38 / 53
第六章 タカの正体
第五話 奥平龍平の弁明
しおりを挟む翌日、鎧塚は朝四時に起床すると、出勤前の時間を使って、小田急線の鶴川駅へ向かった。七年前に亡くなった妻の麻美は、町田いずみ浄苑に眠っている。樹木葬で知られる都内有数の墓地である。樹木葬は、彼女の希望だった。
「私が死んだら、ハッピーと一緒に木の下に埋めて」
生前、冗談めかしていっていた。
もともと彼女の両親がこの地に眠っており、墓参りに訪れたおり、何の気なしに発した言葉だ。
その時、彼女はまだ四十歳だった。
まさか直後に永遠の別れが訪れようとは思ってもみなかった。
彼女としても深い意味などなく発した言葉だったはずだ。
結局、それが遺言となった。
鎧塚は、彼女の願いを叶えるため、愛犬の隣に遺骨を葬った。
どんなに仕事が忙しくても、月命日の墓参を欠かしたことはない。
墓の前に座り、一ヶ月間に起きたさまざまな出来事を報告するのが慣習になっている。それを七年間、欠かすことなく続けている。
この日も一時間ほど天国の妻と会話を交わしてから、捜査本部へ出勤した。
午前十時。
徳大寺とともに、OKUHIRA本社へ向かう。
社長室で奥平と対面した。
「昨日はすいませんでした。せっかくいらしていただいたのに、留守にしておりまして」
「お身体は大丈夫ですか?」
鎧塚が気遣うように問う。
顔が土気色をしている。前回会った時よりも、かなり痩せてやつれたように見受けられる。
「雪乃のことがあってから、よく眠れないんです」うつろな瞳でいった。
「分かります」同情するように小さくうなずく。
養女とはいえ、娘を亡くしたのだから、体調を崩すのは当然といえば当然である。
問題は、彼がタカであるかどうかだ。タカであれば、雪乃を殺したのは彼であり、悲しみの表情はすべて演技ということになる。
「ところで、秘書の寺島から聞いたのですが、刑事さんは七尾の失踪が雪乃の事件と関係があるとお考えのようですね」
「ええ、そうです。七尾常務は、二十二年前に磯部裕也邸に押し入った強殺犯の一員であると考えています」
「それは間違いないのですか?」
「我々はそう見ております」
「そうですか」
呟くようにいって、視線を落とす。鎧塚はその表情を注意深くうかがった。
「そこでおたずねしたいのですが、奥平さんは七尾常務をどのような経緯で採用なさったのですか?」
「どのようにといわれましても……普通に面接して採用しただけですよ」
「奥平さんみずから面接したのですね」
「そうです。私の一存で決めました」
「入社はいつです?」
「五年ほど前です」
その言葉に、ふと疑問を覚えた。
「七尾さんはその時点ですでに四十代後半ですよね」
「ええ。たしか四十八歳だったと思います」
「よほど、他社で実績があったのですか?」
「……なぜです?」
「実績もない五十手前の男性を、いきなり常務取締役で雇い入れるというのは、普通では考えられませんから」
「……」
「それで、他社で要職に就くなど、実績を重視されたのだろうと思ったのです」
「いいえ、実績は特にみませんでした」
「前歴をよく調べもせずに雇い入れたということですか?」
「はい」
「なぜです?」
「なぜって……大切なのは、実績よりも、やる気や人間性だと考えるからです」
「面接だけで人間性が分かりますか?」
「分かろうが分かるまいが、私が彼のことを良いと思ったのですから、それでいいじゃありませんか。仕事ができれば前歴など気にしない。うちは実力主義なのです」
「ところが、七尾さんは仕事があまりできなかったという人もいますよ」
「誰がそんなことを言ったんですか」
奥平の顔がこわばった。顔に憤怒が立ち昇る。
「昨日、何人かの社員の方からお話を伺いました」
「社員がそんなことをいうはずがありません。七尾は優秀な仕事ぶりで、誰からも評価されていました」
奥平は明らかにムキになっている。やはり怪しい、と鎧塚は思った。
「我々は確かに社員の方から真実を聞いています。その方の名前を申し上げるわけにはいきませんが、七尾常務の仕事ぶりに疑問を覚えていらっしゃいました。奥平さんがあくまで七尾常務をかばいだてするようでしたら、こちらとしては社員の方ひとりひとりに署まで来ていただき、事情聴取を敢行しなければならなくなります」
「待ってください」
あわてたように両手を前に突きだした。
「分かりました。正直にお話し致します」
鎧塚の気迫に呑まれたのか、観念したようにいった。鎧塚は満足げにうなずく。
「刑事さんの仰るとおり、七尾は常務取締役として不適格者でした。それは認めます」
「なのにあなたは、彼を役員として五年間も雇いつづけた」
「仕方ないんですよ」
奥平は口元を曲げ、投げやりな態度になる。
「仕方ない……? どういう意味です」
「七尾常務は、ある方からの紹介を受けて、入社してもらったんです。その方への恩義もあって、他の社員からは優遇ととられかねない処遇になってしまったのは事実です。今回の三千万円の流用といい、すべては彼を甘やかしてきた私の責任です。それは痛感しています」
「ある方とは誰です?」
鎧塚が身体を前傾させる。
「それは勘弁してください」
困った顔でこうべを垂れる。よほど恩義のある人物なのだろう。もちろん、諦めるわけにはいかない。
「お教え願えませんか」
「刑事さんはさきほど、七尾は二十二年前の強盗犯人グループの一員だとおっしゃった。もし私が名前を挙げれば、その方があの事件と結び付けられてしまいます」
「そんなことにはなりませんよ」
「いいえ、なるんです」
「ねえ、奥平さん」
徳大寺が、横から会話に割り込んだ。
「七尾常務は、中溝潤の高校時代の同級生です。中溝潤は、ご存じのように八王子市長である中溝孝明氏の弟にあたります。……もしかして、市長に頼まれて七尾常務を採用したのではありませんか?」
「……」
奥平は答えない。口を真一文字に結んでいる。
「これは殺人事件の捜査なのです。答えていただかなくては困ります」
鎧塚が圧をかけるようにいった。
「奥平さんに悪いようにはしませんから」
徳大寺は柔らかい声音でほほ笑みかける。
「……弱りましたね」
奥平は苦しそうに顔をゆがませた。これ以上しらを切り通すのは無理だと悟ったのか、ひとつ、大きく息を吐き出すと、
「分かりました。お話しします」
と消え入りそうな声でいった。
「刑事さんがおっしゃるように、七尾常務はあるパーティーの席で市長から紹介を受けました。その際、OKUHIRAで雇ってもらえないかと相談されたのです。以前勤めていた建設会社を首になって困っているという話でした。市長には日ごろからお世話になっていますので、断ることができず、言われるままОKUHIRAに迎え入れた次第です」
「常務に据えたのも、市長の意向ですね」
「直接いわれたわけではありませんが、それなりの処遇をする必要があると感じました」
「わかりました。正直に話していただき、ありがとうございます」
鎧塚は丁寧に礼を述べた。徳大寺と顔を見合わせ、うなずき合う。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる