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王弟殿下と公爵令嬢

予定と違ってしまった

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 モグモグとクッキーを食べるナディアを、リシュアは意外にも心配そうに眺めている。


「ちょっと、大丈夫ですの?」

「ええ、とても美味しい…とは言い難いですが、とても個性的な味ですね」

「し、失礼ですわ!」

「ですが本当の事ですし。あ、もしかしてこちらはミナージュ伯爵令嬢の手作りですか?」

「ち、違いますわ!私の侍女が作ってくれた物なのにそんな感想…酷いです!」

「そう仰るのならミナージュ伯爵令嬢も食べてみればよろしいのでは?」


 クッキーはまだありますよ?とナディアが微笑む。
 アイリスはぐっと言葉を詰まらせ、そしてクッキーを一つ手に取り口にした。


「ちょっと…」


 ぎょっとしたルシアが思わず声をかける。
 何か一服盛っているのがまるわかりだ。
 薬を盛るのであれば、そんな風に動揺するべきではないだろう。

 だが、アイリスは事前に解毒薬かなにかを服用しているのだろう。
 クッキーを一つ食べた後、得意げな顔をしてこちらを見た。


「美味しいですわよ?この味が分からないなんて、ドルフィーニ国とは食文化が違うのでしょうね」

「そうかもしれませんね」


 アイリスの嫌味にもナディアはあっさりと笑みを浮かべて返す。
 その様子を訝し気に見ていたルシアとアイリスは、お互いの顔を見合わせてから突然立ち上がった。


「その、すみませんが少し席を外しますわ」

「私も」

「そう?わたくしは構わないわよ」


 リシュアが興味なさげに答える。
 ナディアもコクリと頷き、ルシアとアイリスはいそいそとその場を離れた。
 それを見ていたオルガが侍従に合図を送る。
 合図を送られた侍従はコクリと頷くと、すぐに別の召使に声をかけた。


「…何なの?」


 彼らの行動に疑問を持ったリシュアがナディアに問いかける。
 するとナディアはゴクリとお茶を飲みほし、リシュアに向かって不敵な笑みを浮かべた。


「アイリス・ミナージュ伯爵令嬢に薬を盛られたので、彼女達の行動の監視を頼んだだけですわ」

「薬って…」

「多分媚薬かなにかでしょうね。毒物ではないので問題ないですよ」

「ちょ、ちょっと!問題しかないわよ!早く解毒しないと…!」

「うふふふ、大丈夫です。私この手の薬は

「え…」


 効きはしないが媚薬が体内に入った事は理解できる。
 一応体温が少し上昇するからだ。
 だがまあ、一般的な体が火照って大変な状態、という事にはならない。

 ナディアは知らないが、ナディアの母であるリシュアが、侯爵家の令嬢ともなればどんな危険に合うか分からない為、子供の頃から媚薬に負けないよう体を慣らされていたようだった。
 そのせいで子供の頃はしょっちゅう微熱を出して寝込んでいた。
 成長の妨げにならないように本当に少しの量を、一滴にも満たない量をお菓子に混ぜて時々食べさせられていた事を知るのは、もう少し後の話だ。

 そもそもルディアの若い頃に、貴族令嬢が素行の悪い貴族令息達に媚薬を盛られ、他家に嫁げない体にされた事件があったのが原因だ。

 そんなこんなでナディアに媚薬の類は一切効かない。


「ですが、ちょっと演技をしますのでゴメス公爵令嬢は心配なさらずに」

「演技って…」

「うっ…」


 ナディアはリシュアにそう告げると、突然苦しそうにティーカップを落とした。
 そしてはあはあと荒い呼吸を繰り返す。


「お嬢様!」

「だ、大丈夫よオルガ…。す、少し具合が悪いみたい…」

「大変、すみません!どなたか休憩室にご案内してもらえませんか!?」

「ではこちらへ」


 具合が悪いと言うと、どこからか侍従らしき男性が現れる。
 そしてナディアに手を差し伸べ、休憩室へと案内しようとした。

 が、ナディアが倒れこむ。


「す、すみません…、足が…」

「では失礼します」


 言うが早いか男はナディアを抱き上げる。
 苦しそうな呼吸を繰り返すナディアを心配そうにオルガが眺め、男性の後について行った。


「…迫真の演技だこと」


 その場からナディアがいなくなり、リシュアがポツリと呟く。
 ナディアの様子を遠めに見ていた令嬢達も、ザワザワと騒ぎ出した。


「どうされたのかしら、サルトレッティ公爵令嬢」

「何だかとても具合が悪いみたいだったわ…」

「でも急じゃない?変よね」

「何が変なんだ?」

「!!!!」


 突然男性の声が背後から聞こえ、令嬢達が一斉に振り返る。
 するとそこにはこの場にいるはずのない人物が怪訝そうな顔で立っていた。


「王弟殿下…」

「ゴメス公爵令嬢、ナディはどこだ?」


 エラディオはリシュアの元へ近付き尋ねる。
 リシュアは言っていいものかどうか思案したが、隠してどうにかなる事でもないと思い、さっきの事を口にした。


「サルトレッティ公爵令嬢でしたら先程休憩室へと運ばれました」

「運ばれた?どういうことだ?」

「さあ…薬を盛られたと仰っていましたけど」

「は!?義姉上の茶会でか!?」

「お茶会で出されたお菓子ではなく、ミナージュ伯爵令嬢が持ってきたお菓子を食べてからそう仰っていたので」

「…何だって?」


 エラディオの周囲の空気が一気に冷える。
 クッキーは残念ながらアイリスが回収してしまっていて、この場にはない。


「早く探しに行かれた方がよろしいのでは?毒物ではないと仰ってましたけど、女性に盛る薬なんて予想は付くはずです」

「…!」


 ぐっと怒りを抑えたエラディオは、急いで休憩室へと向かった。
 側近であるバルテルは周囲の者に何やら指示を出している。

 王宮での休憩室の場所は把握している。
 以前ナディアが媚薬の類は自分には効かないとは言っていたが、どういう事なのだろうかとエラディオは思案する。


「まさか…アイツまた…」


 悪い予感は当たるものだろう。
 休憩室の前にたどり着くと、明らかに王宮の兵士ではない者達が、休憩室への通路を封鎖していた。


「どけ」


 エラディオが睨みを利かせて告げると、兵士達は一瞬怯む。
 が、平静を装って一人の兵士がエラディオを拒否した。


「も、申し訳ありませんが、今こちらの休憩室は使用中ですので」

「聞こえなかったのか?俺は『どけ』と言ったんだ」

「いえ、しかし…!」

「誰の差し金か知らねぇが、王族である俺の言葉が聞けないとは、お前はどこの家の者だ?返答次第によっちゃあ、家族全員路頭に迷う事になるぜ」

「…!」


 エラディオの言葉に兵士達に動揺が走る。
 が、その時。
 ガチャリと音を立てて休憩室の扉が開いた。


「あら?エディ様じゃありませんか」

「ナディ!!おま、無事か!?」

「ええ、勿論」


 ニッコリと微笑むナディアに、廊下に待機していた兵士達も目を丸くする。
 するとそこへバルテルが衛兵を連れて現れた。


「捕縛を!」

「はっ!」


 王宮の衛兵達が一斉に休憩室の前で立っていた兵士達数人を捕縛する。
 ぎょっとした兵士達だったが、王宮の衛兵に勝てるはずもなく、あっさりとつかまってしまった。


「なっ、どうしてこんな…!」

「お、俺達はただ命令に従っただけだ!!」

「命令ねぇ」

「ナディ、それより体調はどうだ?」

「問題ないですけど、ついでに捕まえてくださいな」

「中の人だと?」

「ええ。私に無体を働こうとした男が寝転がってますので」

「は!?」


 笑顔でとんでもない事を告げるナディアにぎょっとしたエラディオは、バルテルを伴って部屋の中に押し入る。
 するとそこにはうつ伏せで悶絶している男が数人転がっていた。


「くっ…くそっ…!話が違う…!」

「お、俺の大事な場所が…!」

「「……」」


 どうやら全員急所攻撃をされたようだ。
 よく見るとナディアの手には鉄扇が握られている。


「薬で女性をどうこうしようなんてクズみたいな男は、使い物にならなくなった方が世の為女性の為よ」

「お嬢様、お見事でした」

「あら、オルガの吹き矢で随分助かったわ」

「予め天井裏への入り口を教えていただいていて良かったです」

「…おい」


 ナディアとオルガの会話を聞いて、エラディオがヒクヒクと口元を歪ませる。


「まさかナディ、わざとコイツ等に…」

「手っ取り早いかと思って」

「馬鹿野郎!!いくらお前が耐性があるからって、男数人に無理やりって事もあるんだぞ!?もう少し考えて行動しろ!!」

「…では、エディ様は私が傷物になればいらないとおっしゃるのね」

「んな訳ねーだろ!お手付きだろうがなんだろうが、ナディ以外の女なんているか!!!!」

「…らしいですわよ?シルバーバーグ侯爵令嬢にミナージュ伯爵令嬢」

「…は?」


 ナディアが振り返った先。
 暗い廊下の陰に、ルシアとアイリスの姿があった。

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