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第三章 吟遊詩人の罪
ビビ
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アルトーの予想通り、ビビは貧しい家庭の娘だった。
父親はなく、母親とふたり、村の食堂の下働きや商店の手伝いなどして生計を立てていたらしい。
貧しい娘と不遇の吟遊詩人はたちまち恋に落ちた。
初めてアルトーの歌を聴いたときの衝撃を、ビビはこんな言葉で語った。
「あなたの声を一度聞いたとき、胸の中に火がついたような感じがしたの。『心が動く』ってこういうことか、って思ったわ。それからずっと、あなたのことが忘れられなかった」
ビビは朝から晩まで働き詰めだった。
アルトーはその後も村に留まり、昼間は適当に時間をつぶし、日が暮れるとビビのために竪琴を弾いて歌を口ずさんだ。
アルトーが唄うことを心から楽しめるようになったのはこのときからだ。ビビに歌を聴かせてやりたい一心で、アルトーは次々と新しい楽曲を習得していった。
モンスターを混乱状態に陥らせる『恋の歌』。
敵の攻撃力を下げる『センチメンタル・ハミング』。
毒や眠りといった仲間の状態異常を回復させる『女神の息吹』。
仲間の攻撃力を大幅に上げる『応援歌』。
仲間の体力・魔力を全回復させる『太陽のマーチ』。
「あなたの演奏は素晴らしいわ」
あるとき、ビビが涙ぐみながらそう告げた。
「あなたの歌を聴いていると、冒険者じゃない私まで元気が湧いてくるの。笑わないでね。私、生まれてはじめて、生まれてきて良かったって思ってるの。あなたの歌に出会えなかったら、私は今頃、生活に押しつぶされて死んでいたかもしれないわ」
「大げさだな」
アルトーは苦笑まじりに言ったが、ビビはあかぎれだらけの指で涙を拭って、
「全然大げさじゃないわ。ほんとよ。この美しいけれど小さな村で、病気がちなお母さんを支えながら一生を過ごすんだって思ってたんだもの。あなたはきっと、神様からの贈り物なんだわ」
――懐かしむようにビビとの思い出を語ったのち、アルトーはふっと暗い吐息をついた。
「あの頃が一番幸せだった。やがてビビの母親が亡くなって、僕はビビと結婚した。冒険をしようという気持ちは綺麗さっぱりなくなっていたよ。この美しい村で、ビビを守って生きていこうと思った。あの頃は、ビビを幸せにすることだけが僕の夢であり、望みだった……」
だがアルトーにとって、この結婚こそが後の破滅の始まりだったのだ。
父親はなく、母親とふたり、村の食堂の下働きや商店の手伝いなどして生計を立てていたらしい。
貧しい娘と不遇の吟遊詩人はたちまち恋に落ちた。
初めてアルトーの歌を聴いたときの衝撃を、ビビはこんな言葉で語った。
「あなたの声を一度聞いたとき、胸の中に火がついたような感じがしたの。『心が動く』ってこういうことか、って思ったわ。それからずっと、あなたのことが忘れられなかった」
ビビは朝から晩まで働き詰めだった。
アルトーはその後も村に留まり、昼間は適当に時間をつぶし、日が暮れるとビビのために竪琴を弾いて歌を口ずさんだ。
アルトーが唄うことを心から楽しめるようになったのはこのときからだ。ビビに歌を聴かせてやりたい一心で、アルトーは次々と新しい楽曲を習得していった。
モンスターを混乱状態に陥らせる『恋の歌』。
敵の攻撃力を下げる『センチメンタル・ハミング』。
毒や眠りといった仲間の状態異常を回復させる『女神の息吹』。
仲間の攻撃力を大幅に上げる『応援歌』。
仲間の体力・魔力を全回復させる『太陽のマーチ』。
「あなたの演奏は素晴らしいわ」
あるとき、ビビが涙ぐみながらそう告げた。
「あなたの歌を聴いていると、冒険者じゃない私まで元気が湧いてくるの。笑わないでね。私、生まれてはじめて、生まれてきて良かったって思ってるの。あなたの歌に出会えなかったら、私は今頃、生活に押しつぶされて死んでいたかもしれないわ」
「大げさだな」
アルトーは苦笑まじりに言ったが、ビビはあかぎれだらけの指で涙を拭って、
「全然大げさじゃないわ。ほんとよ。この美しいけれど小さな村で、病気がちなお母さんを支えながら一生を過ごすんだって思ってたんだもの。あなたはきっと、神様からの贈り物なんだわ」
――懐かしむようにビビとの思い出を語ったのち、アルトーはふっと暗い吐息をついた。
「あの頃が一番幸せだった。やがてビビの母親が亡くなって、僕はビビと結婚した。冒険をしようという気持ちは綺麗さっぱりなくなっていたよ。この美しい村で、ビビを守って生きていこうと思った。あの頃は、ビビを幸せにすることだけが僕の夢であり、望みだった……」
だがアルトーにとって、この結婚こそが後の破滅の始まりだったのだ。
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