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第三章 二人目の死
第二話 薬師丸豪志の妻
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三日後、海斗は薬師丸豪志の葬儀会場へ向かった。
斎場は中野区の公営施設で、列席者には警備会社の同僚とおぼしき人々が数多く参列していた。
海斗は順番を待って焼香を済ませると、出棺までの間隙を縫って、遺族席に座る喪主の女性に近づいた。薬師丸豪志の妻である。
「この度はご愁傷様です。わたくし、友部雪乃の夫で、友部海斗と申します」
うやうやしく一礼した。
あえて雪乃の名前を出して自己紹介したのは、相手の反応を確かめるためだ。薬師丸の妻が雪乃を知っている確証はなかったが、雪乃と薬師丸の間に、生前なんらかの繋がりがあったのは間違いない。
薬師丸夫人は、最初きょとんとした顔で目をしばたたかせていたが、
「友部雪乃さんって……磯部社長のお嬢様の、雪乃さんのことですか?」
と、上品な声で質問してきた。
「ええ、そうです」
思わず上体が前のめりになる。
彼女は雪乃を知っていた。それも旧姓を知っている。
「そうでしたか。お嬢様の……」
夫人は立ち上がって、深々と一礼する。
「夫が生前、大変お世話になりました」
いったい、どういう関係なのだろう。
「ご主人は以前、磯部不動産と関係されていたのでしょうか?」
「磯部不動産に勤めておりました」
と答えたあと、怪訝そうに首をかしげる。
「ご存じないんですか?」
「あ、いえ……実は、私はご主人とはほとんど面識がないのです。雪乃の生前、一度だけパーティーの場でお目にかかっただけで……。今回、たまたまニュースでご主人の訃報に接し、思い立って参列させていただいた次第です」
海斗は正直に経緯を述べた。
「そうでしたか。雪乃お嬢様のことでお悲しみの中、わざわざ足をお運びいただきましてありがとうございます」
「ご存じだったんですね。妻が亡くなったことを」
「もちろんです。ニュースで知った時は、私も主人も大変な衝撃を受けました。そうしたら……時をおかずして、今度は主人までがこんなことになってしまって……」
目に涙を浮かべ、手にした白いハンカチでひとしきり拭った。深い悲嘆が伝わってくる。
「奥様のお気持ち、お察しいたします。実を申しますと、私が今日、こちらに来させていただいたのは、哀悼の意を捧げたいとの思いの他に、二人の死に何か関連があるのではないかと疑念を抱いたからなのです。奥様が今、おっしゃったように、雪乃とご主人が相前後して刺殺されたという事実は、とても偶然とは思えません。ふたりは生前、ある人物について調査をしていた節があります。それが何の目的だったのか、少しでも手がかりを掴めないかと思い、藁にも縋る思いで今日、来させていただいたのです」
誠意を込めて、来訪の目的を包み隠さず率直に話した。同じ悲しみを共有する者同士、思いを理解してもらえると思ったのだ。
夫人は興味を示した様子で目を大きく見開いて聞いていたが、海斗が話し終えると、周囲を注意深く見まわしたあと、
「こちらへ」
と押し殺した声で言い、人目を避けるように会場の外へと海斗を導いていく。廊下に出て、周囲に人がいないことを確認してから、声をひそめるように言葉を発した。
「実は……私もまったく同じことを考えていたのです。だっておかしいじゃありませんか。お嬢様があのようなむごたらしい最期を遂げられ、今度はうちの人までが同じように刺殺されて……。ただの通り魔の犯行とは、どうしても思えないのです」
「通り魔のはずがありません」海斗は声に力を込めた。
「私の知っていることは何でもお話し致します。友部さんのお話も聞かせていただけますか?」
夫人はすがるような眼差しを向けてくる。
「もちろんです」
「今おっしゃった、二人が調査をしていたという人物のことですけれど……」
「真理子さん」
ふいに後方から声がかかった。振り返ると、親族らしき老齢の男性が手招きしている。そろそろ出棺の時刻なのだろう。
「ごめんなさい。もう行かなければなりません」
済まなそうにいうと、懐から名刺を取り出し、すばやく海斗の手に握らせた。
「こちらにご連絡ください。邪魔の入らないところで、ゆっくりお話ししましょう」
一礼し、会場内へ戻っていった。
斎場は中野区の公営施設で、列席者には警備会社の同僚とおぼしき人々が数多く参列していた。
海斗は順番を待って焼香を済ませると、出棺までの間隙を縫って、遺族席に座る喪主の女性に近づいた。薬師丸豪志の妻である。
「この度はご愁傷様です。わたくし、友部雪乃の夫で、友部海斗と申します」
うやうやしく一礼した。
あえて雪乃の名前を出して自己紹介したのは、相手の反応を確かめるためだ。薬師丸の妻が雪乃を知っている確証はなかったが、雪乃と薬師丸の間に、生前なんらかの繋がりがあったのは間違いない。
薬師丸夫人は、最初きょとんとした顔で目をしばたたかせていたが、
「友部雪乃さんって……磯部社長のお嬢様の、雪乃さんのことですか?」
と、上品な声で質問してきた。
「ええ、そうです」
思わず上体が前のめりになる。
彼女は雪乃を知っていた。それも旧姓を知っている。
「そうでしたか。お嬢様の……」
夫人は立ち上がって、深々と一礼する。
「夫が生前、大変お世話になりました」
いったい、どういう関係なのだろう。
「ご主人は以前、磯部不動産と関係されていたのでしょうか?」
「磯部不動産に勤めておりました」
と答えたあと、怪訝そうに首をかしげる。
「ご存じないんですか?」
「あ、いえ……実は、私はご主人とはほとんど面識がないのです。雪乃の生前、一度だけパーティーの場でお目にかかっただけで……。今回、たまたまニュースでご主人の訃報に接し、思い立って参列させていただいた次第です」
海斗は正直に経緯を述べた。
「そうでしたか。雪乃お嬢様のことでお悲しみの中、わざわざ足をお運びいただきましてありがとうございます」
「ご存じだったんですね。妻が亡くなったことを」
「もちろんです。ニュースで知った時は、私も主人も大変な衝撃を受けました。そうしたら……時をおかずして、今度は主人までがこんなことになってしまって……」
目に涙を浮かべ、手にした白いハンカチでひとしきり拭った。深い悲嘆が伝わってくる。
「奥様のお気持ち、お察しいたします。実を申しますと、私が今日、こちらに来させていただいたのは、哀悼の意を捧げたいとの思いの他に、二人の死に何か関連があるのではないかと疑念を抱いたからなのです。奥様が今、おっしゃったように、雪乃とご主人が相前後して刺殺されたという事実は、とても偶然とは思えません。ふたりは生前、ある人物について調査をしていた節があります。それが何の目的だったのか、少しでも手がかりを掴めないかと思い、藁にも縋る思いで今日、来させていただいたのです」
誠意を込めて、来訪の目的を包み隠さず率直に話した。同じ悲しみを共有する者同士、思いを理解してもらえると思ったのだ。
夫人は興味を示した様子で目を大きく見開いて聞いていたが、海斗が話し終えると、周囲を注意深く見まわしたあと、
「こちらへ」
と押し殺した声で言い、人目を避けるように会場の外へと海斗を導いていく。廊下に出て、周囲に人がいないことを確認してから、声をひそめるように言葉を発した。
「実は……私もまったく同じことを考えていたのです。だっておかしいじゃありませんか。お嬢様があのようなむごたらしい最期を遂げられ、今度はうちの人までが同じように刺殺されて……。ただの通り魔の犯行とは、どうしても思えないのです」
「通り魔のはずがありません」海斗は声に力を込めた。
「私の知っていることは何でもお話し致します。友部さんのお話も聞かせていただけますか?」
夫人はすがるような眼差しを向けてくる。
「もちろんです」
「今おっしゃった、二人が調査をしていたという人物のことですけれど……」
「真理子さん」
ふいに後方から声がかかった。振り返ると、親族らしき老齢の男性が手招きしている。そろそろ出棺の時刻なのだろう。
「ごめんなさい。もう行かなければなりません」
済まなそうにいうと、懐から名刺を取り出し、すばやく海斗の手に握らせた。
「こちらにご連絡ください。邪魔の入らないところで、ゆっくりお話ししましょう」
一礼し、会場内へ戻っていった。
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