新撰組のものがたり

琉莉派

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第七章 転石のごとく

第五話  死闘

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 土方は狭い油小路を北へ駆け込み、追いかけてきた服部武雄、高橋源治郎の両名と向かい合った。

「やあっ!」

 右から襲いくる服部の袈裟懸けをかわし、さらに突いてくる剣を払って肩口を斬りつける。左から迫る高橋を水平斬りで牽制しつつ、返す刀で服部の脳天を割ってとどめを刺した。高橋を壁際に追い詰める。

 高橋は晴眼に構えて土方を睨んだ。彼は池田屋事件の後、土方から切腹を申し付けられたが、山南が身代わりとなって命拾いした男である。

「高橋源治郎君」

 土方が端正な顔を歪め、野太い声を発する。

「局中法度第二条違反により――、切腹!」

 言うが早いか突いてくる高橋の剣を払い落とし、彼の腹部に長刀をぶすりと差し込んだ。
 高橋の顔が灰色に歪む。

「おのれ……逆賊め」
「介錯してやる」

 刀を引き抜くや、一刀のもとに首をねた。

 血しぶきが土方の顔に斑点模様を描き出す。獣のように大声で咆哮すると、辻のほうへ引き返していく。


              ☆


 広い七条通りを東へ走った井上源三郎は、富山弥兵衛と加納道之助を相手にしていた。

 数合、剣を交わすが、両名とも相当な手練てだれ。
 年齢も四十歳近い井上よりはるかに若い。
 前後から襲いくる刃を必死に交わし応戦するも、やがて足が止まり、背後から富山に背中を斬りつけられた。

 ――うっ。

 と上体をのけぞらせる。

「井上さん」

 そこへ沖田が駆け込んできた。彼は体調が万全ではない中、志願してこの戦闘に参加した。
 井上をかばうように剣を構え、

「大丈夫ですか」
「なあに、かすり傷よ」
「富山をお願いします。加納は私が斬る」

 そう言いざま、気合もろとも強烈な突きを加納に見舞う。続いて上段から袈裟に振るも、加納は下からあてがうように撥ねのけた。


              ☆


 七条通りを西へ駆けた永倉新八は、藤堂平助と死闘を演じていた。試衛館時代からの仲間と刃を交えることに胸の痛みを覚えつつも、情を振り捨て、一撃一撃に意識を集中する。

 すでに二十合以上交えているが、実力伯仲の両者は決着がつかず、疲労の色だけが濃くなっていく。

 そこへ原田左之助が永倉の助太刀に現れた。

「藤堂!」

 と背後からかつての同志に呼びかける。

 藤堂は振り向きざま原田に突きを浴びせるが、原田は横っ飛びしながら藤堂の肩口を斬りつけた。疲労で足の止まった藤堂にそれを防ぐ余力はなかった。 
 ざっくり割られた左肩を押さえながら地面にひざまずく。

 それを永倉が一刀のもとに斬り捨てんと上段に振りかぶった。

「待て」

 背後の闇から野太い声がした。
 振り返ると、近藤勇が小走りにあらわれる。土方も一緒である。

「見逃してやれ」
 
 と、近藤が言った。
 上京以来の同志を殺すのは忍びないとの判断だろう。

 永倉は小さく頷き、剣を降ろす。

「行くぞ」

 近藤の指示で、全員が辻の方へとって返そうとした、その時だった。

 藤堂が突如として立ち上がり、刀を振りかぶって近藤と土方に向かって走りこむ。
 脇が完全に空いており、まるで斬ってくれと言わんばかりの攻撃である。

 近藤は振り向きざま、反射的に胴を真一文字に払った。土方は上段から袈裟に斬り捨てる。

「藤堂」

 斬ったふたりが、顔を歪ませた。
 藤堂はよろめきながらも踏みとどまり、

「……近藤さん……土方さん」

 あえぐように声を発する。

「……お世話に……なりました」

 言って、そのまま仰向けに倒れて絶命する。

 四人は悲痛に顔を染めるが、すぐに気持ちを切り替え、辻へと引き返していく。


            ☆


 辻では、井上と斉藤が吐血してうずくまる沖田を庇いながら、篠原泰之進や鈴木三樹三郎、毛内有之助と斬り結んでいる。
 彼らの背後には伊東甲子太郎が控えている。

 近藤・土方ら四人が雪崩れ込むように現れ、高台寺党員に斬りかかる。
 数的優位に立った新撰組は、次々に敵を蹴散らしていく。

 永倉と原田が、毛内有之助を斬り殺し、土方が鈴木の右腕を斬って戦闘不能に陥れた。井上と斎藤は篠原を地面に這わせる。

 最後に残った党首の伊東を全員で追い詰め、取り囲んだ。
 いかに河東一の道場主といえど、この人数差では勝ち目はあるまい。

「伊東、覚悟!」

 永倉が勇んで飛びかかっていく。

「待て」

 背後から近藤が止めた。
 永倉は上段に振りかぶったまま、凝固する。

「伊東は俺が斬る」

 そう言って前に進み出ると、伊東の正面に立った。

「隊士に邪魔はさせません。さしで決着をつけましょう」
「望むところです、近藤さん」

 二人の元道場主は、腰を落として睨み合う。
 近藤は平晴眼に、伊東は上段に構える。


「いやぁぁ!」

 ふたりは正面から激突した。
 二合、三合と剣を交わし、一旦離れて呼吸を整える。

 すぐさま伊東が水平斬りを繰り出した。
 近藤はひらりと右に飛んでかわし、上段から剣を振り下ろす。
 それを伊東が苦もなく下からはね返した。
 
 実力は互角。戦いは長期戦にもつれ込むであろうと誰もが思った次の瞬間――、伊東が放った突きに近藤が後ろへ飛び退いた拍子に、小石に躓いて尻餅をついてしまう。そこを伊東がすかさず上段から斬り込んでいく。

 これには堪らず、井上と原田が加勢に入った。伊東を背後から急襲する。
 伊東は振り返ってふたりを威嚇する。

「手を出すな!」

 近藤は二人を叱りつけ、急いで立ち上がる。

「すみません」
 
 伊東に向かってこうべを垂れる。
 伊東は小さくかぶりを振った。

 再び呼吸を合わせると、

「ちぇすと!」

 伊東が猛然と袈裟けさに斬り込んでいく。
 近藤は身体を左にひねってかわし、篭手こてを繰り出す。
 伊東は手首を斬られながらも、突きを見舞う。
 近藤は間一髪それをかわし、伊東の胴を横一文字に斬り裂いた。
 同時に伊東の剣が近藤の額を割る。
 
 肉を切らせて骨を断つ。捨て身の接近戦は、見る者を戦慄させた。

 ――相打ちか。

 少なくとも、傍目はためにはそう映った。 
 あまりに高速すぎて、明確な太刀筋が誰にも捉えられなかった。

 次の刹那、近藤ががくんと左膝を突く。
 土方、原田、井上がはっとなった。

「近藤さん!」

 伊東がにやりとほくそ笑み、とどめを刺そうと剣を上段に振り上げる。
 しかし振りおろす寸前に、身体がぐらっと大きくよろめき、そのまま右へ横倒しとなって崩れ落ちた。
 伊東の脇腹からは、どくどくと鮮血が流れ出している。

 近藤は地面についた左膝を引き上げ、立ち上がった。
 眉間を斬られ、血が目に入って前が見えない状態だ。

 井上と原田が駆け寄り、ふらつく近藤を両側から抱きかかえる。

「大丈夫。血が目に入っただけだ」

 言って、伊東を見下ろした。
 伊東は白目を剥き、すでに絶命している。

「終わったな」

 安堵したように近藤が口にした。

 のちに『油小路の変』と呼ばれる新撰組最後の内部抗争は、こうして近藤・土方側の完全勝利に終わった。

 傷だらけの七名は、互いを支え合うようにして屯所への道を帰っていった。


               
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