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第3章 高校1年生 2学期

第50話 選挙ポスター。

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 選挙戦3日目。
 とは言え、まだ準備の段階である。

「結局、仁乃さんは嬉一くんと一緒に渉外ですか」
「ええ。お姉さまとご一緒できないのが不本意ですけれど」

 よよと泣く真似をする仁乃さんは平常運転である。

 いつねさんほどでないにせよ、仁乃さんもコミュ力はある方だから渉外は悪くない組み合わせだ。
 二条家は分家とはいえ一条家に連なる家系。
 社交界への顔の広さを考えれば、むしろ仁乃さんの方がコネはあるとさえ言えるかもしれない。
 もっとも、百合ケ丘の学生全員が全員、社交界に出入りしているわけではないけれど。

「おう。おはよう、和泉」
「おはようさん」

 クラスに着くと、既に冬馬とナキが来ていた。
 手元には何やら文章の並んだA4用紙が数枚。

「公約の詰めですか?」
「ああ。もうあらかた終わった。ナキや和泉たちのおかげだ。ありがとう」

 そう言って冬馬は頭を下げた。

「これからが本番やぞ。気張りや」
「そうですよ」
「ですわね」

 選挙戦はまだ始まったばかりだ。

「冬馬様、ちょっといい?」
「ん? どうした、幸」

 幸さんたち3人組のご登場だ。

「選挙公報のポスターだけど、冬馬様の要望を聞いて置きたいんだってさ」
「やっぱり、冬馬様のイメージとずれたらまずいですからね」

 佳代さんの説明に実梨さんが解説を加える。

「まず、全体のイメージ。フォーマルかカジュアルか」
「カジュアルだな。付き合いのない奴には、オレはどうも堅いイメージを持たれるらしい」
「ふむふむ」

 幸さんはスマホのメモ帳アプリに冬馬の要望を打ち込んでいるらしい。

「イラストをつけようと思うけれど、リアルとデフォルメどちらがいい?」
「デフォルメで。理由はさっきと同じだな」

 デフォルメ版冬馬か。
 どんな風になるのか楽しみである。

「色調は暖色系か寒色系か」
「まだ少し暑いからなぁ……。寒色系の方が好印象なんじゃないか?」

 なるほど。
 季節との関係も考慮するのか。

「公約はもうまとまった?」
「ああ。これだ」

 と、冬馬は机に散らばった用紙をトントンと揃えて幸さんに渡した。

「コピーさせて貰うね。あと、おまけ要素というか、遊び心が欲しいんだけど。何かない?」
「遊び心ねえ……」

 それを聞いて、私は1つ思い浮かぶものがあった。

「こんなのはどうでしょう?」


◆◇◆◇◆


 翌日。
 選挙戦4日目。

「出来たよ!」
「もうか!?」

 HR前のクラスにやって来た幸さんが満面の笑みで言った。

「眠いわ……」
「ベタはもう嫌……墨はもう見たくない……」

 何やらやつれた様子の佳代さんと実梨さんを従えて。

「昨日の今日で出来るもんなん?」
「甘いわ。コ◯ケの追い込みなんてこんなもんじゃないんだから」

 夏と冬にあるオタクさんたちの祭典か。
 いや、もうあれはそれ以上の何かだ。

「まぁ、見せて貰おうじゃないか」
「とくとご覧あれ」

 出来上がったポスターは――。
 
「おお……」
「こらええな」
「素敵ですわ」

 冬馬たちが驚くのも無理もない、素晴らしい出来栄えだった。

 青を基調にした涼しげな配色。
 一番上にはキャッチコピーである『出来ること、2倍』の文字。
 デフォルメされた冬馬の、カリスマティックでありながらもどこかユーモラスなイラスト。
 公約も取っ付きやすいようにフォントを変えて並べられている。

 ポスターは2種類あり、基本的な要素は同じながら、構図やイラストなどが違っている。

 そして私が提示したおまけは――。

「これは結局何なんだ?」

 ポスターの隅に小さくこう書いてある。

”東城 冬馬はあなたの心を見抜きます。次の中からお好きなカードを1枚選んでよく覚えて下さい。”


  ダイヤのQ、スペードのJ、ハートのK、クラブのQ、ハートのJ


”この中から、あなたの覚えたカードを抜き取ります。1年A組教室前のポスターでご確認下さい。覚えたカードは決して口外しないで下さい。”

 で、うちのクラスの前に貼りだすポスターのイラストはこれ。


  ダイヤJ、クラブQ、スペードのJ、ハートのQ


”当たりましたか? 当たったら、清き一票をよろしくお願いします!”

 という感じである。

「え? 当たりましたわ」
「オレもだ」
「わいもや」

 仁乃さんを初めとして、当惑の声が上がる。

「みんな同じカードを選んだってこと?」
「誘導されるような仕掛けがあったのでしょうか?」
「私もそう思ったよ。でも違うんだよね、和泉様?」

 そろそろ種明かしをしよう。
 というか、もう気づいている人もいるんじゃなかろうか。

「簡単です。前者のイラストにあるカードは、後者のイラストには1枚もないんですよ」

 だから当然、覚えたカードは無くなる訳である。

「ごく単純なトリックなので、実際のトランプでやるとボロが出ます。でも、これは閲覧者がうちのクラスに来るまでに距離と時間があるでしょう? 覚えていられるのって、多分、自分が選んだカードだけだと思うんですよね」

 全部のカードを覚えられたりしたら、あるいは、複数人で覚えたカードを検証し合われたりしたら、容易に見抜かれるトリックである。

「なるほど。こいつはなかなか面白い」
「あと、クラスに張り出す方のポスターは、公約がちょっと詳し目に書いてあるよ。注目度はこっちの方が上だろうからね。これも和泉様の発案」
「お姉さま、さすがですわ!」
「お嬢、すげーわ……」

 そう手放しで褒められるとむずがゆい。
 こんなのマジックの初歩の初歩である。

「私などより、こんな素敵なポスターを一晩で仕上げた3人を褒めるべきでしょう」
「もちろんだ。よくやった!」
「ふふふ。ありがとう」
「おかげで寝不足よ……」
「ベタは嫌……墨見たくない……」

 幸さんは満足げだが、佳代さんと実梨さんはなんだかげっそりしている。
 でも3人とも本当にぐっじょぶである。

「よし。強力な武器が手に入ったな。さっそく貼りに行くぞ」
「待ちーや。たった2部でどうするつもりや。うちのクラスに貼りだす奴はええとしても、学校中に貼るやつはコピーせなあかんやろが」
「あと、貼りだせるのは、選挙管理委員でチェックを受けて、印章を押してもらったものだけですわよ?」
「おっと、そうだった」

 先走る冬馬に、ナキと仁乃さんが待ったをかけた。

「選挙管理委員のとこは昼休みに行くとして、貼りだせるのは早くても今日の放課後くらいか……。待ちきれねぇ……」
「それでも他の候補よりははえーだろ。大将はスタッフに恵まれてるな」
「違いない」

 本当に嬉しそうな顔でポスターを眺める冬馬。
 その何とも無邪気な子どものような顔に――私はちょっぴりどきどきした。
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