なぜ吟遊詩人は殺したか

一条りん

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第一章 冒険の始まり

目覚めてみれば

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「もしもし? 大丈夫ですか?」

 どこからか女性の声がする。

「ミゼルさん、起きてください」

 あれ? なんで俺の名前を……。

「ミゼルさーん。もう店じまいですよぉ」

 それがギルドの受付嬢の声だと気付いた瞬間、テオは目を開いてがばっと身を起こした。

 どうやら酒場のテーブルに突っ伏して寝ていたらしい。
 周囲には空の酒瓶が散乱し、テオが顔を伏せていた辺りには涎の海が広がっている。
 そして目の前には、受付嬢の可憐な笑顔。

「気が付かれました?」

「あ……はい」

 と答えながら、テオは情けない思いでテーブルを見下ろした。

 恐ろしいことに、飲んだ覚えが一切ない。
 それどころか、昨晩の記憶がほとんど丸ごと飛んでいる。
 昨日は確か、ギルドで剣士の認定証を受け取った後、気が大きくなって酒場に踏み込み、そこで荒くれ者たちから一緒に飲もうと声を掛けられ、

「何、冒険初心者か? それじゃ門出を祝って乾杯しよう! 心配すんな、最初の一杯は奢ってやるよ」

と肩を叩かれ、ジョッキが運ばれてきて、ええと、それから……。

「目が覚めて良かった。お会計をお願いします」

「へ?」

「ウイスキー五本、バーボン八本、ブランデー二本、ドンペリ三本、五十年物のワインが三本、それにフィッシュ&チップス十人前。しめて、八万六千七百ギルになります」

「は、八万六せ……!?」

 テオは絶句した。
 現在、所持金は三十ギル程度しかない。
 そもそも、孤児院育ちのテオは千ギル以上の大金など目にしたこともなかった。当然、八万六千七百ギルなんて払えるわけがない。

 顔色をなくしたテオを見て、受付嬢がぷーっと頬を膨らませた。

「もう、あの人たちったら。またやったのね」

「あの人たちって?」

「昨日、ミゼルさんが一緒に飲んでた人たちよ。冒険初心者に声を掛けて酔いつぶして、自分たちの飲み代まで全部押しつけて帰っていくの。ミゼルさんもやられちゃったみたいね」

「そ、そうなんですか」

 テオは少しほっとして、

「それじゃ、支払いはその人たちに……」

「あら、それとこれとは別ですよ」

「へっ?」

「こっちも商売ですからね。払っていただかなきゃ困ります」

「そ、そんなご無体な……ていうか俺、八万ギルなんてとても……」

 口ごもって俯いたテオに、受付嬢は再び美しい笑顔を見せた。

「大丈夫ですよ」

「何が?」

「ミゼルさんは剣士なんでしょう? これから冒険の旅に出られるんですよね」

「そ、そうですけど……」

 テオがおそるおそる頷くと、受付嬢は事もなげに、

「モンスターを倒して売って、ギルを稼げばいいんです。経験値だって貰えるし、一石二鳥でしょ?」
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