妻の失踪

琉莉派

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第一章 結婚と殺人

第六話 告白

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 お披露目パーティーの日以来、雪乃の様子がおかしいことに気づいていた。
 いつもの闊達かったつさや陽気さが、すっかり失われたのだ。常にふさぎこんだ表情をして、食事も喉を通らない様子だ。

 義父との関係に原因があることは明らかだった。
 義父は蒲谷佳代子との結婚に向けて着々と準備を進めており、雪乃は佳代子が財産目当ての後妻業だと思い込んでいる。

 雪乃には、もともと義父の実子ではないという負い目がある。海斗と同じ児童養護施設の出身で、十代の頃に養子縁組をして奥平龍平の戸籍に入った。養子縁組を解消されてしまえば、財産を相続する法的権利をいっさい喪失することになる。
 蒲谷佳代子が龍平に、雪乃の悪口をさんざん吹き込んでいるようで、そのことも心痛の種となっているのだろう。昼夜を問わず、龍平と膝詰めで激論を交わす機会が多くなっていた。

 海斗が埼玉の実家に立ち寄った日も、午後十時すぎに帰宅すると、雪乃はまだ義父の書斎で二人きりの話し合いをつづけていた。
 海斗は冷蔵庫からビールを取り出し、一人、居間でイカの燻製をあてに飲んだ。テレビでも見ようとリモコンを手にしたとき、ドアチャイムが鳴った。 

 インターフォンの画面に凌馬の顔が映っている。

 ――えっ?

 つい数時間前、実家で話したばかりである。話し合いの途中で口論となり、凌馬は怒って帰ってしまった。
 今さら、何の用があるというのだ。
 彼はこれまで奥平邸に足を踏み入れたことは一度もない。それが突然、アポなしで現れたのだから驚いた。画面越しにも分かるほど、その顔は蒼ざめ、ひきつっている。

「兄さん、俺だよ。入れてくれる?」
「待ってろ」

 玄関扉を開け、居間に招き入れた。凌馬は真っ蒼な顔で頭をかかえ、唇を震わせている。

「どうした?」
「大変なことをしてしまった」

 そのぞっとするほど暗く沈んだ声のトーンから、容易ならざる事態が起きたことは想像がついた。

「何があった?」とソファに座らせる。

 凌馬は質問に答えることなく、テーブル上の海斗の飲みかけの缶ビールに手を伸ばすと、一息に喉に流し込む。

「いったい、どうしたというんだ」

 凌馬は缶ビールをテーブルに戻すと、海斗に向き直り、深刻な表情で口を開く。

「桜織を……片山桜織を、殺してしまった」
「なに」

 海斗は目を大きく見開く。 

「かたやま、さおりって……」
「兄さんが一年半前に捨てた……あの片山桜織さ。彼女を殺してしまったんだ」
「なんだと」

 海斗は驚愕のあまり腰を浮かせた。

「ちょ、ちょっと待て。どうしてお前が桜織を殺すんだ」

 頭が混乱し、心臓が激しく打ちはじめる。
 内心で大いに狼狽していた。

「兄さんには黙ってたけど……俺と桜織は半年前から男女の関係にあったんだ」
「……」

 海斗の脳裏に衝撃が走る。

「兄さんにフラれて落ち込む彼女をなぐさめているうちに、自然と付き合うようになった。ちょうど彼女が長期入院を終えて、社会復帰した頃だよ。以来、週に一、二回の頻度で俺のアパートに来るようになった」
「……そういうことだったのか」

 腹落ちしたようにうなずき、放心の吐息とともに腰をおろす。
 凌馬が桜織のことで激しく食ってかかった理由が分かった気がした。

「しかし……なぜ彼女を殺したりしたんだ」
「兄さんのことで喧嘩になったんだ。桜織が今でも兄さんを忘れられないっていうもんだから……。彼女は憎まれ口をたたいて、俺を挑発して……だから、思わずカッとして……いや、最初は本気じゃなかった……でも……途中から怒りが抑制できなくなって……もうどうなってもいいやって、思って……そんなに死にたいんなら、俺が死なせてやるよって……思って……それで……首を思いきり絞めたら……彼女は死んでしまった」

 凌馬の双眸そうぼうから涙が流れる。

 海斗は大きく息を吐き出し、天をあおいだ。桜織と過ごした懐かしい日々が、アルバムをるように次々に脳裏に浮かんでは消えていく。
 優しく献身的で、海斗のすべてを包み込むように愛してくれたかつての恋人。

 一年半前に自分のとった行動が、とんでもない結末を呼び込んでしまったことに戦慄を覚えた。
 すべては自分の責任だと思った。

 ――可哀想な桜織。

 海斗と別れてからの、彼女の数奇で残酷な運命を思うと、やりきれなく申し訳ない感情で一杯になる。

「で、桜織の遺体はどこにある?」
「俺のアパートだよ」

 凌馬の目からは悔悟の涙がとめどなく溢れつづけている。

「現場から逃げ出したのはまずかったな」

 と、とがめるようにいった。

「パニックだったんだ。どうしていいか、分からなくて、思わずアパートを飛び出していた。……自分も死ぬしかないと思って、死に場所を探して車を走らせていたんだけど……結局、死ぬ勇気もなくて……気付くと八王子市内に入っていた。……ふと兄さんのことを思い出して……ここへ来てしまった……」
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