥平社長に七尾を紹介したのは市長ですね」
「別に紹介などしておらん」
反発するようにいった。
「でも、市長から七尾常務を紹介されたと、奥平さんが言っておられましたよ」
「奥平さんが?」
「ええ」
中溝は黒目を不自然に泳がせる。
「パーティーの場で引き合わされたとのことでした」
「あ、ああ……そういえば……五年ほど前だったかな……奥平さん主催のパーティーに参加した際、偶然ヤスを見かけたので……あぁ、ヤスというのは七尾康之のことだが……奥平さんにヤスを、いや七尾康之を……紹介したことはあったかもしれない」
「その際に、奥平さんの会社で雇ってほしいと依頼されたそうですね」
「依頼を? わしが?」とぼけるようにいう。
「記憶にありませんか?」
「よく思い出せないな。あるいは言ったのかもしれない。当時、ヤスは職を失って、困っている様子だったからね。しかし、それは依頼ということではなく、あくまで相談という形だ」
「それでも奥平さんは、市長からの依頼だと受け取ったようです」
「彼がどう感じたかは知らない。少なくとも、わしは圧をかけるような言い方はしていないはずだ。そもそもヤスは弟の親友であって、わしとはそれほど親しい関係じゃない。話のついでに、ポロッと、『今、社員は募集していないのかね』と奥平さんに訊いたくらいのことだよ」
「しかし奥平さんは、市長の紹介ということで、七尾を常務にまでしています」
「それは彼の勝手だ。わしは役員にしてくれなどと頼んだ覚えはない。入社した以降のことは何も知らない」
「それでも向こうは気を使ったみたいですよ」
「それがどうしたというんだ」
大声でいうと、真っ赤な顔で鎧塚をにらみつける。
「さっきから聞いておれば、五年も前の七尾の入社のいきさつを根掘り葉掘り……いったい、何のつもりだね」
「七尾康之は、二十二年前の強殺犯グループのひとりであると我々はみています」
「だから、何だね」
「犯人は三人組でした。残るひとりが、七尾康之を殺害したと思われます」
「そうかね」
「七尾だけでなく、友部雪乃や薬師丸豪志も手にかけているはずです」
「まさか、それがわしだと言い出す気じゃないだろうな」
中溝市長は、くわっと目を見開いて威嚇する。
「市長の口から説明していただきたいのです」
「何をだね」
「犯人ではないことを」
「言うまでもない」
と、肩をそびやかす。
「わしは当時、すでに市議会議員だったのだぞ。そのわしが、何を好きこのんで強盗殺人などに手を染めなければならないのだ」
「市長選に出馬するのに、お金が必要だったのではありませんか」
「だとしても、強盗などはせん」
「七尾康之氏との関係をもう少し詳しく教えていただけませんか」
「さっきも言ったように、ヤスは弟の親友だった。学生時代はよく家に遊びに来ていたよ。それでわしも自然と話すようになった。だが弟が死んだあと、ヤスはこの町からいなくなった。それが五年前に、ふらっと帰ってきたんだ。さっき話したパーティーの場で、偶然向こうから声をかけてきて、『久しぶりですね、お兄さん』と言われて、ようやく思い出したくらいだ。だから、深い関係なんかない。その場に奥平さんが居合わせたので紹介したまでだ。会社で雇ってくれなんて言った覚えはない。いや、言ったのかもしれないが、忘れてしまった。その程度の関係なんだ。奥平さんが私に気を使ってヤスを常務にしたのは彼の勝手だ」
中溝市長は上気した顔でまくしたてた。自分がゴリ押しで就職させた事実は、あくまで認める気がないようだ。
鎧塚は質問の方向を変えることにした。
「弟の中溝潤さんが亡くなった時のことを伺いたいのですが」
「なんだね」
「二十二年前、墨田区内の公園で亡くなった際、弟さんは駆けつけた刑事に対して、虫の息でこう言っています。『タカに、やられた』と」
「ああ、知っているよ。そのために当時、わしは犯人ではないかと疑われたのだ。だが断じて弟を殺してなどいない。実の弟をあんな残酷な形で殺せるわけがない。君は遺体の状況を知っているかね」
「潤さんは顔を四ヶ所も刺されていました」
「それだけじゃない。犯人はあえて心臓を狙わず、顔や手足を執拗に切りつけている。ひと思いに殺すのではなく、苦しめて苦しめて殺してやる、という強い憎悪のあらわれだ。……鎧塚君、君は身内をそんな風に殺せるかね?」
「……」
鎧塚は沈黙する。
確かに隅田署で見せられた遺体の写真には、顔以外にも手や足に無数の傷跡が刻まれていた。
「いくら憎んでいたとしても無理だよ。できるわけがない。タカという男は、残虐非道で血も涙もない人間だ。あるいは異常性格のサイコパスだろう。わしはあいにく、そのいずれでもない」
市長は充血した瞳で訴えかけるようにいった。
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