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第四章 二十二年前の事故
第六話 埼玉県警
しおりを挟む翌日、鎧塚は榊原を伴って、埼玉県警捜査一課を訪れた。
高見沢という名の四十九歳の大柄な警部が応対してくれた。
「お待たせしました。こちらが当時の似顔絵です」
やせ型で、三十がらみの男の顔が描かれたスケッチを示された。二十二年前の強殺事件の際に作られた似顔絵である。当時二歳十一ヶ月の雪乃の記憶にもとづいて作成されたもので、それゆえ一般公開はされていない。現場の捜査員が、聞き込みの際に使用していたものだ。
鎧塚は受け取って、まじまじと似顔絵を見つめた。
「どうです?」
横から榊原がのぞきこむ。
「確かに、よく似ているな」
「似ているなんてもんじゃありません。そっくりですよ。雪乃って子はすごいですね。三歳にも満たない年齢で、ここまで精密な似顔絵を描かせるなんて」
「そうだな」
と、鎧塚はうなずいた。
似顔絵に描かれた顔は、市長宅で受け取った中溝潤の写真と瓜二つである。
高見沢警部が口を開く。
「つまり、こういうことですね。二十二年前、磯部雪乃が目撃した強殺犯のひとりは、現八王子市長・中溝孝明の弟、潤であった」
「間違いないと思います」
これで強殺犯の一人は確定したことになる。
これまで雪乃が目撃した犯人は友部康利ではないかと睨んでいたが、実際は中溝潤だったのだ。
おそらく雪乃は、潤の写真をどこかで入手し、自分が目撃した犯人のひとりだと気付いたのだろう。さらに調査を進める過程で、残る強殺犯の正体に気付き、殺されてしまったのだ――。
「いやあ、素晴らしい」
高見沢の顔に喜色が浮かんだ。
「ひょうたんから駒とは、まさにこのことですな。あの事件は、容疑者が三名もいながら犯人逮捕に至らなかったことで、当時、県民から激しい批判を浴びたんです。埼玉県警最大の黒歴史として語り継がれているくらいです。それが今になって、こんな形で解決の一端を見ることになるとは思ってもいませんでした。いやぁ、素晴らしい。なんとお礼を申し上げたらいいか……感謝です、鎧塚さん」
高見沢警部は大袈裟な身振りで、喜びを全身で表現した。迷宮入りの重大事案が一部とはいえ労せずして解決に至ったのだから歓喜するのは当然だろう。
「そこで、ひとつ確認させていただきたいのですが……」
高見沢は低姿勢で卑屈な笑みを浮かべながら、おずおずと切り出す。
「なんでしょう?」
「中溝潤の捜査は、以後、記者会見も含め、全てこちらで引き継がせていただくということで、本当によろしいのでしょうか? ……つまり、県警単独でということですが……」
高見沢の言わんとすることはすぐに理解できた。
「もちろんです」
鎧塚は笑顔で返した。もともと強殺事件は埼玉県警のヤマであり、警視庁が口出しする筋のものではない。本部長からも、その旨、言いつかっている。
「手柄を横取りするようで、まことに心苦しいのですが……」額に汗を浮かべた。
「とんでもない。強殺事件は県警さんのヤマです」
「現在、警視庁さんからの情報を受けて、片山貴俊に対する捜査はきっちりおこなっています。似顔絵の中溝潤という男は、おそらく雑魚にすぎません。主犯は磯部邸の内情に精通した者です。我々は、片山貴俊こそが主犯と睨んでいます。今でこそ名士気取りで数々の栄誉職についていますが、面の皮を一枚めくればなんのことはない、ただの極道ですよ。二十二年前も、奴に捜査の焦点を絞って締め上げたのですが、証拠不十分で逮捕に至りませんでした。今度こそ、奴の悪行を白日のもとに晒してみせます」
高見沢は興奮状態でまくしたてる。
「もちろん、警視庁さんのヤマである友部雪乃殺しに関しても、全面的に協力させていただく所存です」
「よろしくお願いします」
鎧塚はぺこりと頭をさげた。
今後、埼玉県警との合同捜査はより緊密な連携が求められることになる。
「ところで……片山貴俊の事情聴取で、何か新しい事実は出ましたか?」
片山の調査と取り調べは、いまのところ埼玉県警が主導権を握って行われている。警視庁も捜査に加わっているが、現時点で雪乃殺しに関する証拠はほとんど存在せず、そのため二十二年前の強殺事件の解明に資源を集中させている。強殺事件は当然ながら、埼玉県警の管轄であり、県警が主導する形となっている。
「今のところ特にめぼしい情報はありません。尾行をつけて行動を逐一監視していますが、最近は、毎日のように病院に娘を見舞っています」
「……娘?」
鎧塚は首をかしげた。
「彼には桜織というひとり娘がいるんです」
「ええ、知っています」
友部海斗とかつて恋愛関係にあった女性だ。
「彼女は入院しているのですか?」
「こっちの病ですわ」
高見沢は右手の人差し指を頭の近くでクルクルと回した。
「二年前に男に振られて、それからたびたびおかしくなるようです」
「そうですか」
二年経っても心の傷が癒えていないのだろうか。よほど海斗のことが好きだったに違いない。
「ところで、高見沢さん」
話題を変えるように口にした。
「こちらの交通捜査課をご紹介いただけないでしょうか」
「交通課ですか? ええ、構いませんが、どうしてです?」
「二〇〇二年の十二月に起きた二つの交通事故死について、話を伺いたいのです」
「二〇〇二年……」
「ええ。磯部邸の強殺事件と関係があるのではないかと睨んでいます」
高見沢は思い当る節がある様子で、
「それはひょっとして……磯部陽子のひき逃げ事故の件ですか?」
「ひとつはそうです」
「しかしあの案件は、強殺事件とは無関係ということで決着がついていますが……」
「丸亀と富永から聞いています。ただ、今回、似顔絵の男が中溝潤だと判明したことで、事情が少し変わってきたと思うんです」
「と、いいますと?」
「中溝潤は二〇〇二年に墨田区内の公園で殺害されています。日付は十二月七日。つまり、磯部陽子がひき逃げされた二日後にあたります」
「そうなんですか」
少し驚いたように目を剥いた。
「つまり鎧塚さんは、ふたつの事件に関連があると?」
「これは私の推測ですが、強殺事件の主犯格の男が、磯部陽子と中溝潤を殺害したのではないかとにらんでいます。主犯格の男は当初、三歳児の雪乃の目撃証言など恐るるに足らずと高をくくっていたはずです。ところが四ヶ月経って、中溝潤の似顔絵がひそかに出回っていることを知り、しかも、それが本人と瓜二つだと分かって大いに慌てたはずです」
「それで中溝潤を消したと?」
「中溝だけでなく、目撃者である雪乃も消そうとしたのではないでしょうか」
「ようするに、犯人は陽子ではなく、もともと雪乃の命を狙っていたという見立てですな」
「そのへんのところを確かめたいのです」
「分かりました。ご案内します」
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