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第六章 第二次長州征伐
第三話 内通
しおりを挟む年が明けて慶応二年(一八六六)一月二十日。
お琴が突然、土方を訪ねて屯所へ現れた。
何度か待ち合わせて外で食事をしたことはあるが、彼女が屯所へやってくるのは初めてのことだ。
それも非常に慌てた様子で、
「二人だけでお話がございます」
と蒼白の顔でいう。
人気のない八畳間に通し、ふたりきりになると、お琴は切迫した表情で切り出した。
「薩摩藩邸に、長州の桂小五郎さんが見えています」
「桂……?」
「十日ほど前から薩摩藩邸に滞在なさっています」
「どういうことだ」
桂小五郎といえば、長州藩の実質的な政治主導者である。
池田屋事件の際には、五つ時(午後九時)に訪問するもまだ同志が誰もおらず、出直すつもりで近くの対馬屋敷別邸に寄っていたため難を逃れている。
「なぜ、桂小五郎が薩摩藩邸に……」
「分かりません。ほとんどの時間をあてがわれた部屋の中で一人で過ごし、時折、西郷様と何やら密談をなさっているご様子」
「解せぬな」
「家中の者が申すには、同盟を結ぶお話ではないかと」
「同盟? ……馬鹿な」
土方は一笑に付した。
「薩摩と長州は犬猿の仲だ。手を結ぶはずがない」
「そうでしょうか」
「ありえない」
「でも、かれこれ十日も滞在なさっているのですよ」
「おそらく、長州処分案の決定を聞いて、西郷に泣きついているのだろう」
「どういう意味です?」
先日、永井尚志が新撰組の近藤・伊東らとともに広島へ赴き、長州への訊問をおこなった。その結果をもとに処分案が決定している。
内容は、藩主と世子の隠居、十万石の削減など相当厳しいもので、これを受け入れなければ、長州征伐軍を差し向けるという最後通告だ。
桂は、この条件を緩和するよう西郷に口利きを求めているのだろう。
「しかし」
とお琴は反駁するように言う。
「今朝になって、坂本龍馬様もいらっしゃいました」
「なに」
途端に土方の顔色が変わった。
「坂本さんが?」
「はい。坂本さんは先ほど私の顔を見て、慌てたように気まずい微笑を浮かべていらっしゃいました。明らかに私に来訪を知られたことに困惑しているご様子でした。それで心配になって急いでお報せに参ったのです。あの方なら、薩長を結びつけることくらいお出来になるのではありませぬか」
坂本龍馬は、勝海舟が軍艦奉行を罷免され、海軍操練所も閉鎖に追い込まれたことから、幕府と決別し、現在は反幕府的な立場を鮮明にしている。
その坂本と、薩長を代表する実力者ふたりが、一堂に介している。
これをどう解釈すべきか。
土方は腕組みして宙をにらんだ。
お琴が言うように、薩長同盟の策謀がうごめいているのだろうか。
しかし、八月十八日の政変で死闘を繰り広げ、犬猿の仲である薩摩と長州が、そう簡単に手を結ぶとはにわかに信じがたい。
「そんなことより……」
土方はふと、目の前のお琴に視線を戻した。
「藩邸を抜け出したりして大丈夫なのか」
もし仮に薩長同盟の話し合いが進んでいるとしたら、それを新撰組に内通したお琴はただでは済むまい。
「丁度買い物を言いつかっておりましたゆえ、それにかこつけて出てきました」
「すぐに戻れ。見つかったらまずいことになる」
「はい」
お琴は小さくうなずいて立ち上がる。
「報せてくれて、ありがとう」
土方は玄関先で、穏やかな声で礼をのべた。
「少しでもお役に立てたなら、嬉しゅうございます」
「だが二度とこのようなことはしてくれるな。お前の身が心配だ」
お琴はにっこりとほほ笑み、小さく一礼すると、屯所をあとにした。
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