新撰組のものがたり

琉莉派

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第五章 近藤の傲慢と土方の非情

第八話 藤堂の怒り

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 藤堂が五十二名の新入隊士を引き連れて京の屯所に帰着したのは、翌年の五月十日のことである。

 この時、屯所は西本願寺に移されている。

 九ヶ月ぶりに京の地を踏んだ藤堂は、組織のあまりの変容ぶりに驚きを隠せなかった。
 かつての緩やかな同志的連帯は失われ、規律という名の束縛と絶対的な上下関係が組内を支配している。
 近藤・土方の両首脳に楯突いたら何をされるか分からないというぴりぴりした雰囲気が屯所内に充満していた。

 自分が不在の間に切腹を命ぜられた者は山南を含めて十三名、粛清された(斬り殺された)者も含めると実に二十三名という死者数に戦慄を覚えた。

 いったい、新撰組内部に何が起こっているのか。

 古くからの隊士に聞いて回ると、池田屋事件のあと、新撰組を取り巻く状況が劇的に変化し、近藤・土方による独裁体制が急速に進んでいったという。
 山南敬助が殺されてからは、ふたりに意見できる者が誰もいなくなったとのこと。
 
 藤堂は伊東甲子太郎からも話を聞いた。
 伊東は藤堂が勧誘した人物であり、その人となりや思想に一目置いている。
 彼がどのように隊内を見ているのか、聞いておきたかった。

「正直、あまり愉快な雰囲気とは言えませんな。藤堂さん、あなたから聞いていた話とだいぶ違いますよ」

 ほほ笑みながらの発言だったが、その目にはありありと不満の色が浮かんでいる。

「新撰組が、これほど硬直化した集団だとは思わなかった」
「私もあまりの変貌ぶりに正直驚いています」
「ま、私は新参者なので、あれこれいう立場にはないかもしれないが、こうも立て続けに切腹を申し渡される者が出る状況では、隊士たちの心は休まりません。一度、折を見て、私のほうから近藤さんに進言してみるつもりです」
「是非、お願いします」

 藤堂は深々と頭をさげた。

 山南が隊規違反で切腹させられたと聞いた時からうすうす感じていた危惧が、現実のものとして目の前に提示された思いだった。

 新撰組は間違った方向に転がり始めている。
 なんとかしなければならない。

 そう考えた藤堂は、近藤・土方をのぞく試衛館一門を一室に集め、自らの思いを率直に語った。

「私が江戸にいる間に、新撰組はあまりにも変質してしまった。こんな組織を作るために我々はすべてを捨てて京にのぼってきたのでしょうか。皆様はこの状況をどう考えておられるのですか」

「どうもこうもねえよ」

 吐き捨てるようにいったのは永倉だ。「見てのとおりさ」


「士道不覚悟というあいまいな理由で、いとも簡単に切腹が命ぜられているそうではありませんか」

 興奮して声を荒げる藤堂に、
 
「いや、ちゃんと理由はあるんだよ」

 反論したのは沖田である。
 顔が青白く、先ほどからたびたび咳き込んでいる。

「どんな理由です?」
「隊士の数が急増して、いろんな人間が入ってくるようになり、正直、問題が頻発してるんだ。金の貸し借りや女を巡る刃傷沙汰、新撰組の名を笠に着てのゆすり・たかりなど、枚挙にいとまがない」
「だからって、十三人もの切腹は異常でしょう。粛清された者も入れれば二十三名です」
「それで規律が保たれているわけだから」
「規律ですって」

 まなじりを上げて沖田を睨む。

「皆、恐怖で身をすくめているだけじゃないですか」
「結果的には同じことだ」
「同じなものですか! これは断じて規律などではない。近藤・土方による独裁だ」
「おい。おふたりの批判はまずいよ」

 斉藤が慌てたように周囲を見回す。
 ここは屯所内の裏庭に面した八畳間である。
 籐堂はカッと目を見開き、

「批判できないことの方が問題でしょうが」
「お前は京を留守にしていたから分からないんだ」と原田が言った。
「いいえ、留守にしていたからこそ、真実が見えるんです」
「こういう話を隠れてしているだけでまずいんだって」
「そんなのは絶対に間違っている。そうでしょう」
「そう興奮するな」最年長の井上が諭すように言う。
「これが興奮せずにいられますか。――今ならまだ間に合う。私が江戸から連れてきた新入りの五十二名は幸いまっさらな状態です。この期を捉えてもう一度山南さんがいた頃の新撰組に戻すんです」

 藤堂は、江戸で山南の死を知らされた時から、近藤への不信感を抱いていた。

「私たちはもともと、尊皇攘夷の志で結びついた同志ではありませんか。それが今や、長州憎しで凝り固まり、幕府とともに長州を討つことだけが目的になっている。これを改めるべきだとは思いませんか」
「おい、俺たちを巻き込まないでくれ」

 井上が顔をしかめて言った。

「こうなったのは、それなりの理由があるんだからさ」

 沖田も現状を擁護する。
 だが永倉は、藤堂の提案に少し興味を覚えた様子で、

「具体的にどうしようってんだ」

 と身を乗り出した。

「伊東甲子太郎さんに旗頭になってもらい、新撰組の改革をやるんです」

 もともと藤堂が伊東を勧誘したのは、山南路線を強化する狙いがあったからだ。
 山南亡き今、伊東に山南路線を引き継いでもらおうというわけだ。
 
「伊東甲子太郎?」
「あの方は山南さんに匹敵する大人物です。学問にも秀で、剣術の名手でもある」
「確かに、伊東さんはなかなかの人物だとは思うよ」

 と言ったのは斉藤だ。

「入隊してわずか半年なのに、若い隊士たちからの信望も厚い」原田も賛同した。
「そうでしょう?」

 我が意を得たりと、藤堂が続ける。

「伊東さんは山南さんの後継者になれる方です。あの方に新撰組を元の攘夷集団に変えていただきましょう」
「具体的にどうしようっていうんだ」

 永倉が訊ねる。

「やめましょう、こんな話は。また内部分裂を起こすだけです」

 沖田がいさめるように言った。咳き込みながらつづける。

「今は近藤先生と土方さんのもとで、試衛館一門が一致団結すべきです」
「沖田の言う通りだ」井上が賛同した。

 藤堂は他の面々を見渡す。

「永倉さんや原田さんはどうなんです?」
「俺らは……」

 言って、永倉は頭の後ろを掻きながら、

「一度、やらかしちまってるからなあ」
「今は大人しくしていたいってとこだ」と原田が続けた。

 ふたりは、以前近藤を批判する建白書を松平容保に提出したことを言っているのだ。
 斉藤も首肯して、

「近藤さんはあの時、俺たちの建白書を入れて横柄な態度を改めてくれた。今は近藤さんに素直に従っていくという気持ちだ」
「何を言っているんです」

 藤堂はいきり立つ。

「近藤さんの悪行は今もつづいているじゃありませんか。十三人に切腹を命じ、さらに十名を粛清しているんですよ」
「だから、それには理由があるんだって」と沖田。
「藤堂。お前は少し勘違いしている。強権的な態度で隊士を委縮させているのは、近藤さんというより、土方さんのほうなんだ」

 そう言ったのは原田である。

「土方さん?」

「近藤さんは昔とあまり変わっちゃいない。俺たちの建白書を受け入れてくれてからは、少なくとも試衛館一門に対しては気を使ってくれている。伊東甲子太郎を二番隊隊長にしたのも近藤さんだ。隊内の尊王攘夷派と佐幕派の均衡をはかろうと一生懸命努力している」
「問題は土方さんですよ」

 斎藤が眉をひそめて言った。

「確かにやりすぎだな。最近のあの人は。すっかり人間が変わっちまった」永倉が同調する。
「佐幕に触れすぎている点も気になります」

 永倉と斎藤の会話を聞いて、藤堂は膝を進める。

「今すぐにとは言いませんが、伊東さんが隊内に尊皇攘夷派を結成した時には、是非協力してほしいんです。このまま長州憎しで幕府と一蓮托生の道を進むのは、あまりに危険すぎます。一緒に立ち上がっていただけませんか」

 一門は全員、顔を見合わせ、返答を躊躇するように沈黙する。安易に同調はできない、という顔つきだ。

 ――と、その時。

「今の話は、完全に局中法度違反だなあ」

 部屋の外から聞き覚えのあるだみ声が聞こえてきた。
 皆、はっとして声の方を見る。

 襖が開き、近藤が姿を現す。
 全員が顔面蒼白で立ち上がる。

「こ、近藤さん……」

 永倉がふるえる声でいった。
 藤堂は、しまった、という表情で唇をかみしめる。

「藤堂」

 近藤が重々しい声で言葉を発した。

「はい」

 と裏返りそうな声で返す。

「俺に言いたいことがあるなら、直接、面と向かって言ってきたらどうだ。陰に回ってこそこそやるのは、卑怯者のすることだ。俺たちは試衛館以来の同志じゃないか。見損なったぞ、藤堂」
「す、すいません」

 すっかりしょげ返っている。というより、どんな処分がくだされるのかと恐怖している顔だ。

 その様子を見て、近藤はニヤリと悪戯いたずらっぽくほほ笑んだ。
 鷹揚に、ははは、と笑う。

「ま、今回だけは大目に見てやろう。俺の胸の内にしまっておいてやるよ」

 救いの手を差し伸べるようにいった。

「近藤さん」

 下手をしたら処刑されるのではないかと脅えていた藤堂は、安堵の顔つきで口から息を吐き出した。

「だが気をつけろ。壁に耳ありだぞ」

 近藤は鋭い眼光で言うと、身を翻し、悠然とその場を去っていった。
 その瞬間、全員が脱力し、へなへなと畳にへたり込んだ。

「いやあ、心臓が止まるかと思いました」

 斎藤が胸を押さえながら言った。

「私は咳が止まりました」
「そりゃ良かったな、沖田」

 永倉が笑って肩を叩く。

「だから言ったろ」

 原田が藤堂に向かって言う。

「近藤さんは昔と変わっていないんだ。変わったのは土方のほうさ。今の話、もし土方に聞かれていたら、命はなかったかもしれないぞ」

 脅かすように、ぎろりとした目を向けた。







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