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王弟殿下と公爵令嬢

禁断のお茶会

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 ついにお茶会と言う名の戦場に駆り出される日が来てしまった。
 本来ならば誘われるお茶会は全て断っていたのだが、今回は王妃からの招待だ。


「さすがに断れないわ」


 義理の姉になる上にこの国の王妃から招待されて、断れる人がいるのならお目にかかりたい。
 ただ、アステリアがナディアだけ呼んでお茶会をするはずもない。

 目的は他の令嬢達がナディアに対してどういう態度を取るのか見極めるつもりだろう。
 ナディアにしても逃げてばかりは性に合わない。
 けれど小さな嫌がらせをチマチマ受けるつもりもないし、いくつもの家に招かれて不愉快な思いをするつもりもなかった。

 どうせ嫌がらせをされるのなら、大舞台でないと。

 かねてよりこう考えていたナディアは、近く開かれる王家主催のパーティー当たりでと考えていたのだが。


「まあ、ここはアステリア様の胸を借りる事にしましょうか」


 ニヤリと不敵に笑いながら、ナディアは一人呟く。
 そうして王妃様主催のお茶会の日がやってきた。


「本日はお招きいただきありがとうございます」

「まあ、ナディアちゃん。よく来てくれたわね!」

「王妃様からのご招待を断るなんてしませんわ」

「アステリアと呼んでと言ったのに」

「私的な場所ではないので」

「あら、私達は義理の姉妹なのよ?私的だろうが公的だろうが関係ないのでは?」

「…そこまで仰るのなら」


 ナディアが困ったように折れると、アステリアはしてやったりと笑みを浮かべる。
 そんな二人のやり取りを見ていたご令嬢達は、ヒソヒソと何やら話し合っているようだ。

 まあ、普通に考えてナディアに対する態度をどうするかと言う所だろう。

 少し前まではゴメス公爵令嬢や、シルバーバーグ侯爵令嬢がエラディオの筆頭婚約者候補として知れ渡っていたが、それも本人を無視した内容だ。
 結局の所、エラディオが選んだのは他国の公爵令嬢であるナディアなのだ。
 今までリシュアやルシアにすり寄っていたが、今後の対応は変えていかざるを得ない。

 勿論王妃であるアステリアにもごまをすりたいが、今のやり取りを見るにナディアは王妃に気に入られているのは間違いない。
 であればナディアを蔑ろにすれば自分達の立場も悪くなるのは目に見えていた。

 当然面白くないのはルシアやアイリスだ。
 リシュアは我関せずと言った様子でお茶を飲んでいる。

 完全に舞台を降りた様子のリシュアに、周囲も思う所はあるのだろう。
 だが腐っても公爵令嬢だ。
 エラディオを追いかける事をやめたからと言って、彼女の価値が下がる訳でもない。
 今は求婚者を選定しているようで、そのうち彼女もいい縁談に恵まれるだろう。


「今日は皆さんにエラディオの婚約者になったナディアちゃんをご紹介したくて集まってもらったのよ。そう畏まらなくてもいいから、気楽にしてね」


 ニッコリと微笑みながらアステリアが告げ、そしてメイド達がティーセットを用意する。
 次々と運ばれるお菓子に令嬢達の目が輝き、それぞれが好きなテーブルに着く。

 勿論ナディアはアステリアの隣に座り、向かいには何故かリシュアが座っていた。


「お久しぶりですね、ゴメス公爵令嬢」

「ええ、そうね。サルトレッティ公爵令嬢もお元気そうで何よりですわ」


 ナディアが微笑むとリシュアも口の端を少しだけ上げ、小さく笑みを浮かべた。
 その様子を見ていた他の令嬢達が驚いたように小さく声を上げたが、すぐに黙り込んだ。

 そこへルシアとアイリスが現れる。
 二人の姿を一瞥したリシュアは、仕方がないように溜息をついた。


「シルバーバーグ侯爵令嬢、ミナージュ伯爵令嬢。何か御用かしら?」

「あら、ゴメス公爵令嬢。私も王妃陛下とそちらの…何でしたっけ?ドルフィーニ国のご令嬢にご挨拶をと思ってこちらに参りましたのよ」

「私もですわ」


 ルシアとアイリスは嫌味のようにナディアの名前を言わず、あえて国の名前で告げる。
 それが王妃であるアステリアにどんな印象を持たれるかも知らずに。


「あら、ご令嬢達はエラディオの婚約者であるナディア・フォン・サルトレッティ公爵令嬢の名前を知らないのね。なのに挨拶だなんて…フフフ、面白い事を仰るのね」


 アステリアが扇子で口元を隠し、流し目を送る。
 王妃の言葉で自分達が失敗したと気付いた二人は、慌てて言い訳をしだした。


「あ、も、申し訳ございませんっ。先程までは覚えていたのですが、陛下や公爵令嬢を前にして…その、少し緊張したようですわ」

「わ、私は知ってましたけどシルバーバーグ侯爵令嬢が先にお話しされたので…」

「ちょっと、私のせいにするつもり?」

「いえ、事実を言ったまでですわ」


 アイリスが裏切るようなセリフを口にした為、ルシアがアイリスをじろりと睨みつける。
 そしてその様子を見ていたリシュアが手に持っていたカップをソーサーに置き、冷めた目で二人を見つめた。


「見苦しいわね。そんな言い訳をするのなら、まず先にサルトレッティ公爵令嬢に謝罪なさいな」

「え…」

「王妃陛下に謝るのはおかしいでしょう?貴女達が謝るべき相手は王妃陛下ではないはずよ」

「そっ…」


 意外にもナディアの味方をしたリシュアに、ナディアも興味深そうに視線を向ける。
 が、リシュアは表情を変える事なくジッと二人を見据えている。

 そしてルシアはギリッと噛み締める音が聞こえそうなくらいに悔しそうな顔を一瞬浮かべ、ナディアに向き直った。


「…失礼いたしました、サルトレッティ公爵令嬢」

「あら、かまいませんよ。名前は知らなくても認識されていたようですし」

「…!!」


 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて告げると、リシュアとアイリスが悔しそうにナディアを睨みつける。
 そしてそんな二人の様子を見逃すはずもないアステリアは、困ったように頬に手を当てた。


「まあ、そんな恐ろしい顔でナディアちゃんを睨むなんて。謝ってるように見えないわね」

「に、睨んでなんて…!」

「そうですわ!王妃様、酷いです…!」

「でも睨んでいたわよ?ねぇ、ナディアちゃん?」

「はい、そうですね」

「「!!」」


 ここで遠慮するような性格ではないナディアは、あっさりと事実を認める。
 実際にすごい形相で睨んでいたので、誤魔化しはきかない。
 そしてそんな二人を呆れるように眺めていたリシュアは、やれやれと言った様子で二人を一瞥した。


「いくらエラディオ殿下を取られたからと言って、そんな態度を他国の公爵令嬢にするものではないわ。貴女達、国際問題にでもしたいのかしら?」

「なっ、そんな事…!」

「あらあら、ゴメス公爵令嬢。他国の公爵令嬢だなんてよそよそしい言い方はよしてあげて。ナディアちゃんはもう私の義理の妹なのよ」

「まだ未婚でございます、陛下」

「うふふふ、ゴメス公爵令嬢は正直者ねぇ」


 楽しそうに笑うアステリアをルシアとアイリスは複雑そうに眺めていたが、侍従が王妃の隣にやってきて何やら耳打ちをした。


「…そう、わかったわ」


 アステリアが頷き、ナディアの方へ視線を向ける。
 そして申し訳なさそうに笑みを浮かべた。


「ナディアちゃん、ごめんなさいね。ちょっとだけ席を外させてもらうわ」

「お気になさらずに行ってらっしゃいませ」

「ゴメス公爵令嬢、シルバーバグ侯爵令嬢、ミナージュ伯爵令嬢。貴女達も楽しんでね」

「ありがとうございます、王妃陛下」

「行ってらっしゃいませ」

「ありがとうございます」


 三人が口々にアステリアに告げ、満足そうに頷いたアステリアは侍従を伴って席を立った。
 一瞬ナディアと目が合い、ニイッと三日月のように目を細めて笑い、そしてその場を立ち去った。

 そしてこの場には王妃というストッパーがいなくなり、4人の間に微妙な空気が漂う。
 他の令嬢達は違うテーブルでこちらの様子を伺っているようで、何やら小声で話し合っていた。

 けれどナディアは一向に気にする事なくお茶に手を伸ばす。
 するとその時、何故かアイリスが自分の侍女に合図をし、クッキーを持って来させた。


「王妃様がいらっしゃらなくなって残念ですが、こちらのお菓子をサルトレッティ公爵令嬢に食べていただきたくて持参しましたの。ぜひどうぞ」


 そう言って差し出されたクッキーはとても華やかな形をしていておいしそうだ。
 ナディアがしばらく無言でそのクッキーを眺めていたが、ニッコリとアイリスに微笑んで見せた。


「まあ、ありがとうございます。ですが私だけで食べるのはもったいないですので、皆さんもどうぞ」

「…わたくしは遠慮しますわ」

「あら、ゴメス公爵令嬢。遠慮なさらずに」

「そんな得体のしれない物なんて口にするはずないでしょう」

「そんな、酷いですわ!」


 ナディアがリシュアにクッキーを進めると、リシュアが顔を顰めてそれを拒否した為、アイリスが大げさに嘆きだす。


「得体の知れない物だなんて…!そんな風に仰らなくてもいいじゃないですか!」

「そう言うのなら先に貴女が食べなさい。そうすれば食べてあげるわ」

「なっ、別に私はリシュア様に食べてもらわなくても構いませんわっ!ねえ、サルトレッティ公爵令嬢。貴女は食べてくださるでしょう?」


 嘆くふりをしながらもナディアに向ける視線は鋭い。
 だがさすがと言っていいのか、取り繕うのが得意なアイリスを周囲の令嬢達や召使達が気の毒そうに眺めている。
 ここでナディアまで拒否すれば、さらにアイリスの同情を誘うだろう。


「…そうですわね。ではオルガ、お茶を入れなおしてくれる?」

「はい、畏まりました」


 オルガを連れて来ていたナディアは、オルガにお茶を入れなおすよう指示する。
 そしてお茶を出されたナディアはクッキーを一枚手に取り、躊躇く事なく口の中に放り込んだ。
 

「…!」

「…!!」


 アイリスとルシアが小さく息をのんだ。



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